人と竜が共存する世界。光を司る竜の青年ハルは、とある村でティリーアという少女と出会う。彼女は竜族の血を引いていながら人間として生を受け、それゆえに同族から忌み嫌われていた。しかしハルは、ティリーアの清らかさに心惹かれ、彼女を妻として迎え入れることを決意する。ティリーアも彼の求婚を受け入れ、竜の祝福を受けながら二人は結ばれる。ティリーアは竜の力により永遠の生を授けられ、ハルと共に無限の時を生きるはずだった。
しかし運命は残酷であり、とある出来事によってティリーアとハルは引き裂かれてしまう。二人の別離が呼び水となったかのように人と竜族も袂を分かち、竜の加護を失った王国は滅びへと向かう。
砂に覆われ荒廃した王国。大地は枯れ、人々の心もまた渇き荒涼とするが、その中でもティリーアは希望を失わずに待ち続ける。ハルと最後に交わした約束。それが果たされる日が来ることを信じて。
全編通してとにかく文章が詩的。美しい言葉一つ一つが繊細に紡がれてきらびやかな世界観を構成しています。特に第三部、本作の主題である『約束』の時を迎えた星夜の砂漠の美しさは圧巻。あたかも自分が奇跡の瞬間を体験しているかのような没入感を味わえることでしょう。
物語中盤では悲愴さもありますが、不思議と重さを感じさせないのは世界観が優しいからでしょう。上述したきらびやかな情景描写に加えて、痛みや裏切りを経験しても優しさを失わない人々。それが物語に救いを感じさせ、読み手にも希望を与えてくれるのだと思います。
後続作品である『竜世界クロニクル - 約束の竜と世界を救う五つの鍵 -』と合わせて、大切に読みたくなる作品です。
遥か時の彼方、いにしえの時代のこと。光の竜が、一人の女性に恋をした。彼女は竜の子どもでありながら人間として生まれ、竜からは忌み子として蔑まれていた。しかし、光の竜には彼女の涙色の瞳、漆黒の髪、そして静謐な月の優しさを秘めた心こそが美しく思えたのだろう。光の竜は、彼女を娶ることとする。それは、竜から人に向けられた差別を乗り越えようとする行為でもあった。
竜の名をハルという。彼は、太陽にも等しい巨大な権能をもって、竜と人とを見守る存在である。
女性の名をティリーアという。彼女は、月のような穏やかさをもって、太陽と世界の行く末を見守る存在となる。
第一部が、二人の馴れ初めの物語だとすれば、第二部は、別れの物語だ。太陽と月が別れるとはどういうことか。少し想像するだけでも察せられるのではなかろうか、それが世界の命運を賭けた一大事となってしまうことが。物語は第二部に至って加速していく。
第一部が、竜から人に向けられた差別を扱っていたように、第二部は、人から竜に向けられた差別を扱う。前者が優越感に基づく差別なら、後者は劣等感や不信感に基づく差別だ。人間をおさめる王として君臨していたハルは、この苛烈な人間感情と真摯に向き合う。その決断は人間にも、竜にも、ティリーアにも、そして世界にも大きな影響を与えることとなる。それは悲劇としか言いようのない事態だった。しかし、おそろしいことに、世界はその記憶さえも風化させていく。脆くも崩れ去る竜の時代、その残滓だけがバラバラに世界に散っている状況は、まさに砂漠を彷彿とさせた。
……しかし、砂漠には蜃気楼が揺らめく。その向こうにはまだ希望が残されている。そして、砂漠の夜空を見上げてみよう。そこには圧巻の夜空、銀の砂を振りまいたかのような星の煌めきを見出すことができる。砂の伝説とは、この〈砂〉の表象の全てが結実したものだ。
そう、この物語は悲劇では終わらない。その結末は、第三部において見届けることができる。
敢えて言うならば、それは奇跡の織物。奇跡とは偶然ではなく、約束と祈りの結晶だ。約束する者、その成就を祈る者がいてようやく成り立つ。そして、この織物はそれを見る者、羽織る者がいて真に価値を持つだろう。ハルとティリーアの物語は第三部において完結するが、その真価はこれを見届けた者の次なる行動によって確証されていく。
本作で登場しながら、必ずしも日の目を見なかった登場人物は、まさに次の舞台で活躍する。この作者の代表作『竜世界クロニクル』は、『砂の伝説』の続編といってもよい位置づけにある。ハルとティリーアの奇跡は一種の雛形となって、その後の物語に影響を与えるだろう。
もっとも、読者のわたしは次のようにも思う。彼らの奇跡のバトンを受け取るのは、必ずしも登場人物でなくてもいい。約束と祈りの奇跡。その存在を信じること。それによって開かれる生の可能性。これに励まされて行動に移すのは、わたしでもいいし、もちろん、あなたでもいい。