聖気玉の強み①

 ヘレナの属性についての説明はまだ続いた。


「そして、基本五属性の他にもそこから派生した属性もあります。氷や音などがそうですね」

「賢者の記憶に時の法術の一部があるんだけど、それはどうなるの?」


 シェリアがヘレナに尋ねた。


 以前、飛鳥の部屋で飛鳥とシェリアからそれぞれ神杖が顕現した後、シェリアが眠りから覚めたと同時に術式を急に書き始めた事があった。


 その時はシェリア自身、何の法術か分かっていなかった。だが、先日のシートンとの戦闘で偶然にも『賢者の神杖』の一部を入手し、新たな記憶が加わった。


 それにより、何か分からぬ法術の正体が時の法術であると知ったのだ。


 だが、時の法術は自然の摂理を覆すほどの力を持った法術だ。ほんの一欠片の神杖の記憶では未だに莫大な時の術式を完璧に思い出すには至っていなかった。


「はい。属性の中には基本属性やその派生の枠組みの外にあるものが存在します。それが光と闇、そして時の属性です」

「枠組みの……、外」


 ヘレナは真っ直ぐ前を向いたまま頷いた。


 属性について簡単に説明したヘレナは次に魔法媒体の還元度、そして、聖気玉マグバラについてだ。


「アスカさんやシェリアさんは聖気玉マグバラについてご存知で?」


 そう問われると飛鳥の答えはノーだった。話の流れで魔法に関するものであることは間違いないのだろうが、飛鳥の今までの記憶にそれらしいものはなかった。


「……私は二つ持ってる」


 馬車を運転するヘレナの向こう側で、シェリアがそう言いながら両手を開きこちらに向けていた。


「二つ……、とは驚きです。流石は賢者様ですね」


 ヘレナは驚いた様子でシェリアの手のひらを除き込む。


 シェリアも褒められて満更ではない様子だ。


 ヘレナはコホンと一呼吸を入れる。


聖気玉マグバラとは魔法を使用する際に必要となる媒体、つまり杖などを用いなくても魔法を行使することの出来る器官のことです」


 杖を使わないと聞き、飛鳥はシェリアがめったに、というか神杖を使用して戦うところを一度も見たことがなかった。


 シェリアの法術の発動は基本的に手のひら、指先、そして手の甲の三カ所しかない。


 始め飛鳥は杖なしで法術を使用するシェリアに何の疑問も持たなかったが、ヘレナの説明を聞いた後では、それはシェリアが両手に聖気玉マグバラを持っていたからだと理解できる。


「体内に魔核を持つもの、つまり私たちのような純粋な人間以外のすべての生物が最低でも一つ、聖気玉マグバラを所持しています」


 ヘレナはシェリアの方を向いた。


「だから、純粋な人間でありながら聖気玉マグバラを二つも持っているということは、本当に素晴らしい事なのですよ」


 ヘレナにそう言われシェリアは自分の手を見つめ、照れ臭そうに笑った。


 だが、ここで飛鳥に一つの疑問が浮かんだ。


「でも、そのまぐばら? を持っていなくても杖とかがあれば魔法は使えるんですよね。持っているかいないかで何でそこまで比べられるんですか?」


 飛鳥の疑問にシェリアも確かに、と頷く。杖を使わずに魔法を使用できるのならそれに越したことはないのだろうが、どうせ杖などの媒体を用いれば魔法を使えるのだ。飛鳥は聖気玉マグバラ持っているといないとでそこまで差があるとはどうしても思えなかった。


「それは……」

「ちょっと待って」


 ヘレナが飛鳥の疑問に答えようとした時、シェリアがそれをかき消した。


 シェリアは馬車の後方をじっと眺めていた。


「獣……、じゃない。多分、魔物がいる」


 シェリアは馬車での移動中、常に結界を広げていた。その結界は他者の侵入を防ぐことは不可能だが、侵入したものの姿形、そして聖術気マグリア量までも感知することが出来る優れものだ。


 飛鳥はシェリアの言葉を聞いた瞬間、身体に冷や汗が出た。ナウラの近くで遭遇した魔族に進化した魔物を思い出してしまう。いくら神杖を持っていたとしても、心に刻まれた恐怖はそう簡単に拭えるものではなかった。


「シェリアさん、それは本当ですか?」

「ん。……聖術気マグリアが普通の獣と違う。ナウラで見たやつよりずっと弱いけど……二匹いる」


 ヘレナはそうですかと、言うと馬車を止めた。


「ちょうどいいので私が魔物の相手をします」

「だ、大丈夫なんですか?」


 飛鳥はそう尋ね、ヘレナが頷いた。


「魔物と言っても進化から程遠い個体であればそこまで脅威ではないのですよ。もちろん、アスカさんの敵ではありません」


 ヘレナは魔物、そして魔族に対し恐怖心が植えつけられている飛鳥を安心させるつもりで言った。魔法媒体である五〇センチほどの金属の杖を手に馬車を降りたヘレナは、飛鳥とシェリアに魔物との戦いを見ているように伝える。


「魔物の駆除のついでに聖気玉マグバラ、そして媒体を用いた場合、どういった違いがあるか実践します」


 ヘレナはシェリアに魔族の居場所を確認し右の靴先でトントンと地面を軽く叩く。


「あ、ちなみに私は右足に聖気玉マグバラを持っています。使い勝手は最悪です」


 飛鳥はヘレナの足元を見るが特に変わった様子はない。シェリアの手のように見た目で聖気玉マグバラがあるかは分からないのだろう。


 そして、三人は魔物がいるであろう方角を見つめ沈黙をする。風が木々を揺する音だけが耳に入り、飛鳥は本当に魔物がいるのか疑問に思う。


 だが、少し離れた茂みが音を出したと思った瞬間、


「ガアアアァァァァァァ!!」


 一匹の魔物が飛び出してきた。身体はかなりの大きさではあったが、ナウラの森で会ったようなまがまがしい聖術気マグリアを感じることはなく飛鳥はいたって冷静でいることが出来た。


「ふっ!」


 ヘレナがゆっくりと右足を上げ息を吐くと、右足を勢いよく横薙ぎに振り払った。


 するとヘレナの足先から風が巻き起こり、刃となって魔物に飛翔する。


 技の名は『風刃ヴィエント・ラーフォス』。効果は名の通り風の刃を飛ばす技だ。


 ヘレナの放った横向きの刃は魔物の開いた口に入り上顎から上を切り飛ばした。


 だが、無機生物である魔物からは血が出ることもなく、そして……


「うわぁ、まだ生きてんのかよ……」


 顔の上半分を飛ばされるも、それだけで死ぬようなことは決してなかった。


 だが、それにより目を失った魔物は訳も分からず、真っ直ぐこちらに向かって突っ込んできた。


 ヘレナはすぐさま右足を構えると、今度は下から上へ思い切り振り上げ『風刃』を飛ばす。


 先ほどの横向きの刃とは違い、今度の縦の刃は魔物の下顎の先に当たると魔物の胴体を真っ二つにした。


 左右に分かれた魔物の身体は未だにジタバタと暴れていたが流石にどうしようもない様子だった。


 そして、二匹目の魔物が一匹目の魔物を追うように同じ茂りから現れた。


「次は杖を使用します」


 ヘレナはそう言うと襲い掛かる魔物に金属の杖の先端を向け、先ほどと同じように十字に『風刃』を飛ばす。


 杖を使用したヘレナの魔術に飛鳥は何も感じることはなかったが、シェリアは何か思うところがあったのか少し難しい顔をした。


 弧を描いた風の刃が飛び上がった魔物を何の抵抗もなく両断し、ヘレナの両脇を通り過ぎた。


 飛鳥は一匹目と同様に、死ぬこともなくもがき続ける魔物から目を逸らすことが出来なかった。すると、脇の方からパキッと言う音が聞こえた。


 飛鳥はその方向に目を向けると一匹目の魔物の身体が崩れ落ちていた。足先や尾の先から心臓部に向かって浸食が進む。やがて、全身が塵となり風によって飛ばされ、その場には小さな石だけが残っていた。


「魔石ですね」


 ヘレナが落ちていた謎の石を手に取った。


 魔核を持つものが死んだ場合、体中に巡る聖術気マグリアが一か所に集まり結晶化する。それが魔石の正体だ。


 魔石は様々な魔道具に使用され、かなりの需要がある。特に魔物や魔族から作られた魔石は純度が高く、かなり高値で取引がされる。


 魔物や魔族に怯えながら暮らしている人間がその魔石を必要としているとは、何とも皮肉な話である。


「それ、どうするんですか?」


 飛鳥はヘレナに尋ねた。


「どこか換金できる場所でお金にします。まぁ、いくら魔物の魔石といっても、あの魔物自体そこまで強くありませんでしたから期待はできませんが……」


 そこまで言うと、二匹目の魔物も同様に塵となり、そこから魔石が出来上がる。


 シェリアはその魔石を拾うとヘレナに手渡した。


 ヘレナはお礼を言うと馬車に乗りながら二人に尋ねた。


「それで、私の魔術の違い……、お二人にはお分かりになりましたか?」


 飛鳥はヘレナの魔術に違いを見つけることが出来ず、首を捻ることしか出来なかった。

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