第三章

久々のナウラ

「それで、久々の日本は楽しんだかい?」


 薄暗い空間。ナウラにあるキセレの店だ。そこの店長である無精髭を生やし、三十代半ばのチビ親父のキセレが飛鳥に聞いた。


 飛鳥とシェリアはキセレと向かい合いテーブルを挟んで座っている。


「まぁ、おかげさまで……」


 飛鳥がそう言うとキセレはそりゃあよかった、と頷いた。そして、キセレの後ろにはやはりと言うべきか、ヘレナがクールな表情で立っていた。


「それで、次は俺たちはどこに行くんだ?」


 飛鳥は急かすように言う。キセレは慌てるなと言わんばかりに手を前に突き出した。


「まぁ落ち着いて。今は他にいろいろなことが気になるんじゃない?」

「は? 何言ってんだ……?」


 キセレは飛鳥のその発言に呆れはて、頭に手を当てた。

 飛鳥はそんなキセレに若干腹を立てるが今はキセレの言ったことの方が気になった。


「シートンのことだよ」

「あっ」


 飛鳥の頭の中からはシートンのことをすっかり忘れてしまっていた。いや、忘れていたというより無意識のうちに考えないようにしていたのかもしれない。


「単刀直入に言うと、シートンの子供たちは教会に引き取られることになったよ」


 飛鳥とシェリアはそれを聞き脱力した。正直、飛鳥はあの六人の子供たちを今後を気にしていた。シートンを魔女の魔術である『火葬一閃エクラノア・ランレール』で貫いた後のカウの寄り添う姿を見れば、子供たちがシートンを慕っていたことは明らかだった。


「でも、教会は経済的に大丈夫なのか?」


 飛鳥は率直な疑問をキセレに投げかけた。


「大丈夫じゃないの? なんか最近臨時収入があったみたいだし」


 飛鳥はギクリとし身体を強張らせた。確かに金貨二十枚を渡したが、それは教会が未だに保護を出来ていない子供たちも引き取るのを見越してのことだった。


 だが、今思うと街中の孤児を集めるのだとしたら今更六人増えても変わらないのかもしれない。


「言っとくけど金貨二十枚ってかなりの額だからね?」


 どこで知っているのか不明だがこの目の前の男には隠し事は不可能らしい。すべてを見通しているようで気味が悪い。


 だが、そんな嫌そうな顔もキセレにとっては好物の様だ。今もそんな飛鳥の顔を眺めてニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべている。


 そんなキセレの様子に後ろに控えていたヘレナが溜息を付いた。


「店長、早く話を進めてください」

「うん、そうだね。……で、薬物の方だけど結論から言うと教会は絡んでいない……、と断言はできないけど、その可能性の方が高くなったね」


 飛鳥はそういえばそんな依頼を受けていたなと、思い出す。本来ならジザルが直接飛鳥に伝えるべきなのだが調査が急激に進み、且つシートンが目を覚ましたり、他にもさまざまな事が立て続けに起こり、猫の手も借りたいのが現状らしい。


「なんでもシートンの自宅を捜査した際、教会から王都へ送るはずの孤児の報告書が見つかったらしい。シートンに問いただしたところ、彼があえて少ない人数で報告書を偽装していたらしい」

