人の為の食人鬼
飛鳥の頭の中が混乱の渦に陥れられる。
シートンは言った。あの子供——カウの肉を食うことが彼のためになると。理解ができない。
飛鳥はあの嬉々として味わうように肉を飲み込む瞬間を目撃した。
それが何故、命を救うことになるのか。
「なぜ? って顔してるね」
シートンは未だ笑みを浮かべたまま口周りの血を舐めた。
「話したはずだよ。魔物は直接、魔核に
だが、
「人を食べた際に取り入れられる聖術気にはなんの害もない。それどころか純粋であればあるほど喜ばれる……」
シートンは言った。生物の体内に取り入れられた大地の
「僕はそこに一つの仮説を立てたんだ」
シートンは自分の目の前に人差し指を立てる。
「他人の聖術気は毒でしかないが、ワンクッション……その他人の肉を媒介にする事でその聖術気を己の体内に適応させることが出来るとね! ……結果は大成功だったよ!」
シートンは両手を大きく広げる。
「これは……これはっ、世紀の大発見だよ! 誰もなし得なかった他人の聖術気の利用。これを使い僕は……いや、俺はここまで成り上がったんだ!」
飛鳥はふと思った。あの時の言葉は嘘だったのだろうか、と。数日前、カフェで子供達のためにあれだけ必死になって話していたのは本当に嘘だったのだろうか。
「おまけにその供給源は自分でも制御できぬほどの聖術気を宿した子供達! 命も救えて、子供を保護する俺の名声も上がる! これほど素晴らしいことはない!」
真偽はどうあれ、教会の子供達に対する貧しい生活に対して怒っていたんじゃないのか。
どれほど子供達の命を救えるからといって、その肉を食らう。これで本当にいいのだろうか。
いや、良いわけがない!
「俺は、お前を……」
飛鳥は何の変哲もない黒い杖『魔女の
「お前を、認めない……」
子供を食い物とし、聖術気のタンクとしか見ていないこの男を認めるわけにはいかない。
「……補助は任せて」
「あぁ、頼むよ」
シェリアも腰に差した『賢者の
シートンが何を思って食人という奇行に及んでいるのか飛鳥には分からない。だが明らかに間違っていることは分かる。自分の欲を満たすために子供に食事を与え、親の愛情を与え逃げられないようにする。そんなこと、許していいはずがない。
「お前を止める。例え子供達に恨まれることがあっても……」
—————
飛鳥はその荒れた戦場を走り回る。シートンは土の魔術で約二十センチほどの岩の弾丸を絶えず飛ばしてくる。
戦闘が開始すると同時にシェリアは飛鳥に追加で『視力強化《ゼフト》』を掛け、動体視力の底上げをすることで『
「
飛鳥はそれでも躱しきれない弾丸を地面から突き出す槍やシートンと同じく『
だが、距離が離れているせいか発動までの時間がかかり、術式陣が広がるころには悠々と避けられてしまう。
無限の聖術気。飛鳥がシートンの元に着いた時、既にカウから
法術の使い手であるシェリアは攻撃手段は無いものの防御や回復に関しては問題なく、自分の身自分で守れている。
飛鳥もシートンの魔術を躱しながら隙を見つければ攻撃を仕掛けるものの一歩も動くことなく対処されてしまう。
そんな拮抗した時間が唐突に崩れた。
「うぐぁぁっ!」
土の弾丸が飛鳥の肩を貫き直径三センチほどの穴が出来上がる。油断したわけではない。そのあまりの弾丸の雨にいよいよ対処が追い付かなくなってきたのだ。
——痛い、痛い
傷口にどうしても力が入ってしまう。そして、その度に血がぴゅっと飛び出し、辺りに赤い装飾を付ける。
手で傷口を抑える余裕もなく痛みに耐えながら、それでも動きを止めるわけにはいかない。
「
唐突に背後から聞こえるシェリアの声。すると痛みは引いていき瞬く間に傷が塞がり元通りになる。
そして、その様子を見たシートンが口を開いた。
「へぇ、痛みもなく治せるんだ。優秀だね……」
シートンの馬鹿にしたような口調にシェリアの眉間に一瞬、シワがよる。
「なら、……もっといこうか!」
シートンが前端だけ異様に太くなった長杖の後端で力強く地面を叩いた。
途端、タイムラグはあるものの飛鳥の地面に次々と無数の円環が生まれ土の槍が飛び出してくる。そして、弾丸の雨も絶え間なく飛鳥に襲い掛かる。
「くそっ!」
飛鳥はその逃げ場のなさにそう叫んだ。
迫り来る土の弾丸と時間差で四方から伸びてくる土の槍。その絶妙なタイミングに逃げ場を奪われ右から伸びる槍が飛鳥の腹部を完全に捉えたと思ったその時。
「
シェリアが更に追加で法術を掛ける。文字通り、対象の脚力を上げる法術である。
それを瞬時に感じ取った飛鳥は、飛鳥の脚力では到底避けることの出来ぬ魔術の隙間を身体を捻じりながら後ろへ跳躍し、頬や腹、腕、足を引っ掛けながらもその窮地を脱出する。
「あっつ……」
シェリアは飛鳥の脱出と同時に再び『治癒』を掛け飛鳥の傷を癒す。
傷を癒した飛鳥は『
「
と追加で唱えた。飛鳥の周りに五本の火の槍が生まれ、それをシートンに向け一斉掃射する。
シートンはそれでもなお『土槍』を発動しながら飛鳥に向けていた土の弾丸の一部を『火連槍』の迎撃に向かわせる。
だが、連続性を意識したためシートン本来の弾丸より威力が若干劣る『
「
水の防御法術。高さではなく厚さを意識し、シートンの前方を厚さ約一メートルもある水の壁を作り出す。
