361:ブラッドエルフの男性
「モッモ~、起きて~。起きなさ~い! そろそろ支度しないと、出発時間に間に合わないわよっ!!」
体を左右に揺すられて、俺はゆっくりと目を覚ました。
「んん~……。ここ、は……?」
目に映ったのは、もはや見慣れた天井である。
商船タイニック号の船室のベッドの上に、俺はいた。
……はて? 何があったのかしら??
「あ、ようやく目を開けたわね~? あれほどお酒の飲み過ぎは駄目だって言ったのに、性懲りも無く泥酔するんだからも~。後でギンロにお礼を言いなさいよ。怪我人だっていうのに、酔い潰れたあなたとカービィを抱えて、船まで連れて帰ってくれたんだからね」
あ~、なるほどそういう流れね。
確かに、よ~く考えてみると、バーのカウンターで眠たくなったところで記憶が途切れてますね、はい。
俺は、のっそりと体を起こして……
「くっ!? があぁあっ!?? 頭ぐぁああぁっ!!??」
今までにない激しい頭痛に、両手で頭を抱えて悶絶した。
「はぁ……、毎度毎度ほんとにもう……。完全なる二日酔いね。ほらこれ、頭痛に効く鎮痛ポーションよ。とりあえずそれ飲んで、しばらくじっとしてなさい。食堂から朝ごはん貰ってきてあげるから」
「うぅ……、ありがとう……」
グレコは、ポーションの小瓶を俺に手渡し、苦笑いしながら部屋を出て行った。
くぅうぅ~!
この痛さは半端ねぇ~!!
割れるっ、世界が割れるぅうぅぅ~!!!
グレコのいなくなった部屋で、一人頭痛と戦いながら、なんとかポーションの中身を飲み干す俺。
げぇえぇ~!
にっげぇええぇ~!!
良薬は口に苦し、とはよくいったものだな。
このポーションがよく効く事を願おうじゃないか。
俺は力なくベッドに倒れ込み、静かに薬が効くのを待った。
「モッモ! 起きなさいってばっ!!」
激しく左右に揺すられて、俺はハッと目を覚ます。
どうやら、二度寝してしまっていたらしい。
プチ切れグレコのお顔が、真ん前にありました。
「うおっ!? お……、おはようっ!!」
「おはようじゃないでしょっ! さっさとこれ食べて!! 食べ終わったら出発するわよっ!!!」
セッセと荷物を鞄(俺の神様鞄)に詰め込むグレコ。
その姿に、どこか俺は違和感を覚える。
「ん? グレコ……、どうしてそんな服着てるの??」
グレコの服装は、いつもと違ってかなりシンプルだ。
髪型も、いつもならウェーブのかかった長い髪を無造作になびかせているというのに、今日は頭の上でウン……、いや、お団子にしている。
イメチェン? だとしたらなんで??
というか、なんだろう……、見方によっては男に見えるな。
「あぁ、これ? メイクイに借りたのよ、男性用のエルフの服。ほら、帰らずの森に住むケンタウロスは、好色な事で有名でしょ?? 大丈夫だとは思うけど……、もし何かあった時の為に、女性だと分からないようにしなくちゃと思ってね。帽子を被れば……、ほら! 女性には見えないでしょ!?」
少しつばの広いハンチング帽みたいな帽子を被ったグレコは、確かに一見すると、女か男か分からなくなった。
でも……
「声とか……、喋り方も、変えた方がいいんじゃない?」
「あ! そっか!! そういうのでバレるかも知れないよね。あ~、あ~、うんっううんっ……。僕はグレコ、よろしく! ……どう?」
不自然なくらいに声を低くしてそう言ったグレコに対し、俺は笑いを堪えるのに必死だった。
グレコのポーションが効いたのか、二日酔いによる頭痛は随分とマシになっていた。
俺は身を起こして、グレコが食堂から貰ってきてくれた朝食を口に運ぶ。
ダーラ特製のアンチョビサンド。
ん~♪ デリシャウスッ!!!
「そう言えば……。昨晩帰り際に、あの気持ち悪いバーのマスターが、旅に出る前に店に立ち寄ってねって言ってたんだけど」
「え? クリステルが??」
気持ち悪いバーのマスターとは、酷いものいいだなグレコよ。
彼女は、酔っ払ってどうしようもない俺の話を、ニコニコと聴いてくれた女神様だぞ?
確かに、あの外見はどうかと思うが……
「うん。渡したい物があるって言っていたわ」
「そっかぁ……。じゃあ、ちょっと寄ってもいい? あのお店に」
「了解。それと……、ちょっと話があるんだけど」
そう言って、椅子に腰を下ろし、両手を両膝の上にのせ、背筋をシャンと伸ばした姿勢で、グレコは俺をジッと見つめてきた。
「ふん? 何?? 改まって……???」
「うん……。昨日ね、ザサーク船長と話をしたんだけど……」
はっ!? まさかっ!??
