めざせ 天空国家ニヴィーリア
天空国家ニヴィーリア。多くの山に囲まれ、広大で資源溢れる抗原にその国は存在する。牧草地を始め大きな湖も存在するため漁業も盛んである。織物や陶器などの工芸品にも秀でており、世界各地でそれらが愛されている。
その中で、何よりも有名なのはニヴィーリアに住む民が神山と崇める雲まで届く山である。昔はその頂上に神が住むとまで言われていた。
そして、ニヴィーリアに入国することが極めて困難だということも世界的に有名な話だ。
それは別に入国審査が厳しいわけではなく、単純にニヴィーリアを見つけることが出来ないのだ。
ニヴィーリアを囲んだ山々には数多くの山道があるのだが、国内に繋がるのはたったの三つのルートのみ。なぜ、その三つの道にしか国内に繋がらないのかというと、約二〇〇年前にニヴィーリアの魔法研究者が総力を挙げて作り出した特殊な結界が張られているからだ。
そして、結界による道は毎日ランダムに変化する。今日、ニヴィーリアに入れた道が明日もまた通れる保証など一つもない。
なら、ニヴィーリアの国民はどうやって出入りしているのか。それは、ニヴィーリアの民のすべてが生まれた直後に身体のどこかに民の証である刺青を入れられる。それが国を覆う結界を無効化しいるのだ。
ニヴィーリアはそれゆえに完全独立国家としても成り立っている。他国を侵略せず他国の侵略を許さず。そして、各国が所属している様々な連盟にも片手で足りるほどしか加盟していない。
そんな、ニヴィーリアに他国の人間が入る方法は三つ。
一つ目が偶然、入れる道を発見すること。
二つ目がニヴィーリアの証である刺青を持つ人間に触れていること。
三つ目がニヴィーリアの刺青が刻まれた入国許可証を持っていること。
これがニヴィーリアに入れる唯一の方法である。これを除いて国内に入る方法は絶対に存在しない。絶対にだ。
―――――
シリュカール王国は王都と多数の貴族が納める領地からなっている。そして、王都から南東に位置するバートン領にカハド村がある。
ナウラで転送法術を使い一度、術式の本陣のあるカウリア帝国へ転移した飛鳥たちは、その後すぐにカハド村付近に設置した副陣へと飛んだ。
ナウラでは太陽が頂点の位置にあったがカハド村ではようやく朝日が昇りだした頃だった。そのことからナウラとはかなり距離が離れていることが分かる。
キセレは飛鳥たちを村の中へ案内し、村長に軽く挨拶を交わすとカハド村で拠点にしている店に着いた。店と言ってもカハドでは金銭を取って商売をしているわけではなく、軽い雑談の中にちょっとした情報を混ぜる程度のもので、村に住む人々はナウラとは違いキセレに対してそこまで悪いイメージを持っていなかった。
なぜ、キセレが金銭も取らずわざわざこの村に拠点を作っているか。それは至極単純な理由。太古の遺跡がカハド村の近くに存在するからだ。
キセレは店の裏にある広場に飛鳥たちを案内し、あらかじめ用意していた二頭の馬、そして馬車と旅に必要な物資を見せる。
飛鳥は時代劇で見たような本格的な馬車に少しテンションを上げてしまうが、その様子をヘレナに笑われ顔を赤くする。
そこでキセレとは別れ無事何事もなくカハド村を出発した。
飛鳥もシェリアも馬を操ることが出来ないので操縦は自然とヘレナの役割になってしまう。だが、飛鳥とシェリアも馬の扱いを覚えたらヘレナの負担がかなり減ると考え、道中ヘレナに教わることになった。ヘレナの両サイドに座り、にぎやかに旅をする三人は本当に微笑ましいものがある。
そして、一日目の野営を行った。
雫から貰ったという調味料を駆使し、早速ヘレナ作の日本食を味わった。もちろん食材の備蓄には限りはあるが、初日ということで奮発したのだ。
食後、飛鳥とシェリアはそこで初めてニヴィーリアについての詳細を聞いた。
案の定、ニヴィーリアに入国することの難易度に絶望する。ニヴィーリアの祭りが始まる残り三〇と数日で見つけなければならないからだ。
だが、それは飛鳥たちが異世界に来るのが遅かったからで、もしこの機会を逃すと『賢者の
