第38話 猫話

 猫が人間と関わるに当たり、いわゆるグッとくる行動というものがいくつもあるらしい。

 私はただの挨拶程度でやるのだが、いわゆる「スリスリ」とかそこからの発展技で勢い余って舐めてしまうとか……。

 そう、深い意味はない。ただの親しみを込めた挨拶である。

 他意はないのだが、これがよく勘違いされる行動だった。

「な、なに、いきなり私の足にスリスリなんて。変なモン食って、そっちに目覚めちまったか!?」

「そっちってどっちだよ。ただ挨拶してるだけだろ。よく勘違いされるけどな、これは『お前は自分のものだ!!』って主張じゃねぇ。自分のニオイを付けて落ち着ける場所にしてるだけだ。裏を返せば、仲良くやろうぜってところだ!!」

 私は自分のベッドに飛び乗った。

「普段やらないけど、たまに疼くんだよね。やっぱ、猫だから?」

 私は笑った。

「……サーシャが私にスリスリなんかしたぞ。これは、一大事かもしれん。もう、風呂に入れないかもしれない。洗い流したら、親愛の情を蹴ったって事で、口も利いてくれなくなるかもしれん」

 アリーナが真顔でいった。

「おい、猫好きなら分かるだろ。必要なら何度だってしつこくやるわ。ただの挨拶だっていっただろ!!」

「……なんて事だ。大変だ」

 アリーナは私の言葉など聞かず、部屋から出ていってしまった。

「お、おい、レアな勘違いをするな!!」

 私は慌ててアリーナを追いかけた。


「も、もういない。どこにいった!?」

 廊下にアリーナの姿はなかった。

「噂に聞く『くノ一』か、アイツは……。まいったな、そういう解釈する馬鹿野郎だとは思わなかったぜ」

 しばし考え、私はアリーナの部屋に走った。

 思えば、アリーナの部屋に行くのは初めてだったが、扉の前には黒服のオッチャンが立っていた。

「のえっ、ガード付きかよ。さすが、ただの王女だぜ!!」

 ……しかし、ただの王女の意味は、いまだに謎だった。

 勢い余って突っ込むと、黒服のオッチャンは足を上げて靴の裏で私の顔面を受け止めた。

「……酷い」

 私が靴の裏から顔面を離すと、黒服のオッチャンは首を横に振った。

「ご不在だ。風呂に行っているご様子だ」

 低く渋い声で私に告げ、無表情で廊下を見回し始めた。

「……んだよ、あの野郎結局風呂に入ってるじゃねぇかよ!!」

 そこに、アリーナが帰ってきた。

「ぎゃあ!?」

 アリーナが反射的な動きで繰り出した右足のつま先が、私の顔面に突き刺さった。

「……」

「ああ、ごめん。ここじゃダメだ!!」

 アリーナが私を小脇に抱えてダッシュした。

 私の部屋に飛び込むと、小脇に抱えていた私を両手でしっかり掴み、ダイブしながら顔面をベッドに突き刺すようにめり込ませた。

「……おい、今日の私の顔面はなんかあるのか?」

「ああ、うっかりやっちまった!?」

 アリーナが慌てて私をベッドに座らせた。

「……で、風呂入ったな。よかったぜ、あんなわけ分からねぇ解釈しやがるとは思わなかったぜ」

「……バレないようにこっそりと思ったら、いるんだもん。蹴っちゃったよ」

 アリーナはため息を吐いた。

「……蹴っちゃった件については多分別枠だと思うが、こっそりは無理だぞ。猫の鼻だってそれなりに敏感だからな。まあ、心配ならスリスリしてやる。その程度のもんだ」

 私は笑みを浮かべた。

 ちなみに、猫に無視されても悲しむ事はない。

 今興味がないだけで、意識のどこかにはある。

 気が向けばちゃんと寄ってくるはずだ。気まぐれだが。

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