第3話 ― 2

当然のことではございますが、我々冥界の職員が干渉できるのは、あくまでも死者の方々に限られます。

 鏡を用いた現世の覗き見とて、あれは現世から冥界へやって来た死者とのコミュニケーションを目的としているからこそその使用が許可されているもの。どうあがいても現世側から私共の手鏡は感知できないように工夫されておりますので、必然的に「見る」以外の効果を持たない鏡が現世へ影響を与える事などできはしない、という前提のもと存在を許されているのです。


 この「干渉できない」対象には当然ながら現世で生を謳歌しておられた生者の方も含まれております。これが今回取り扱う特殊事例の困った点。

 死して冥界を経由するならば、それは冥界の管轄内です。異世界へ行きたいという願いも均等に拾い上げて当課にて厳正な審査を行わせていただくことも可能でしょう。ですが、は私共の管轄外なのです。

 本来異世界転生は飛んだ先の世界にも大きな影響を与えかねず、同時に管轄する魂を一つ連れ去られたという意味で転生元の世界の側にも少なからず影響を与えるもの。それらを避けるために当課が設立されたわけであり、生きたままの異世界渡航も同様の危険性・影響力を持つため当課の取り締まり対象ではあるのですが。


 取り締まりのために干渉せねばならない。しかし、死んでいないので干渉できない。

 この矛盾は未だに解決できておらず、今回のように何かの拍子にうっかり死亡された場合に限って初めてその魂を拘束、当課への転送という形の事後対応が精一杯というのが現状でした。


***


「……あれ、俺はどうなったんだ?」


 当課の発券機が起動し、利用者様が転送されてくるなり第一声。左右を見渡し、異世界転生課の看板を確認しても今回の方は目を輝かせるでもなく、不思議そうに首を傾げられました。

 服装は、七七七号世界であれば数百年ほど昔の欧州スタイルに近いものと酷似しております。発展の経緯や生態系がどれほど異なっても、案外人類の文明や生活水準の成長の仕方は似通うことが多いと言われていますが、どうやら嘘ではなかったようです。

 唯一異なる点は、腰から提げられた細身の片手剣でしょうか。死亡直前の服装を本人の魂の記憶が忠実に再現しているだけに過ぎないため、この冥界で武器など単なる棒切れでしかございませんが、装飾は実に精緻なもので、きっと実物はさぞや値打ちのある名剣なのでしょう。


「ようこそお越しくださいました。冥界・第七七七号世界支所・ヒト型生物・特殊輪廻転生課とくしゅりんねてんせいかを担当しております、ナナミと申します。以後お見知りおきを」


 まずはお辞儀と、丁寧な自己紹介を。ハヤセさんにも散々言われたせいか、最近はようやく自然な動作としてこの挨拶で利用者様を出迎えることができるようになってまいりました。冥界職員ナナミは日々成長しております。

 深々と頭を下げたお辞儀をし、それから顔をあげて改めて利用者様の様子を伺い、そして、


「タイチ! タイチにまた会えたのね……! ああ、よかったぁ……!」

「え、ちょっと、待ってくっつくなよ! アンナさんなんで泣いてるの⁉ っていうかここどこ⁉ 何転生課って⁉ なんなのこの状況は⁉」


 とても不思議な光景を目撃いたしました。

 お辞儀をする前にも確認していた、片手剣を腰に吊った若い男性。クワヤマ課長からいただいた資料によればこちらが特殊事例の利用者様であることは間違いありません。ですが、そのすぐ後ろから姿を現した小柄な女性は誰でしょうか。

 背はタイチと呼ばれた利用者様の肩程度まで。ふわふわとカールした癖毛を腰まで伸ばし、なかなか整った顔立ちをされています。紺色のローブを身にまとい、その足元には先ほどまで持っていたらしい木製の杖が転がっておりました。利用者様に「アンナさん」と呼ばれていたその女性は現在、大声で泣きながら利用者様の胸元に顔をこすりつけつつ抱き着いております。


 冥界職員として勤めてきて数年。それほど長い勤続年数ではございませんが、よもや転送されてきた利用者様が異性と連れ立って姿を現す日が来るとは考えたこともございませんでした。即座に案内の続きをできない程度には私、混乱しております。


 とりあえず、冷静さを取り戻すためにも私は手元の書類に再度目を通します。

 今回の利用者様が渡航していた異世界というのは、魔術文明が極端に発達したもので、七七七号世界の住人基準であればファンタジーな世界のはず。利用者様はその世界の側からいわゆる「召喚魔法」によって開けられた穴に偶然足を滑らせて落ちてしまい、向こうの世界へと渡ってしまわれたとのこと。

 その魔法を用いた人物については異世界の方から既に謝罪の文面と共に情報が届いております。確かにアンナという名前であったと記憶しておりました。


 とどのつまり。

 目の前で利用者様に抱き着いて号泣しているその女性こそが、利用者様を召喚魔法で渡航させた張本人であること。

 そして他の異世界で死亡したはずのその女性が、何故か利用者様と同時に当課までついてきてしまっていること。


 私は無言で振り返り、少し離れた位置にあるクワヤマ課長のデスクへ視線を向けます。私が視線を向けた時には既に、課長は両手を拝むように合掌してこちらへ向け、深々と頭を下げておられました。必然的に突き出される頭頂部がただひたすらに寒々しく輝いております。


「……こういったトラブルがあるなら、せめて事前に伺っておきたかったのですが」


 ぽつり、と私が思わずつぶやいた言葉は課長に届いたとは思えませんでしたが、より一層課長の頭の角度が深くなったのは見間違いではないと確信が持てました。

 ええ。頭頂部の反射の角度が明らかに変わりましたので、間違いは無いかと。

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