第37話 はい、元通り

 色々面倒なので、とっとと治って欲しい私の傷痕だが、深い火傷というのはなかなか面倒だ。

 回復魔法の使い手として、それはよく分かる。

 だから、文句などいうつもりはないが、アリーナがため息しか吐かなくなったり、私を抱えたまま黙ってしまったりで、なかなか困ったものだった。

「だから、火傷は大変なんだよ。でも、この程度だったらもうちょっとで治るっての!!」

「……私が回復魔法を使えたらな」

 アリーナがため息を吐いた。

「……やめて、その性格で回復魔法は。大変な事になるから!!」

 アリーナはため息を吐いた。

「……分かってるよ。だから、勉強してないんじゃん」

「ちっがーう、そこはブチキレて怒鳴るところだ!!」

 アリーナは私を抱えて、ベッドに腰を下ろした。

 私をゆっくり撫でながら、アリーナはため息を吐いた。

「おい、いい加減起動しろ。なにが不満だ、金か?」

「……金なら家から見舞金が。忘れてた」

 アリーナが懐から小切手を取りだした。

「馬鹿野郎、今のはボケだ。それに、なんだよこの金額。桁を間違えてすげぇ額になってるぞ!?」

「ああ、ボケたのね。たまたま持ってたから、思い出したもので。間違いじゃないぜ。それでも二桁削ったぞ。ビビるからって」

 アリーナがため息を吐いた。

「これでも破壊的にビビるわ。加減しろっての!!」

 アリーナは私を抱きしめた。

「……おい、いい加減戻れ。やりにくいんだよ!!」

「……その傷痕が消えないと、完全には無理だろ。事故って簡単に処理できるほど、私の頭は意外と単細胞じゃないからね」

 アリーナは、もう何度目かのため息を吐いた。


 研究室で呪文を弄くっていると、施錠していないどころか開放してある扉をわざわざぶっ壊して、なんか怖そうなお兄さんたちが五人入ってきた。

「……わざわざ、開いてる扉をぶっ壊す事ないじゃん。なんだよ?」

 お兄さんたちは答えず、私をとっ捕まえると可愛いキャリーバックに押し込んだ。

「……趣味はいいな。素敵だ」

 そのまま部屋を出ようとした時、ちょうど入ってきたアリーナと鉢合わせした。

 お兄さんたちはアリーナを突き飛ばし、部屋からダッシュで逃げ出した。

「……あれ、アリーナが来ないぞ?」

 疑問に思っていると、逃げるお兄さんたちの前に、天井板をぶち抜いてアリーナが降ってきた。

「……バージョンアップ?」

 しかし、着地の不安定な体勢な所を先頭のお兄さんに蹴り倒された。

「……改良の余地はあるな」

 倒れたアリーナの上を五人が踏み越えて、そのまま逃走していった。

「……わざわざ踏まなくてもいいじゃん。ってか、踏まない方がいいぜ!!」

 次の瞬間、誰もが一瞬止まりそうなほどの殺気が廊下を駆け抜けた。

「……あーあ、やっちまったぜ!!」

 音を立ててメイスが飛んでいき、先頭のお兄さんが悲惨な事になった。

 しかし、一行はそれを無視して走り続けた。

 再びメイスが飛んでいき、二人が倒された。

「……ふ、増えてる上に、投げメイスの腕が上がってるぜ!!」

 残る二人は校舎から飛び出て、待機していた犬ぞりに乗った。

「……し、渋い乗り物を!?」

 勢いよく走り出した犬ぞり二台は、広い校庭を吐き進んだ。

 校舎から飛び出て来たアリーナが、ポケットからなにか出すのが見えた。

 私は迷わず結界魔法を使った。

 瞬間、校庭のそこら中で爆発が起きた。

 さらに、校舎の壁をぶち破って、黄緑色の図太い光線が発射され、二台の犬ぞりを纏めて消滅させた。

 当然、キャリーケースも消滅し、結界に守られた私だけが校庭に投げ出された。

「サーシャ!!」

 慌てて走ってきたアリーナが、勢い余って思い切り私を踏んづけた、

 特に鼻の辺りが妙に尖るらしく、アリーナの頑丈なブーツの底を貫通した私の鼻は、容赦なくアリーナの足の裏から甲までぶち抜いた。

 声なき悲鳴を上げて、校庭をのたうちまわるアリーナを脇目に、私はどんな仕掛けがこの校庭に施されているか分からず、結界を解けずにいた。

 結局、この有様をどこかでみていたらしい学生数名によって、私たちは無事に校舎に連れていってもらえた。


「……これでも、まだ起動しないとかいうなよ?」

「起動したわ。なんだよ、鼻が足を貫通って!?」

 寮の部屋で、アリーナが怒鳴った。

「……私を踏むと痛い目みるぜ!!」

「どんな結界張ってんだよ。聞いたことねぇよ!!」

 私は笑みを浮かべた。

「……な、なに、今の笑み?」

「……さぁ?」

 私はアリーナの膝の上に丸くなった。

「な、なんか、懐いちまったぜ。いいけどさ!!」

 アリーナは笑みを浮かべて、私を撫でた。

 ……私は覚えた。

 馬鹿野郎と結界は使い用だと。

 これだから、魔法は止められないのだ。

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