「何でわざわざそんなことを……」


 報告書を眺めていたキセレは飛鳥に目を移した。


「それは、教会の評判を下げ自分の正当性の立証。そして、自分の子供たちへ裕福な暮らしを与えることでの食人のカモフラージュ」


 ここで、キセレはあえて溜めを作って言った。


「教会が引き取れなかった子供の中から彼の御眼鏡の適った子供の回収。悪く言うと聖術気マグリアタンクの補給だね。子供を教会に取られたら補給が出来ないから偽装を……」

「クソがっ!!」


 飛鳥は思わずそう叫びながらテーブルを叩きつけた。あまりにも理不尽で傲慢で自分勝手なシートンの行いに柄にもなく我を忘れてしまう。


「アスカ、気持ちは分かるけど落ち着いて……」


 横に座っていたシェリアが飛鳥の荒ぶる肩を掴む。それにより、飛鳥は少し冷静さを取り戻した。


 そんな飛鳥を横目にキセレは何事もなかったように続けた。


「ま、そんなわけで教会の資金が足りてなかったのは麻薬とか横領でも何でもなく、単純に王都からそれだけしか送られなかったってのが、今のところ分かってることかな……」


 そこまで聞き飛鳥は一つ疑問に思った。それは、


「王都へ送るはずの書類を一般人が偽装とかできるもんなのか?」


 と、いうことだ。もし偽装が出来るのであれば正直やりたい放題である。自分の私利私欲のためそれを利用する者が必ず現れるはずだ。


「うーん、普通じゃ無理なんだけどね。少なくともこのクライラット国では特別性の判子に王自らの血を使って術式を組み込むらしい。そう簡単に偽装は出来ないはず……」


 なら、と飛鳥が言いかけたところでキセレが被せるように続ける。


「……でもシートンなら出来るかもね。血って魔法の観点からしたら『大量の情報が組み込まれた術式だ』って言う人もいるくらいだし」


 血に組み込まれた大量の情報と聞き飛鳥はDNAのことを思い浮かべたが、それと何か関係があるのだろうかと、頭を悩ませる。だが、一先ずそのことは置いておいて、


「でも、何でシートンならそれが出来るんだ?」

「……これはほとんど出回ってない話なんだけどね」


 キセレはそう前置きすると、


「十何年か前に『炎帝の拳エンプリア・ヴァンスト』と匹敵するような超高火力魔術。そして、その魔術を使用者によっては難なく防ぐことも出来るような法術が立て続けに開発され発表されたんだ。そのほとんどにシートンが関わってる……、って言うか彼が作ったって話だ」

「そりゃまた……、とんでもない話だな……」


 魔法には開発し各国が所属する魔法連盟で発表することで、それが新魔法と定めた時その魔法に特許を受けることが出来る。


 飛鳥はあまりにも突然の話に顔を上げ、一呼吸置こうとした。そしてその眼に入ったものに度胆を抜かれた。


 ヘレナの顔がこれまで見たことがないほどに歪んでいたからだ。怒り、苦しみ、憎しみ、ありとあらゆる負の感情が込められた顔に思わず冷や汗をかいた。


 シェリアもまた、ここ数日のヘレナを知っているが故に彼女の変わりように驚きを隠せないでいた。


「あくまで噂の範疇なんだけどね。まぁ、もしそれが本当だとしたら血の解析も出来るかもね」


 飛鳥は戦っただけでは分からないシートンのすごさを思い知った。あれでまともな思考を持ち合わせていたら、と考えずにはいられない。


 飛鳥は再びヘレナに目を向けると、そこにはいつもの平然とした顔つきに戻っていた。だが、飛鳥はあの怒りに満ちた表情を忘れることが出来ない。聞いてはいけないのは確かだが気になって仕方がなかった。


「さてと、それじゃあ一通り話したし、出発の準備でもしますか……」


 キセレがそう言い、飛鳥はいったんヘレナの事を頭から消し去った。彼女も聞かれたくないことは確実だし。


「何だっけ、にぶ、にぼし……だっけ?」


 飛鳥の拙い記憶力にキセレは溜息を付く。


「天空国家ニヴィーリアだよ。この国は五年に一度大きな祭りがあってね……」


 キセレは一束の資料を飛鳥とシェリアの前に出す。飛鳥はその資料を手に取るが、


「……読めん。シェリア……」

「ん」


 相変わらずこの世界の文字を読むことの出来ない飛鳥は資料をシェリアに華麗にパスをした。


 シェリアはその資料をパラパラとめくっているとあるページで目が留まり凍りついた。


「で、その祭のメインイベントの優勝賞品に『賢者の神杖しんじょう』が出されることになった」


 祭りの賞品と聞き飛鳥は流石に驚きのあまり声を上げた。


「賞品!? な、何でそんなことに!?」


 シェリアが受け継いだ『賢者の神杖』の一部がまさかそのような催しに利用されている事実に驚愕の一言であった。


 だが、神杖とは魔法を使うものであれば誰もが欲するものである、というのが飛鳥の認識だった。先日戦ったシートンの『賢者の神杖』を奪われた時の発狂を見るとそれは間違いではないと言える。


「何でも四年前にニヴィーリア付近で新たに発見された遺跡で見つかったんだって。調査隊はそれを真っ先に王様に献上したらしいんだけど、王様は『王にだけ力が集まるのは暴君の始まり』、みたいなことを言って受け取らなかったんだってさ」


 飛鳥はその王を神杖に関わったシートンと比べてしまい、ものすごく聖人染みたその人に感心してしまう。まともな人物もいるのだな、と。


 飛鳥は目の前の男を見ながらそう思っていると、シェリアに袖を引かれていることに気付いた。


「どした、シェリア……?」


 飛鳥がシェリアに目を向けるとシェリアは資料を指差しこう言った。


「これ、今から三十四日後って書いてある……」

「はぁ?」


 飛鳥はつい呆れ声を出してしまう。それも当然だろう。今から一月後の祭に向け今から出発するなど、他の人から見ればどれだけ楽しみにしているのか、と思われてしまう。


 飛鳥は恐る恐るキセレの顔を見るとニコニコと笑いながら頷いている。


 その顔からシェリアの見間違いでも、飛鳥の聞き間違いでも、ましてや資料の表記ミスでもないことを察した。


 飛鳥が今、異世界にいられるのは日本が夏休みシーズンに入っているからだ。飛鳥のルーツ探しも神杖探しも夏休みで自由な時間があるからこそできているのだ。


 それを祭りに赴くために一月も無駄にすると聞き飛鳥は項垂れるしかなかった。


 そして、それを見下ろしてケラケラと笑うキセレを前に飛鳥は悔しそうに歯噛みすることしか出来ずにいたのだった。

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