火の槍はそれに次々と突き刺さり貫通することはなかったが四本目の槍が刺さったあたりから水は完全に沸騰し、壁としての役割を果たせなくなり、突き抜けてきた五本目の槍をギリギリで躱す羽目になる。
「ちっ、おっしいな。もうちょいだったのに……」
「……あの程度で俺をやれる気になってるとは、滑稽にも程がある」
「その割に俺の火の槍がお前の豆鉄砲を破った時は焦ってたんじゃねーの?」
飛鳥は強気に言葉を投げかけるが実際は攻めあぐねていた。
もちろん経験不足からくる攻撃のパターンの乏しさもあるが、何よりシートンが対人戦闘に長けていたからだ。
自分のやっている事が誰かにバレたらその人物の口を封じる。シートンの話ではもう何度も何度も戦ってきたようで対人戦は圧倒的にシートンが有利だ。
(魔女の魔術撃てたら楽なんだけどな、死にはしないだろうし……)
だが、それは出来ない。なぜならシートンはカウから一定の距離を保ったまま立ち回っている。そんな状況で大火力の魔術を放てばカウまで巻き添えを食らう。
カウから極端に離れようとしないのはおそらく聖術気が切れた場合瞬時に補給をするためだろう。
かと言って、シートンに合わせ乱打戦を続けれる選択肢もあるにはあるが聖術気の保有量の限界を把握していない飛鳥にそんなリスクを犯すことはできなかった。
飛鳥はシェリアを横目で見る。両手で賢者の神杖を握るように掴んでいる。まるで祈るかのように……。
期待を、裏切るわけにはいかない。
「よし!」
飛鳥は聖術気を込め地面を叩く。
飛鳥からもシートンからも離れた位置に巨大な地雷式設置魔術を行使する。『地雷』とはいってもそれは地球に存在するものとは違う。地球に存在する対人地雷は人を殺すほどの殺傷力はなく、強くても脛までを吹き飛ばす威力のも物が基本的だ。
比べて飛鳥の設置したものはとにかく辺りを巻き込んで大爆発を起こす『殺し』を目的とした物だ。
飛鳥は別に好き好んでシートンを殺そうと思っているわけではない。飛鳥はシートンの実力を認めたが故に生半可な攻撃では太刀打ちできないと判断した結果である。その結果シートンを殺すことになったとしても、これからもあの蛮行を続けるであろうあの男を生かしておくわけにはいかない。
そして、飛鳥が地面を叩いたのを合図に再び魔術の撃ち合いが始まる。シートンは土の弾丸、土槍に加え、水の弾丸も同時行使する。
その卓越された
飛鳥はそれらを全て避けながら『
(頭をフル回転させろ、一瞬でも気を抜くな! 常に三秒、四秒先の未来を読め!)
しかし、シートンをうまく地雷の近くまで誘導は出来はするものの後一歩を踏ませることができない。
シートンは飛鳥の作る無数の土の槍の隙間から器用に数多の弾丸を飛ばしてくる。
飛鳥は地雷から離れようとするシートンを逃さぬよう土の槍で追い討ちをかける。地面からの槍、もしくは槍から枝分かれのようにさらに槍を伸ばし、シートンがその地雷から離れぬよう一瞬の隙も与えない。
だが、誘導はいくら出来ても肝心の地雷にはどうしても届かない。
(シートンは……、確実に地雷に存在に気付いている)
あからさまに踏もうとはしない直径約三メートルの範囲。シートンは攻撃を続けながら、その土槍を全て避け、すでに地雷の周りの三分の一の距離を飛び跳ねるように動く。
たが、それこそ飛鳥の作戦だったのだ。
あからさまに巨大な地雷式魔術はその込めた聖術気から肉眼で地雷を確認することは不可能だが、気づかない方がおかしいほどの存在感を放っている。
飛鳥はその場所が絶対に踏むことのできない位置だと相手に把握させることで、逆にその周りが安全であると認識させる。
しかし、その周りこそ飛鳥の狙い目。地雷の存在感に埋もれ、その存在を隠した。伸びた土の槍、その一本一本にもう一つの術式を刻み込んだ。それは、
(俺の合図で連鎖的に発動する『
槍の上から下まで敷き詰めた『
そしてシートンを地雷に追い詰めるために伸ばした大量の土の槍は内に閉じ込める事が叶えば自作の檻となる。
檻の中央は地雷、端から端までそして、上からも降る槍にネズミ一匹逃げる隙間はない。
そもそも、この地雷から離れられたら元も子もないのだが、そうはさせぬ飛鳥の思いからなのかシートンより先手を取り続けることができた。
「っ! これはっ……!」
すでに檻は四分の三ほど完成していた。そこでシートンはようやく檻の存在に気付いた。前から迫る槍と自身の側でありありとその存在感を出す地雷。それらを頭に入れながらさらに攻撃までも繰り出していたが故にシートンはその檻の存在に気付くことに一瞬遅れた。
シートンは慌ててその檻から離れようとするが飛鳥がそれを許すはずがない。
「逃すかよ! 上がれっ!」
ここまで織が完成すればわざわざ追い込む必要はない。残りの四分の一の檻を一気に作り上げシートンを土槍の檻に閉じ込めることに成功した。
飛鳥は魔女の神杖のシンボルである太陽をその檻に向ける。
「死んでくれるなよ!」
——大火槍!
シートンが檻の中にいる姿を土槍のわずかな隙間から辛うじて確認することが出来た、がそれもすぐに燃える槍によって塞がれ、見えなくなってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます