いざ 新天地へ!
項垂れる飛鳥を笑うキセレを横目にヘレナは飛鳥に希望の言葉を投げた。
「アスカさん、安心してください。私も店長もニヴィーリアには行ったことはないので転送陣の設置も出来ておりませんが、近隣国にはいくつか店長のお店がありますから」
それを聞き飛鳥はゆっくりと立ち上がると静かに両拳を掲げた。溢れ出る喜びを全身で表しているのだ。これで時間を無駄にしなくて済む。飛鳥の中にあるのはそれだけだった。
だが、そんな飛鳥の袖を再びシェリアが引いた。
飛鳥は黙って視線をシェリアに移した。そして、資料を見せながらある部分を指差した。何が書かれているかは分からなかったが、そこには大見出しがあり重要事項が書かれていることは飛鳥にも理解できた。
「ニヴィーリア捜索期間、約二〇日って書いてある……」
「は……?」
飛鳥の中で何かがひび割れるような音を上げる。沈んだ心が一度は蘇りはしたものの再び地面に叩きつけられるような思いだった。
「えっ、何? 捜索期間って……。意味わかんないんだけど……」
キセレは腕を組み頷くだけで肝心なことは何も説明しようとはしない。
もやもやしながら資料を覗き込む飛鳥だが当然何も分からない。シェリアが口頭で説明するがシェリア自身、情報量が多すぎてまとめきれていないのか要領を得ない。
「まぁ、気になることは道中ヘレナにもでも聞いてくれ」
「えっ、ヘレナさんも行くんですか?」
キセレは首を縦に振り肯定する。
「ヘレナを日本に連れて行ってもらったのは確かに日本を見せてあげたいってのもあったけど、一番の理由は互いに慣れさせるためかな。気まずい旅なんて嫌でしょ?」
それに、
「君、表には出さないけど賢者ちゃん以外の他人のことなんて全く信用してないでしょ?」
キセレは手を返し飛鳥に人差し指を突きだした。
飛鳥は目を見開いた。そしてすぐに眉間にシワを寄せキセレを睨みつけた。いきなり何を言っているんだと、誤魔化すような真似をするつもりはなかった。ただ、自分の真意を見抜かれたようで気味が悪い。
「仲良く話しているように見せかけて、心は全く開いていない。長旅にそんな感情を持ち合わせていたら身が持たねえよ」
キセレは珍しくまじめな表情で言った。
だが、仕組まれていたかと思うと飛鳥の内心は穏やかではなかった。昔の出来事が頭をよぎる。また利用されたと、どうしても考えてしまう。
そして、ヘレナの日本での態度もキセレに言われた作り物であったのかと考えずにはいられず、飛鳥はお前もグルだったのかと言わんばかりの目付きでヘレナを睨んだ。
そのあまりの醜悪の籠った目付きにヘレナはたじろいでしまう。
それに気づいたシェリアはどうしたらいいか分からず飛鳥の目元を両手で覆う。少しでも飛鳥とヘレナのわだかまりを無くしたいと思う一心だった。
「言っとくけど、ヘレナには飛鳥君のことは何も言ってないよ。ただ、『旅には同行してもらうから仲良くね』って一言だけ」
キセレ本人もまさか飛鳥がここまで感情を露わにするとは思っておらず、すぐにヘレナにフォローを入れる。
目を塞いでいたシェリアはゆっくりとその拘束を解いた。
「昔、アスカに何があったか分からないけど……、この数日のヘレナが嘘の姿じゃないってこと、アスカには分からなかったの……?」
飛鳥はそこまで言われてようやく冷静さを取り戻した。
そうだ、そうだったじゃないか。あの日本の街並みに興奮をしていたのも、食事に頬を緩ませるのも決して嘘偽りないヘレナの姿だと分かっていたじゃないか……。彼女もただの一人の女性だと……。
突然、飛鳥の確信に触れられ混乱してしまい、その怒りや恐怖を有ろうことか無関係なヘレナにも向けてしまった。
「すみません、ヘレナさん……」
飛鳥は素直に謝りシェリアも安心した様子を見せる。
そして、ヘレナも首を横に振り、
「大丈夫です。……それに私も同行することを始めから伝えておくべきでした」
と、頭を下げる。
飛鳥は謝るのは自分の方だとさらに謝罪をし、ヘレナもそれに返す。
いつまでも終わらぬその様子にさすがのキセレも痺れを切らしてしまった。手を叩きながら次の行動を示す。
「はいはい、終わり終わり。とりあえず、さっきも言ったけど詳しい話はヘレナに聞いてね。それじゃあ飛ぼうか!」
キセレは立ち上がり、転送法術陣が設置されている奥の部屋を親指で指した。
飛鳥とシェリアも立ち上がり、キセレの後を追う。
部屋へ入るとヘレナがすでに陣を起動させているところで『
「では、まず転送法術の本陣のあるカウリア帝国へ。その後シリュカール王国にあるカハドという村へ移動します」
術式が安定し、キセレは後に続けと言わんばかりに飛鳥に目配せをする。
消えたキセレの姿を確認すると飛鳥は一度シェリアの方を向いた。真っ直ぐ術式陣を眺めていたが飛鳥の視線に気づき目を合わせる。
にっこりとほほ笑み返したシェリアは「先に行く」と言い陣の中へ足を踏み入れた。
そして、陣を維持するヘレナに目を向けた。
ヘレナは何も言わず笑顔で頷いた。肩から下げた黒い髪が術式によって生じた光に照らされ白く反射している。
飛鳥はヘレナに頷き返し、陣の上に立つ。すぐに視界は真っ白に覆われた。
異世界での新たな土地に期待を抱きつつもやはり不安もある。魔族もそうだが次の場所にもシートンの様な自分の欲に駆られた人間がいるかもしれない。
だが、止まることはない。
「自分の生まれ……。今度こそ、分かるかな……」
飛鳥はそう静かに呟いたのだった。
―――――
「どういうことですか、父上!!」
ある城の一室、王の自室であるこの部屋で父と呼ばれた者は紛れもなく王なのであろう。
すでに明かりは落とされ、その部屋には『
王はベッドに腰を掛けその声の主に目をやる。本を閉じ、王からは影となり良く見えないが、声を荒立てるその人物に黙って耳を傾けた。
「なぜ私なのですか!? 姉上でも妹のピューレでもなく!」
少しざらつきのある声はあまり遠くまで響くことはないが、至近距離で叫ばれると流石の王も顔を背けてしまう。
そして、王はようやく口を開いた。
「まぁ少し落ち着け。お前の言いたいことも分かるが、あちらの要求はお前なのだ。受け入れてくれ……、エスティノラ」
「私は……!」
エスティノラと呼ばれたその者は血が垂れることもお構いなしに作られた両拳を握り続けた。
「私は……、私を……、エスティノラと呼ばないで頂きたい!」
悲痛の叫びがその部屋に響き渡るが王は変わらぬ口調で続けた。
「お前には申し訳ないと思っている。……部屋に戻りなさい。明日には民へ告げなければならない。この国の……、民のために……」
王は『民』の単語を出せばエスティノラが引き下がる事を知っている。王の子である王子、王女の中で最も国を、民を思っているのがエスティノラなのだから。
エスティノラと呼ばれた者は強く歯を食いしばり必死に怒りを抑え込んだ。そして、一度深く深呼吸をすると出口に向かって歩き始めた。
そのまま出ていくと思いきやエスティノラはドアノブに手を掛けたまま足を止めた。振り返りはするものの、ベッドに取り付けられた天蓋により既に王の姿は見えない。
だが、これだけは言うまいと思っていたことを口にしてしまう。
「もう、完全にガルマインに屈してしまわれたのですね」
そう言うとエスティノラはすぐに部屋を後にしてしまう。
言ってやったと、部屋の外で感慨に浸る。すると、部屋の中で何かが投げられるような音を聞き思わず笑いそうになる。
その後も続いた破壊音をもっと聞いていたいと思いながらも、笑を我慢することが限界に近くエスティノラはゆっくりと王の自室を後にした。
そして、ある程度離れたところで声を張り上げて笑ったのだった。
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