第30話 人間社会 二年目へ

 巨大学校にも年内最後の日が来た。

 ほとんどの学生が実家に帰っているので、校舎の中は普段よりも遙かに静かな環境になっていた。

 もっとも、暦など気にしにない猫にしてみれば、別に普段と変わらない。

 いつも通り、個人研究室でせっせと呪文づくりに励むだけだった。

「我ながら、この呪文はイケてるぜ。一度は傷を綺麗に治しておきながら、一気に逆転してズタボロだぞ。なんて、嫌な魔法だ。うっかり、考えちまったぜ。ヒヒヒ……」

「おい、変な笑い声を上げるな。声かけても、反応しやがらねぇし!!」

 いつの間にか、手にメイスを持ったアリーナがいた。

「……そのメイス、なにに使う気だった?」

「これ以上反応ないなら、ぶん殴ったら直るかなって……」

 アリーナはメイスの先で、私の顔を突いた。

「こんなちっちゃい頭、一撃だろうねぇ」

「……」

 私は呪文を唱え、全身を結界で覆った。

「……ほう、やるってか。この野郎!!」

 アリーナが力任せに、私をぶん殴った。

「あ……が……」

 手が痺れたらしいアリーナが、メイスを床に落とした。

 しかし、ここで結界を解除するのは、まだ早かった。

「て、テメェ!?」

 ブチキレたアリーナが私を掴んで床に叩き付け、ひたすら踏みまくった。

「いてぇ!?」

 私が靴の裏を貫通して、足の裏に突き刺さったらしい。

 靴の裏に突き刺さったままの私を引っこ抜き、アリーナは窓を開けて私を雪降る外に放り投げた。

「……ったく、アリーナの足の裏に突き刺さっちまったじゃねぇかよ。何度もやってるけど、これは初めてだな。刺さるもんだねぇ」

 私は苦笑していつもの玄関に行ったが、学生が少ないためか扉が施錠されていた。

「んだよ、ここ以外は遠回りなんだよな……」

 その後、あらゆる玄関に行ったが、全て扉が施錠されていた。

「……で、最後に残ったのが、職員用のここだけど」

 扉は施錠されていた。

 「ご用の方は呼び鈴を」と書かれていて、確かに呼び鈴はあった。

 しかし、その引き紐には遙かに手が届かなかった。

「……これ、人間用でも高すぎないか。どんな、ジャイアントが使うんだよ」

 しかし、私は猫だ。

 この程度跳ぶくらい、なんの問題もなかった。

 紐にじゃれる猫よろしく飛びついた瞬間、なんの手応えもなく紐がすっぽ抜けて一緒に地面に落ちた。

「……こ、この野郎、ぶっ壊れてるじゃねぇか。んだよ、閉め出されちまったじゃねぇかよ!!」

 雪降る中、どうしたもんかと考えた。

「……まあ、玄関じゃなくても、開いてるところはあるしな。面倒だなぁ」

 ……私は知らなかった。

 年末の恐怖を。


「ど、どこも開いてない。完全に閉鎖してあるぞ。なんだ、なんかの襲撃でもあるのか!?」

 ……無論、そんな事はない。

「アリーナの野郎も、面倒な時に放り出しやがったな。まあ、そのうち回収にくるだろ。暇だしなんかやってよう」

 私は雪が降り積もった広い校庭をみた。

「……雪だるまでも作ろう。地味にね」

 私は魔法で小さな雪玉を作り、それを転がしながらとにかく広い校庭をゆっくり端まであるいた。

「……なんか、この段階でかなりデカイ気がするぞ。胴体でこれだからな。よし、このくらいにして、頭を作ろう。少し小さめにな」

 また雪玉を転がし、既存の胴体との大きさの比率を計算した。

「適正比が分からないけど、こんなもんか?」

 魔法で雪玉を浮かせて胴体に乗せた。

「……全然ダメだ。まるで、デカイ球体にイボでも生えたみたいになっちまったな。まあ、こんなのどうでもいい。この雪原は使わねぇと勿体ないな。ここは、ズルして魔法でいくぜ!!」

 私は呪文を唱え、無数のかまくらを使った。

「あとは、明かりでも点してやるか!!」

 各かまくらに明かりが点った。

「にしても、回収が遅いな。せっかく作ったし、どれか一つに入っているか」

 適当なかまくらに入って丸くなっていると、段々日が暮れ始めた。

「忘れちまったって事はあるまい。さては、出られなくて焦ってるな!!」

 思わず笑ってしばらくすると、頑に閉ざされていた玄関の扉が開く音が聞こえた。

 みると、好き勝手にメシだの酒だの持って、校庭に向かってくる一団だった。

「おいおい、人のかまくらで勝手に遊ぼうってか。いいんじゃねぇの、好きにやれ!!」

 人の数はどんどん増え、なにかの祭りのようになってしまった。

「……しまった、ど派手に目立ってしまった」

 思わず呟いた時、血相を変えたアリーナが飛び込んできた。

「やっと見つけた。こんな作るから、どれか分からなかったじゃん!!」

「……勢い余っちまったぜ。挙げ句、この騒ぎよ」

 アリーナが私を抱きかかえてかまくらの中に座った。

「手間取ってるうちに、もう年が変わっちまうぜ。多分、このままカウントダウンだな」

 アリーナが笑った。

 そして、誰かが大声を上げた。

「……なんで、百からスタートなのよ。これだから、魔法使いはよ」

「……関係あんの?」

 そして、百のカウントダウンが終わると、そこら中からど派手な爆発系攻撃魔法が夜空に打ち上げられた。

「おう、年が変わったぜ!!」

「まあ、猫的には別になんも変わらんけどね!!」

 かまくらの中でアリーナに抱きかかえられながら、私はここぞとばかりに打ち上げられる爆発系攻撃魔法を眺めていた。

「まっ、今年もよろしくって事だな!!」

 アリーナが笑みを浮かべた。

「おうよ、なにが変わったんだか分からんがよろしく!!」

 私も笑みを返した。

 こうして、人間社会二年目に突入した私だった。

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