お付き合いを申し込まれたっ!???
「だっ!? 駄目だよっ!!? あんな黒光りアダルトマンとなんて絶対に駄目っ!!!!」
前のめりになって、全力で否定する俺。
が、しかし……
「え? ……何言ってるの??」
不審な目で俺を見るグレコ。
お? 違うのか??
「あ~……、うん、忘れて。……で、何を話したの?」
スッと落ち着きを取り戻す俺。
「うん、えっとね……。もう三十年ほど前の話らしいんだけど……。アンローク大陸近海を航海中に、エルフの……、私と同じブラッドエルフの男性と、出会った事があるらしいの」
「ほう? ブラッドエルフの男性と??」
「うん、それでね……。もしかしたらそのエルフは……、私の父様かも知れない」
「ふぇっ!? ぐ……、ゴホッ! ゴホッ!!」
「大丈夫!? はい、お水」
あまりに唐突な話に、俺は驚いて息を吸ってしまい、口の中に入っていたアンチョビが喉に詰まって、危うく窒息しかけた。
グレコが差し出してくれたコップのお水を、ゴクゴクと飲み干す。
「ぷはぁっ! ふぅ……。えっと、それってその……、なんで?」
「まだモッモには話してなかったけど……。エルフの村にいる父様は、私の本当の父親じゃないのよ」
「あぁ……、うん、知ってる」
「えっ!? 知ってたの!?? ……まぁ、それなら話は早いわ。私が生まれてすぐ、私の本当の父様は外界に旅立ったの。それから今に至るまで行方不明。それで……、私が旅に出たのは、その……。勿論モッモを……、神の使者であるあなたを守る為よ。けれどね、もしかしたらどこかで、父様に会えるんじゃないかって、思って……」
神妙な面持ちでそう言って、俯くグレコ。
何やら気不味い様子で、膝の上の手をモジモジとしている。
なるほど、グレコはそんな思いも抱えていたんだな。
今までそんな素振り微塵も見せなかったから、気付かなかったけど……
「じゃあ、僕も探すよ、グレコの父ちゃん」
俺の言葉にグレコは、少し驚いた様子でパッと顔を上げる。
「……え? 本当に??」
「うん。興味あるもん、グレコの父ちゃん」
グレコは、外見は母ちゃん似である事は間違いないだろうけど、父ちゃんがどんな人……、もとい、どんなブラッドエルフなのか、気になるよね。
案外この、しっかりしてそうなのに抜けてる所もあって、場の空気を読まずに失礼な物言いをしちゃうグレコの性格は、その父ちゃん似かも知れないしね。
「そ、そっか……。ありがとう、モッモ」
安堵したかのように微笑むグレコ。
「何? 反対されるとでも思ったの??」
「いや、反対されるっていうか、その……。旅に私情を挟むのはどうなのかなって、思ってね」
私情って……、相変わらず、妙に真面目なんだから。
「そんなの全然構わないよ。てか、僕なんて……。それこそバタバタし始めたら、旅の目的なんかすぐ忘れるからね~」
ははは~と笑う俺。
「それは忘れちゃ駄目でしょう?」
普通に注意するグレコ。
相変わらず、容赦ないな……
「まぁまぁ……。で、話の続きは? ザサーク船長は三十年前に、アンローク大陸の近海で、グレコの父ちゃんらしきブラッドエルフと出会って、それでどうなったの??」
「あ、えと……、しばらく一緒に旅をしたらしいんだけど、探し物があるって言って、アンローク大陸の北に向かったらしいの。それで別れ際に、ザサーク船長に伝言を残した……。いつか他のブラッドエルフに出会ったならば、伝えて欲しいって。『ブラッドエルフは、必ず元のハイエルフに戻れる。血を必要としない生き方を選べる日は近い』って……」
「それってつまり、ブラッドエルフが吸血をしなくて良くなる方法がある、って事?」
「たぶん、そういう事だと思う。詳しくは分からないのだけど、父様はずっと、ブラッドエルフの吸血衝動について研究していたって、村の大人達から聞いた事があったから」
「ふむ、なるほどね……。ま、難しい事はわかんないけどさ、探そうよ! グレコの父ちゃん!! たぶん、ギンロもカービィも、喜んで探してくれると思うよ!!! いつか必ずアンローク大陸に行って、探そう!!!! グレコの父ちゃん!!!!!」
俺の言葉にグレコは、顔をくしゃくしゃにして笑って……
「うんっ!!!」
可愛らしく頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます