第11話 「魔王様、オークロードと相対する」
一応泥棒除けの魔法を懸けてから馬車をその場に残し、私たちは堂々とした足取りで村へと向かう。
馬車をここに置いていくのは、単純に馬車を壊されたくないからである。
大枚をはたいた高級品なのだ。
傷一つすらつけたくないと思っても当然だろう。
私が剣を抜刀したのに合わせてウルが右手に鉤爪を装着し、兵士も折り畳み式の槍を両手に構える。
武装する私たちとは対照的に、アテナは無手だった。
彼女が得意とするのは影術なので、武器は必要ないのである。
「私は単身でいい。ウルと君はアテナの援護のもと、確実に敵を仕留めてくれ」
私の指示に、アテナ以外が緊張した面持ちで頷く。
距離を詰めてくる私たちに対して、ようやく下級魔獣たちも動きを見せてきた。
雄たけびを上げながらこん棒を振り上げ、威嚇してくる。
「いまさら威嚇なんて意味がないのにな」
「ですね。こちらは最初から戦う気満々なのですから」
「す、すごいなー、クレアとアテナさんは。あたし、めっちゃビビってるんだけど……っ」
「お、俺も正直、少し──いや、かなり……」
「そう気張るな、ふたりとも。数は多いが、所詮は下級だ。冷静に相手の動きを見れば、対処できる。アテナ、ふたりの援護、頼むぞ」
「心得ております」
距離を詰めていく私たちに、まだ魔獣たちは直接的には動かない。
しかし──
ある境を越えた瞬間。
「「「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」」」
咆哮を上げて、レッサー・オークたちが一斉に襲い掛かってきた。
「き、きたあああ……っ」
「く……!」
「怯むな! 戦力は私たちのほうが上だ!」
別に一番槍を狙ったわけではなく、萎縮する味方を鼓舞するべく、剣に蒼雷を纏わせた私は駆けだした。
距離は瞬く間になくなり、振り落とされてきたこん棒を回避しざまに、その魔獣の首を斬り飛ばす。
続く動作で倒れ行く頭を失った魔獣の身体を踏み台に跳躍し、こん棒を繰り出そうとしていた別の魔獣へと頭上から斬りかかり、全体重が合わさった果断の一撃でもって、その身体を一刀両断。
着地直後に横手からさらに攻撃されてくるも、氷魔法にてそいつの両目を潰しざまに踏み込んでおり、視界を潰されて反応ができなかった魔獣の首をぶった切っていた。
「クレア、すごい……っ」
「……っ」
純粋に驚いてくるウルと、圧倒されているのか息を呑む兵士。
そんなふたりへとレッサー・オークたちが群がっていくも──
「「ゴア……?」」
突如として自分の影から伸びてきた黒の両手に拘束されてしまい、戸惑いの声が漏れてくる。
複数の魔獣を一度に拘束したアテナが、ウルと兵士に目を向けた。
「対象が複数のために持続時間は長くありません。早く仕留めてください」
「ラジャー!」
「わ、わかりました!」
ウルと兵士が身動きのとれない魔獣へと飛び掛かっていく。
中には多少頭が回るものもいたようで、無手のアテナへと突進していくのもいたが、例に漏れず確実に影で拘束されており、ウルか兵士によってトドメを刺されていた。
(あっちは大丈夫そうだな。ならば、私は私でやるとしよう)
弱体化しているとはいえ、さすがに下級相手に後れをとる私ではなく。
ウルたちに負けないように私も奮闘して次々とレッサー・オークを屠っていき、やがてその場に見える敵戦力は殲滅される。
(ふむ。ウルもなかなかいい動きをするようになってきたな)
どこか親の気分のような感覚を味わいつつ、肩で大きく息をしている兵士へと近寄った。
「敵の戦力は、ロードを除いてはこれだけか?」
「はあ、ふう……すいません。正確な数までは、把握していないです……」
「そうか」
村の中にまだいる可能性も高いが、ここでこれだけの戦闘をしても他から現れる気配もないので、とりあえずは息をついてもいいだろう。
(情けないな……この程度動いただけで、息が上がるとは)
自嘲してから、少し乱れた息を整える。
額には薄っすらと汗すら浮かんでいる始末。
そのために額に前髪が張り付いてしまい、私は鬱陶し気に手で払いのけるのだが、何やらそのしぐさを兵士が呆けた様子で見つめていたりする。
「クレア様、頬を紅潮させた上で気だるげな態度で異性の気を引くなど、余裕がありますね?」
「はあ? 何を言っているんだ、お前は」
意味がわからなかった私は胡乱げに顔をしかめるも、アテナの言葉でハッとしたように兵士が居住まいを正しており、彼と同じように何やら呆けていたウルが、あっさりと告白してきた。
「あたしも、思わず見惚れちゃった。これが俗にいう”絵”になるってやつだね!」
「……ウルまで何を言っているのか」
私は普通に前髪を払いのけただけなのだから。
答えを求めるように兵士に目を向けてみるも、彼は気まずそうに視線を逸らすのみ。
やれやれ、とアテナが溜め息を吐いてくる。
「鈍感すぎるのも、もはや嫌味ですよ、クレア様」
「クレアの意外な一面、見れたかも!」
「……なんなんだ、いったい……」
オーク・ロードとの対決を前に、仲間からの意味不明な言動に、私は当惑を隠せなかった。
※ ※ ※
閑散としている村内を進む。
舗装されていたであろう村道は、いまでは荒果てており、魔獣たちが乱暴に踏み荒らしたのだろう。
所々に鮮血や肉片らしきものが転がっているのは……兵士たちの善戦の跡なのだろう。
魔獣たちに付けられたのか傷だらけの家々は、その門扉が固く閉じられていた。
その為に中の様子はわからないものの、ひしひしと怯えた気配が伝わってくる。
(まだ怯えるだけの気力は残っているか)
本当に疲れ切ってしまえば、怯えることすらもやめて、ただただ無気力となってしまうからだ。
そういう意味では、まだ間に合ったというべきだろう。
返り討ちに合ってしまったが、兵士たちの善戦が彼ら住民に希望を与えたのかもしれない。
諦めなければ、いつかは自分たちを助けてくれる者が現れると。
(そういう意味では、
面識がないので彼らが死んだとしてもこれといって心が痛むことはなかったが、故郷を救おうと奮い立った勇士たちが志半ばで死んだことは、とても残念ではあったのだ。
(もし私が失脚しなかったら……)
魔王の座にいたままだったならば、果たしてこの惨劇を未然に防ぐことができただろうか……その問いは、もはや詮無き事だろう。
周囲を警戒しながら村道を進む私たちへと襲撃がくることはなく、意外とすんなり村の中央広場へと──
『ッゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
レッサーよりも二回りほど大きな体躯の赤道色のオークが、鼓膜を震わせてくる咆哮を轟かせてきた。
オーク・ロード。
ほとんどの
「「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」」
ロードに続く様に、周囲にいる複数のレッサーたちも吼えてくる。
「ひぃ……っ」
「く……っ」
ウルと兵士がたじろぐものの、私はさりとて平静だった。
潜ってきた修羅場の数が違うのである。
アテナも相変わらずで、無表情がまったく崩れてはいなかった。
「また威嚇か。無駄だと言っているのにな」
「おや? あのロードに対しては、いまが初めて仰ったのでは?」
「……そういうツッコミはいらない」
「これは失礼を」
異質でいて異様な空間だというのに、いつも通りのやりとりを交わす私とアテナを、ウルが何やら羨望の眼差しで見てきていた。
「……ん、もしかしてあいつが件の魔獣使いか?」
私の視線の端に、オーク・ロードの影に隠れるように佇んでいる人影が写り込んでくる。
一瞬、骸骨かと思うほどにガリガリにやせ細っている男。
虚ろな両目も今にも転げ落ちてきそうなほどで、額に埋まっている小石が不気味に輝いていた。
その男は手に持っている野菜を貪るように丸かじりしており、咀嚼することなく胃に流し込んでいる。
