逃走
「くそ、暗いな」
「ライト!もっと持ってこい!」
いま室内に入ってきても煙だらけで何も見えないだろうに…… だが逃げるのも一苦労で、【雪の雫】を手に入れても追跡を振り切らなければならない。依頼人に届けるまでが仕事、帰るまでが遠足なのだ。
この博物館は電子ロックこそないが貴重な装飾品や絵画を保存・展示しているだけあって防火に関してはかなり気を遣っていて、火災報知機はほとんどの部屋に設置されている。先ほどの発煙筒で初期消火用のスプリンクラーが作動し、いま足元には水たまりが広がりつつある。
(ごめんな、館長……)
警備員の制服の襟を正し、声を張り上げる。
「通気口から逃げたぞ!追うんだ!」
視界の悪い状況で掛けられる声に警備員たちは警戒するも、犯人が逃走したと知るや急ぎ足でこちらに向かってくる。
「逃げられたのか?」
「はい。通気口に飛び込んだと思ったらいなくなっていて」
「外か… 宝石は?」
「確認していません。見ていただけますか?」
「分かった」
「自分は犯人を追います。すみませんが、この場はお願いします」
「任せておけ。頼んだぞ」
応対をして扉を飛び出し、煙に包まれた廊下を駆け抜ける。途中で何人かとすれ違い、『逃げられました』と叫びながら警備本部を横目に通り過ぎる。そのままエントランスを走り、本館を出て、正門をくぐりぬけ、慎重さとは何なのか考えるのも馬鹿らしい位に走り続けた。
(走れ、走れ、走れ、走れ、走れ!)
正門を出ると人が群れを成していて、僕は車道すれすれを縫うように進んだ。後ろからくる警備員たちも行く手を阻まれ、思うように存在しない犯人を追うことができないようで、逃走はほぼ完了したようだ。
駅への道中、小さな路地に身を潜めて制服を脱ぎ、地面に落とす。作業着とともにコンビニのビニール袋に入れ、近くの100円コインロッカーに叩き込んだ。
新宿駅でJRに乗り、依頼人のもとへ。
解くべき謎が静かに待ち構えていた。
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