第27話 準備開始?

 翌朝、七時半ごろ。

 ドン! ドン! ドン! と、隣の部屋に迷惑になるのではないかというほどの轟音が室内に鳴り響き、僕は目を覚ました。

 未だおぼろげな意識の中でそれを聞いていると、しばらくして扉をノックしている音なのだと気が付いた。

 慌てて扉まで駆け寄って行き、カギを開けると――


「ルティアちゃん大丈夫!? 何かされてない!?」


 思いっきり扉を開き、ネリス声を大にして僕の安否を確認しようとしていた。


「え? ええ、大丈夫ですけど……」

「よしわかった! レイルさんぶっ飛ばそう!!」

「なんでそうなるんですか」


 もう話聞いてないな?

 ネリスの顔をよくみてみると、目の下に隈が浮かび上がっていた。

 僕とレイルさんが同室で一夜過ごすとなって、一睡もできなかったという感じだ。

 少し悪いことをしてしまっただろうか。


「ネリス、落ち着いてください。僕は大丈夫ですから、一度しっかり休んでください」

「ふえ? あ、ルティアちゃん。よかった、何も無くてzzz……」

「この場で寝ますか! しょうがないですね……」


 そこまで心配されていたとは思わなかったが、気持ちは分からなくもない。

 安心して眠ってしまったネリスを背中に背負い、彼女の部屋がある三階への階段を昇る。

 もしこの調子でネリスの起床が遅くなったら、申し訳ないがレイルさんには自力で宿を探してもらうとしよう。


「あれ、そういえばレイルさん、部屋にいなかったですね」


 荷物はまだ置いてあった気がするから、勝手にどこかへ行ってしまったということはないだろう。

 もしかしたら先に下で待っているのかもしれない。

 ネリスを部屋へ運んだ後、僕は未だ寝ていたスフィを抱えて一階へと降りて行った。


「おう、起きたかフォルト! じゃない、ルティア!」

「おはようございます。朝食ですか」


 一階に降りてみると、紅茶の注がれたカップを片手にフレンチトーストを頬張るレイルさんの姿があった。


「ああすまない。待ってようかと思ったんだがどうにも腹が減ってな」

「昨日ちゃんと食べてなかったですもんね」

「まあな。どれ、お前も何か食うか? 話しをきいた限りじゃ、金もないんだろう? オレの驕りだ。好きなものを頼むといい」

「うぐっ……それは、まあ……お言葉に甘えて……」


 急に現実を突きつけられた気がして息が詰まった。

 でも確かに……あまり考えたくはないが、金銭的な問題も今後の大きな課題だ。

 今はネリスの協力もあってなんとかなっているが、本来店を構えるというのは元手がいるもの。

 しばらくは冒険者としての依頼もこなしつつ、懐を温めていく必要があるか。

 金が無ければ本業に精を出すことも叶わない、世知辛い世の中よ……。


 無一文な己に吐息をこぼしつつ、僕もレイルさんと同じものを注文させてもらった。


「なあルティア。食いながらでいいんだが」

「んっ、ふぁい?」

「店の準備って、何すりゃいいんだ? 場所はもうあるんだろ?」

「あー……何すればいいんでしょう?」

「おいおい……」


 こうしてレイルさんと話をしていると、本当に色々と思い知らされる。下界に転生してから、僕はまだ何一つとして自分で事を起こせていない。

 店のことだって、具体的に何をすればいいのかなどもネリスに任せきりだった。

 彼女には彼女の仕事だってあるだろうに、出会ってからほぼずっと、僕につきっきりになっているのではないだろうか。

 今ネリスは部屋で横になっているわけだし、出来ることを考えて動かないとな。

 少しでも楽をさせてあげなければ。


「そうですね……事務所に行けばカギ置いてあると思いますし、まずは見に行ってみましょうか」

「了解だ」




 ◇




「これは、まー……」

「間違いなく空き部屋だな」


 鍵を借り、酒場の右奥に用意された部屋を訪れた僕たちを迎え入れたのは、本当に何もない、だだっ広い部屋だった。

 真新しい青白色の壁紙と、ぴかぴかに磨かれた木タイルの床が余計にその広さを強調させている。

 当り前と言えば当たり前ではあるのだが、いざ目の当たりにするとこう……焦るというか、心に来るものがある。


「ここをお店として機能できるようにしないとなんですよね……」

「オレもできることはするが、こいつは中々骨が折れるな。ところでネリスは?」

「えっとー……寝てます」

「は?」

「寝かせてあげてください。レイルさんが何かしでかさないか心配で、夜一睡もできなかったって感じでしたから」

「なんだそりゃあ……ったく」


 眉を顰めるレイルさんだが、ネリスが危惧していたことの意味は流石に理解しているらしく、それ以上何か文句を言うことはなかった。

 それに、今はそれどころじゃない。

 この部屋を如何にしてカスタマイズするか。

 まずは目の前に転がっている課題を処理しなければ。


「どんな風にしたらいいと思います?」

「どんなって言われてもなぁ……人助けをする店だろ? オレはそう言われても冒険者ギルドが真っ先に出てくるからよう。でもなんか違うんだろ?」

「そうですね……似てはいますが、ちょっと違いますよね。冒険者ギルドでは依頼しにくいような些細な悩みも取り扱うことになると思いますし。というか、ここに併設するとなるとそちらの方がメインになると思います」

「でもイメージとしちゃあ、個人版の冒険者ギルドみたいなものでいいんだよな」

「大方はそうです。僕たちを指名してくれるかどうかの違いでしょうか。あとは仲介する必要がないので、報酬の設定も少し変わってくるかと」

「フム……」


 顎に手を当て、レイルさんが真剣に悩む表情を見せる。

 しばらく考え込んでいるレイルさんを待っていると、ふと抱えているもふもふに動きがあった。


「にゃに……騒がしいわにぇ……」

「今日はお寝坊さんですね、スフィ」

「はっ!?」


 僕の声を聞き、存分にもふられていることに気が付くスフィ。

 飛び退こうとするのを阻止してみると、ガブリと抱いている腕をおもいっきり噛まれてしまった。

 とても痛い。


「まったくもう、人が寝てるときに何をして……って、ここどこ」

「おう。店ができる予定の部屋だ。どんな風にしたらいいかお前も考えてくれ」

「なんで私がそんなこと……ていうか、応接室と兼ねたオフィスみたいにするしかないじゃないの。それ」

「あれれれ、スフィが言っちゃいましたか。 いったた……」

「ぬっ!? ルティア、それはどういう意味だ? まさかオレを試したのか?」


 試したのかと、レイルさんが少々声を強めて僕に問いかける。

 僕はそれに対して、軽く首を横に振ってから答えた。


「いや、その……試したのとは少し違います。半分くらいはそうかもしれませんけど……要は、僕が何をしたいか、ここがどういうお店であるかというのを分かってもらうためです。これって、ただ話を聞くだけではイメージしにくいかなと思ったので、実際にこの場を見て、どういった場所になるのかというのを理解してほしかったんですよ」


 レイルさんは育ちが少々特殊なところがあり、家族や知人の前以外では一人を好む傾向がある。そのため亜人の中でも特に社会慣れしていない。この七百年の間でどうかはしらないが、少なくとも僕が知っている彼はそうだった。

 冒険者ギルドを真っ先に思い浮かべたのも、ほかの施設を知らないから自然とそうなったのだ。

 単純に人助けをする店と言えど、その手法は様々。

 僕がどんなことをしたいのかということを理解してもらうには丁度いいと思い、こうして聞いてみた次第。

 意思疎通ができていることは、ともに行動するうえで大前提なのだから。


「なるほど……確かに、ああ。ぼんやりとしてたイメージがハッキリと分かった気がする。個別に接客をする場所……しっかり面と向かって対応ができる、会話ができる場所がいいってわけだな」

「そう。その通りです。それが応接室ですよ」

「おお! なんだか入ったばっかの時と違って、どんな部屋にしたらいいか目に浮かぶようだ!」


 大げさにもガッツポーズをして喜ぶレイルさんに、僕は思わずほっこりとした気持ちになった。

 こうして、二人と一匹がこれから出すことになる店の方針を照らし合わせたところで、ついに、やっと部屋の改造へと踏み出していくのだった。

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