8-3
午前一〇時三〇分、木曾(きそ)アスナは自分がミスをした事にも気付かずに筺体の前にあった椅子に座る。この段階でVR版と気付くべきなのだが、カードタッチパネルにタッチしてデータが存在していた事もあって、未だに気付かない。しかし、VR同士でしかマッチングが出来ない訳ではないので、この間違いに気付くのはもっと後になるだろうか。
(こちらも混雑してきたとはいえ、何かが――)
《AR版とVR版のアカウントが確認されました。AR版が設置されている店舗ですが、このままVR版でプレイを始めますか?》
木曾はゲーム画面を見ても、未だに気付かない。データのログインが完了、プレイモードもノーマルで選択、各種カスタマイズを完了し――。モードに関しては、VRではストーリーとノーマルのどちらかを選択出来る。将来的には別モードも実装予定だが、マッチングはノーマルモードのみとなっていた。
ゲームの流れはAR版とさほど変わりがない。これも、木曾が勘違いをしていた原因だろう。ちなみに、木曾はVR版のアカウントも持っていた事が、このミスを招いた原因だったのである。
「あのプレイヤー、木曾じゃないのか?」
「彼女はARがメインだったのでは?」
「VRでもアカウントは持っているはずだ。こちらにいてもおかしくはないだろうが」
「ARとVRを両方プレイする利点ってなんだろう?」
「それぞれでプレイスタイルを把握する事で、それぞれの視点でゲームを見る事が出来る事か」
「ゲームハード論争の様な愚かな行為は、こうした両方を理解出来るプレイヤーが何とかしなければ無理な相談なのだろう」
周囲のプレイヤーの声も、おそらくは木曾には聞こえない。VRメットを装着した訳でなく、持参したインカムセットを耳にセットしたからである。さすがに大ボリュームでプイレイヤーの声を物理的にシャットアウトしている訳ではない。それをやると、自分の耳にも負担があるだろう。
木曾の場合、プレイに集中する事でプレイヤーの声と言う名のノイズを遮断する事が出来たのである。こうした集中力は、プロゲーマーには必須かもしれない。
ほぼ同時刻、ARゲームコーナーの方でログインをしていたのは照月(てるつき)アスカと秋月千早(あきづき・ちはや)の二人である。
(プレイヤーは――?)
秋月は何かの違和感を持つ。その理由はマッチング相手がVRプレイヤーだった事にある。
【VRとARのマッチング? 同じ店舗で?】
【同じ店舗にARとVRのヒーローブレイカーが設置されている事に、何の不思議がある?】
【そう言う物なのか?】
【そう言う事だ。プレイヤーは全て、同じ店舗内だけみたいだが】
【他の店舗もマッチング対象になるのでは?】
【このマッチングは、あるプレイヤーが固定マッチングにしたのかもしれない】
中継動画を見ているギャラリーには、どのような状況なのか把握できていない人物もいる。ローカルマッチングモードであれば他の店舗のプレイヤーが乱入出来ない仕様に出来るのだが、その機能が実装されたのか?
『このチャレンジに挑んでくれた事、光栄に思うわ』
秋月と照月のARバイザーに聞こえてきた声は、間違いなくあの人物である。
(木曾アスナ? まさか、会わせたい人物って)
しかし、照月は木曾の声を聞いてもまだ半信半疑だ。あれほどの有名なプレイヤーというか動画投稿者が、あっさりと捕まるのか?
店舗によっては、大和(やまと)と三笠(みかさ)の二人とマッチングするのでさえ難易度が非常に高い。対戦ゲーム等で良く見られるような初心者狩りがヒーローブレイカーでは起きないのは事実だが、勝てない勝負に挑むようなプレイヤーはいないのだろう。
『とりあえず、勝負は行うとして――』
秋月はプレイヤーネームの表示後に目撃した違和感に関して言及する。その違和感とは、木曾のネームが表示されている個所に表示されているアイコンに関してだ。
『何故、VR側のアイコンが表示されているの? AR側には若干の空席があったというのに』
この秋月の一言を聞き、木曾は自分が気付かなかった致命的なミスにようやく気付いたのである。普段からVR版をメインにプレイしてきた関係もあって、それに自覚がなかったのかもしれない。
『てへぺろっ』
木曾は、その場を和ませる為にも一言つぶやくが、状況が飲み込めていない照月にとっては頭を抱えたくなるような状態になっている。それを聞いた秋月の方も若干だが言葉が出なくなり、どうするかも悩みつつチャレンジは続行する事になった。
《勝利条件は制限時間内のレイドボス撃破。もしくは、多くのダメージを与えてスコアを獲得する》
勝利条件は単純で分かりやすい。時間内撃破かハイスコアである。三分の時間内で撃破できるボスなのは問題ないかもしれないが、状況によってはボス撃破よりもスコアを優先するべきだろう。
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