あんな食べ方では遠からず喉を壊してしまうだろうと思ってしまうが……まあ、壊したところで私にはまったく関係なかったが。
それにどのみち、あいつの命は今日で終わるのだから、喉の心配をしても無意味なのである。
「なんか、あのひと変な
ウルがやや怯えた色をにじませた声で言ってくる。
あの男自体なのか、それともあの額の石のことを指しているのかはわからないが、獣人ならではの嗅覚が何かの異変を感じ取っているのだろう。
「ああ……食べても食べても腹が減る……」
口から野菜屑をボロボロ零しながら、魔獣使いが虚空を見つめる。
「俺の邪魔をしないでくれ……俺はただこの空腹を満たしたいだけなんだ……」
どう見ても、明らかに正常な精神には見えなかった。
だが、
村を蹂躙し、兵士たちを虐殺した罪は、もはや償いようもないのだから。
怒りが湧いてくる。
無辜の民を苦しめるこいつは……殺す。
殺さねばならない。
生かしておく理由もない。
国を統べる者だった者として、私はこの異常者を赦すことはしない。
「そんなに腹が減っているのなら、月並みなセリフで申し訳ないが──私の剣を食らわしてやろう。在り難く思え。それでお前の空腹は消えるんだからな」
剣呑な意味が込められていることに気付くだけの知性は残っていたようで、魔獣使いが叫んだ。
「だまれだまれだまれだまれぇえええええええええええぇええええぇええ!! 俺は悪くない! 悪くないんだ! 悪いのは全部お前らだああああああぁああああぁああああああああああ!!!」
額の石が禍々しい光を放ち。
『ッゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
先程の威嚇とは違う声量で咆哮を轟かせたロードが、丸太ほどのこん棒を振り上げた。
レッサーたちも続く様にこん棒を振り上げ、雄叫びを上げる。
「くるぞ! ロードは私が仕留める! レッサー共の始末は任せるぞ! アテナは援護を!」
「お任せを」
「う、うん……!」
「了解しました……!」
こうしてハルス村を巡る攻防戦が、始まる──
※ ※ ※
※ ※ ※
いつものように平和な日常を過ごしていたハルス村は、ある日、突如として平穏が壊される。
「「「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」」」
魔獣の群れが襲撃してきたのである。
「ま、魔獣が襲って来たぞーー!」
「きゃーーーーー!」
「みんな逃げろーーー!」
村人たちにとっては魔獣の種類などわかるはずもなく、彼らにとっては下級だろうが関係なく、等しく自分たちに害を与える存在ということに変わりはなかった。
すぐに反応したのは、村の自警団だった。
「女子供、老人は家の中へ! 戦える者は武器をとれ! 村を守るぞ!!」
冒険者を引退した者たちで構成されているために、その年齢層は高かったものの、培った経験値は確かなものであり、衰えた肉体ながらも機敏に動き、襲い来る魔獣へと立ち向かう。
「若い頃を思い出すわ!」
「年寄りの冷や水になるなよ!」
「しかしなぜレッサー・オークの群れがこの村に……?」
引退した身とはいえ、さすがに下級魔獣相手に遅れをとる者は少なく、いたとしても見事な連携でもってカバーし合っており、戦況は自警団が優勢と言えた。
しかしその時。
戦況を覆す咆哮が轟く。
『ッゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
たったの一撃で吹き飛ばされる何人もの自警団員。
まるで木の葉のように宙を舞い。
地面や民家の壁等に叩きつけられた者たちは、もはやピクリとも動かない。
「な……っ、馬鹿な!? なぜロードクラスが……っ」
赤道色の巨躯を誇るオークを前に、愕然とした面持ちとなる自警団員たち。
