第32話 恋人はいないんですか?

食堂へ運んで三人で食べ始める。菊池さんも斉藤さんも、無条件で絶賛してくれた。そりゃあたしかに、文句を言われてもどうかと思うし、それなりに自信もある。だけど、きっと堂嶋さんならなにがしかの指摘(アドバイス、ということにしておこう)があるのが普通だ。そのせいか無条件の絶賛というものに、なんだか少しだけ物足りなさを感じてしまう。

「牧瀬先輩はゴールデンウィーク、いつまで休みなんですか?」

 菊池さんがオムライスを口いっぱいに頬張り、もごもごしながら聞いてくる。

「うん、一応は暦通り休みかな……」

 と言って少しだけ申し訳なく思う。他のコックの子たちは当然休みなんてない。あってせいぜい交替で1、2日あるくらいだ。菊池さん達もローテーションで今日、アルバイトがたまたま休みでしかない。

「いいなあ。あたしも人肉調理師目指そうかなー」

「アンタの成績じゃ無理に決まってるでしょ」

 菊池さんの発言に斉藤さんがツッコミを入れる。しかし、いいなあと思われている時点でなんだかこうしてここでのんびり過ごしている自分が悪いことをしているように感じる。

「あ、でもオンコールがあれば休みでもすぐに出勤しなきゃいけないんだけど……」と、言うのはせいぜい苦し紛れの言い逃れか。今も自分がこうしているあいだにも同期が現場であくせく働いて経験と技術を向上させているのかと思えば、自分だっていつまでもうかうかはしていられないのかもしれない。今でこそ首席で卒業のエリートだが、のんびりしていたのではすぐにでもみんなに追い抜かれてしまうだろう。結局、技術仕事なのだから資格なんて言うものには何の価値もない。ただ、努力の先に成長があるだけだ。それはおそらくどこまで努力しても決して完成なんてすることのない努力。

「牧瀬先輩、恋人とかいないんですか?」と、次々に質問攻めにあう。

「いないわよ……」

「えー、もったいないですー。牧瀬せんぱいって美人だしー、絶対いくらでもいるじゃないですかー」

「でも……、でも、あたしはあまり恋人って作りたいと思わないのよね」

「えー、なんでですかー。まさか、仕事が恋人とかいうんじゃないですねー」

「ううん。そうじゃなくて、あたしはなんて言うか……その、愛だとか恋だとかよくわからないのよね。大体なんでそんなことしなくちゃいけないのかって。だって結婚して子供産むなんて、自分と旦那さんのどっちかが死ななくちゃいけないってことなんだよ。そこまでのリスクを背負ってまでするほどのものなのかなーって」

「せんぱーい、むずかしく考えすぎですよー。なにも子供をつくるまで考えなくてもー、ただ何となく一緒にいるだけでうれしいって感情、あるじゃないですかー。それに、えっちすると気持ちいいじゃないですか」

「え、えっちって……菊池さんそんなことしてるの? もし子供が出来たらどうするのよ!」

「い、いや、そんなこと気にしなくてもいいじゃないですか。その時はその時で堕ろせばいいわけだし」

「お、堕ろすって、そんな簡単なことじゃないじゃない。妊娠しているっていうことはそれだけで命なのよ。それにそんなことをすれば母体にだって影響があるかもしれない。もしかしたら二度と子供が産めない体になるかもしれない」

「うーん、でも、法的に堕胎は認められてるし、てか、国としてもそれを推奨してるわけでしょ? そうなると、やっぱりあんまり罪の意識ないのよね。それにわたしだって子供を産んで死にたくなんかないし、むしろ子供が産めない体になるって、その方が都合がいいんじゃないですか? それとも牧瀬先輩はいつかは子供を産みたいんですか?」

「え……そ、それは……どう……なんだろう……」

「それに、ひとを好きになるってとっても素敵なことですよ。子供を産んではいけないからと言って、ひとを好きになる権利までは放棄する必要はないと思いますよ」

「た、たしかにそれは……」それはそうなのかもしれない。が、素直に認めてはいというのも悔しい。

「牧瀬先輩、誰かいい人いないんですか? 仕事が恋人なんて淋しいですよ。あ、それとも仕事場に恋人がいるとか?」

 仕事場に恋人、と言われて頭の中に堂嶋さんの姿が浮かぶ、いや、それは仕方のないことだ。恋人でも何でもないが、そもそも職場には堂嶋さんとあたししかいないのだ。他の大きなレストランとは違う。それに……

「だいたいあの人は結婚しているわけだし……」

言葉に出ていた……

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