祭りの詳細はまだ詳しくは聞いていないが、とりあえずその日は寝ることにした。
飛鳥は小さなカバンの中から二段式になっている小物ケースを取り出した。そこにはシェリアが『
そこから二組の布団のキューブを取り出し
そして、旅の一日目は終わった。
何事もなく翌朝を迎え、早々に朝食を済ませニヴィーリアに向け出発した飛鳥たち一行の旅は順調の一言であった。
途中、ヘレナに馬の操縦を習っていたのだが、シェリアの時には従順だった馬たちが飛鳥に変わった瞬間暴れ出すというアクシデントに見舞われたが、それ以外のことは特に問題はなかった。
そして現在、何事もなく野営地を川辺の近くに決めた三人はたき火を囲み、昨夜中断した話の続きを始めた。
「それではニヴィーリアの祭のメインイベントについて」
ヘレナはキセレに渡されていた資料を手に説明を始め、シェリアも同じ資料を手に取った。当然ながら飛鳥の分はない。
「アスカさん、例の物をお願いします」
「例の物……、ってあれか。本当にあんなもんが必要なんですか?」
飛鳥は
シェリアに頼み、法術を解くと中からは包装紙に包まれた八〇センチほどの箱が出現した。飛鳥はその包を大雑把に剥ぎ取ると中からは一枚のスケートボードが出てきた。
「お二人には空いた時間でこの……、すけーと、ぼーど? の練習をしてもらいます」
このスケートボードはヘレナが日本に赴いた際、予めキセレに買うよう指示されていたものの一つだ。
飛鳥にはこのニヴィーリアの祭りとこのスケートボードが関係しているのか全く理解できなかったが、キセレがヘレナに使いを頼むほどなのだから何かしらの理由があるのだろう。
「それで、その祭りのメインイベントって何なんですか?」
「はい。それはニヴィーリアでのみ生産される移動用魔法具『ヴィエンタード』と言う乗り物を使ったレースです」
飛鳥は思わずレース? と心の中で呟いた。『賢者の神杖』を賞品に出すほどのイベントがまさかレースだとは思わなかったからだ。
「競技の名は『レ・ファルマ』。『天空の王』という意味らしいですね」
「王って……。それはまた、大層なネーミングですね……」
ヘレナは飛鳥の発現に頷くも説明を続けた。
「ニヴィーリアには神山と呼ばれる雲まで届く山があります。レ・ファルマではヴィエンタードを用い、その山の頂上に先に到着した者が勝者となります」
天空国家の象徴とも言える神山。その山の頂上を目指す『天空の王』の意味を持つレース。開催周期の五年にも何か意味がありそうだ。
飛鳥には何となく見えてきたような気がしてきた。
そして、そんな飛鳥の様子に気づいたヘレナは少し悪戯っぽく笑った。
「お分かりになりましたか? このレ・ファルマで優勝した者はこの国の王になる権利が与えられるのです」
「…………詰みじゃん」
ニヴィーリアは元々難民が集まった集落が発展してできた国だ。だが、その集落が大きくなるにつれどうしても指導者という立場の人間が必要になった。
そして、その国のトップを決めるために始まったのが『レ・ファルマ』だ。開催周期の五年というのは一人の王が力を持ちすぎないために決められたものだ。
それは、ニヴィーリアの祖先の人々が力を持ちすぎた悪しき王の下を追われた者ばかりであったが故に、絶対君主制の愚かさを知っていたからだ。
『レ・ファルマ』で優勝したら『賢者の神杖』が手に入る。だが、それにはニヴィーリアの王位という偉大なオマケ特典もついてきてしまう。
世界を旅しなければならない飛鳥とシェリアにとって、その称号は足枷以外の何物でもなかった。
完全に詰んでしまった状況の中、しばらく腕を組み熟考して出した飛鳥の答えは、
「奪うか……」
有ろう事か『賢者の神杖』の強奪であった。
そして、飛鳥が自暴自棄に陥っていた頃、シェリアはというと、
「これ、どうやって使うの?」
一人、箱から出したスケートボードに跨り両足で行ったり来たりを繰り返しているのであった。
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