ロードクラスは普段、巣となっているただの洞窟や、何層もあるダンジョンの奥深くから動くことはなく、こうして陽の光の下にその姿を見せることはないのだ。
支配している下位の魔獣に”狩り”をさせ、自分は悠々と巣穴にて下僕が餌等を献上してくるのを待つ習性があるからだ。
だから、こうして自ら”狩り”をするなど、本来はありえなかった……
『ッゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
振り落とされた丸太のようなこん棒を回避できず、またひとりの自警団員が叩き潰される。
しかし、そのことで一瞬だけ動きを止めていたロードへと、ふたりの自警団員が左右から斬りかかっていた。
「くらえ!」
「バケモノが!」
ロードの脇腹が左右から切り裂かれるも、これといった痛痒を見せないロードは煩そうに腕を払う。
ひとりの頭がはじけ飛び、もう一人は慌てて距離をとろうとするも、ロードが足を踏み鳴らした衝撃でバランスを崩してしまい、転倒。こん棒が叩き落され、次の瞬間には肉塊に。
下級魔獣には優勢だったものの、さすがに引退した身では人数がいようとも、ロードの相手は荷が重すぎたのだ。
奮闘したものの、自警団が全滅するのに時間はかからなかった。
広場に強制的に集められた村人たちは皆が一様に怯えた様子でビクビクしており、そんな彼らの前には、オーク・ロードを従えた痩せこけた男が佇んでいた。
「食料だ……食料を寄越せ……!」
「しょ、食料……ですか。ど、どれほどの量を……?」
怯えながらに村長が問うと、男は叫ぶように。
「全部だ! 全部もってこい!」
こうしてハルス村は、魔獣使いの手に落ちてしまうことに……
常に村の周囲を魔獣がうろついているので、村人たちは逃げることも出来ず、期を見て逃げ出そうとする者もいたが、簡単に追い付かれ、見せしめで食い殺されていた。
しかし運よくというべきか、この村に来ようとしていた行商人が異変に気付いてすぐに逃げており、この村の現状を外に伝えてくれることだろう。
とはいえ、戯れのように時おり上がる雄たけびに村人たちは怯え、夜も眠れない日々が続く。
魔獣使いは村人からかき集めた食料をひたすらに貪るだけであり、それ以上の要求はしてこなかったが、しかしこの状況だと、それがかえって不気味であり、いつ違う要求をしてくるのかと村人たちは気が気がじゃなかった。
村人たちにとって絶望の日々が数日過ぎたところで、変化が訪れた。
この村が故郷である兵士たちの一団が、救出に来てくれたのだ。
「おお……あれは俺の倅だ!」
「私の息子もいるわ!」
「来てくれたのか……!」
希望を抱く村人たちだったが……その希望はあえなく打ち砕かれる。
赤道色の魔獣が、兵士たちを蹴散らしていたのだ。
無残な姿を晒すことになった子供を前に、村人たちが嘆き悲しみ、途絶えない嗚咽が村を包む。
子供の亡骸に群がる魔獣を追い払おうと家から飛び出す者もいたが、一緒になって喰われてしまう。
まさに阿鼻叫喚。
絶望し、悲嘆に暮れる村人たち。
だが……
「む、村のみんなっ! 最後まで、あ……諦めない、で……くれぇえええーーーー……!」
断末魔の代わりに、ひとりの兵士が叫んでいた。
ハッとする村人たちは、悟る。
ここで自分たちが諦めたら、死んでいった息子たちが無駄死にだということになってしまう。
そんなこと、あってはならない。
無駄な死になんて、絶対にさせるわけにはいかない。
命をかけた息子たちに、顔向けができないではないか、と。
戦う力のない自分たちが出来ることは、最期まで諦めないこと。
死んでいった子供たちを、寿命を全うするまで想い続けること。
絶望していた村人たちは、気力を取り戻す。
怯えが消えたわけではないが、自分たちは何としても生き延びねばならないと決意する。
そんな最中だった。
まるで氷のような美貌の女性が、現れたのは──
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