第53話 君に受け取ってほしい形見だそうだ

 昨日、堂嶋さんのマンションの一室で、妻、堂嶋真希さんの送別会が行われた。

 日中、お世話になった人をたくさん呼んで、簡単なパーティーを行う。みんなからの送別の言葉を受けた真希さんが、今度は集まったみんなに感謝の言葉と、真希さんからみんな、それぞれに形見の品を手渡しでプレゼントしていく。

 太ることも、健康のことも気にしなくてもいい、好きなものを好きなだけ食べ、お酒をいくら飲んでも構わない人生最後の一日を彩る最高のパーティー。皆が解散した後、堂嶋さんと奥さんの二人でささやかな時間をすごし、睡眠薬を飲んで安らかに眠りに落ちる。

 遺体が存在しなくなった現代において、死後の告別式や葬式にはそれほどの価値が見いだせなくなり、献体としてこの世を去る人たちには近年、送別会というスタイルが人気だ。

 真希さんからは是非、あたしにも出席してほしいとのことだったが、あたしはそれを断った。それと言うのも、堂嶋さんに出席しない方がいいと言われたからだ。あたし達人肉調理師はその翌日、その人物の体を調理しなければならない。その直前のパーティーに参加してしまうと、生前影を引きずりすぎて調理に支障をきたすことがあるという。

今回、その咎を堂嶋さんが逃れることは不可能で、どうしても逃れられない苦悩が襲ってきた時に、それを代行する人間が必要だという。それがあたしだ。だからあたしは送別会には参加しなかった。

朝、アトリエに到着した堂嶋さんの目は腫れていた。昨夜に別れを済ませ、奥さんの遺体は遺体管理局のもとへと送り届けられた。堂嶋さんがアトリエに到着する少し前、管理局から希望部位の切除が終わったので取りに来てほしいとの連絡があった。

到着早々そのこと告げると、「わかった」と短く言葉を切って、すぐに管理局へ出発する準備を始めた。アトリエから管理局まではそんなに離れていないので堂嶋さんが一人で受け取りに行く。あたしはその間留守番をするということになった。

堂嶋さんが出発する直前、

「ああ、そうだ」

 と、堂嶋さんはポケットから小さな包みを取り出した。プレゼント用の小さなラッピングバッグに包まれたものをあたしに差し出した。

「妻から預かった。君に受け取ってほしい形見だそうだ」

「え、あたしにですか? 中身は、なんなのでしょう?」

 質問を投げかけながらも、躊躇なく両手でそのプレゼントを受け取る。

「聞いたが、妻は答えてはくれなかった。あまり高価なものではないのでそんなに気にしなくていいとは言っていたが……」

「は、はい……そうですか……では、ありがたくいただくことにします」


 堂嶋さんが、アトリエを出発してから、あたしは真希さんから受け取った小包の包装を解いた。中から、さらに小さなサテン生地の巾着が出てくる。巾着のひもを解き、中にあったものを取り出す。それを見た時、あたしの胸はとてもきつく締め付けられるような思いがした。

 ――真希さんは、一体なんでこんなものをあたしによこしたんだろう。

 締め付けられる胸がバクバクと激しく脈動し、なぜ自分がそんな気持ちにならなければならいのかを考えたが、そんなことがあたしにわかるわけがない。

 それを再び巾着にしまいこんだあたしはポケットに突っ込み、すべてを見なかったことにした。


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