352:港町コニャ

「わたちの調査不足で、みなしゃんを危険な目に遭わしぇてちまい、誠に申ち訳ありましぇんでちたぁっ!!!」


ピーピーと泣きながら大声で謝罪しているのは、俺の顔ほどの大きさしかない生き物だ。

その容姿は人に近いものの、肌の色は黄色だし、頭には先の丸い触覚が生えているし、背中には虫のような薄い透明の羽が四枚ある。

その羽を目にも留まらぬ速さで羽ばたかせながら、空中に止まっている彼を、人は小妖精プティ・フェアリーと呼ぶ。


「ポポ、クリオのせいじゃないポよ。それより、もう頭は大丈夫ポか?」


彼の額に巻かれた白い包帯を見ながら、ノリリアが尋ねた。


「あっ! はいっ!! 焦って木にぶつかって目を回ちたあれならもう、しゅっかり良くなってましゅ!!!」


「なら良かったポ。こちらもみんな無事ポし、結果的にはコトコの遺産も手に入ったポね。プロジェクトは順調に進んだから、大丈夫ポよ、クリオ」


「はいぃいっ! ありがとうございましゅっ!!」


この、どうにもサ行が苦手ならしいクリオという名前の小妖精は、彼の体にぴったりの、小さな小さな白薔薇の騎士団のローブに身を包んでいる。

どうやら、このコトコ島の現地調査員だったらしいのだが……、クリオが見つけたコニーデ火山の洞窟は、コトコが生み出した偽物の隠れ家だった。

それが判明した数日前、クリオは自分の犯してしまったミスに焦ってパニックになり、訳もなく空中をクルクルと飛び回って、近くの木に衝突して目を回したらしい。

それから今日に至るまで、クリオは通信班のカナリーと共に一足先に船へと戻って、ノリリア達の帰りを待っていたのだ。

外見通りのなんとも幼稚で可愛らしいその喋り方で、クリオはペコペコと謝罪を繰り返していた。


紫族の村を発った二日後の昼。

白薔薇の騎士団及びモッモ様御一行は、コトコ島の南東に位置する港町コニャに無事辿り着いた。

町というだけあって活気はあるものの、やはり文明としては少々遅れ気味らしい。

まばらに建てられた黒い岩石の建物と、その建物と建物の間を埋めるように設置されたテント式の露店が立ち並んでいるだけの……、見た目だけで言えば小さな集落だ。

しかし、様々な種族でひしめくこの町の人口は、およそ三千人超はいるという事で、その生活の質も、これまで見てきたピタラス諸島のどの村や町よりも優れているように見えた。

ここも、火山灰の被害を受けたようだが……

風向きの関係か、紫族の村に比べればなんて事なさそうだ。


騎士団の皆さんおよび俺たち四人は、そりゃもうかな~り疲れていた。

夜間の睡眠時間以外は、ほとんど空の上だったからだ。

そうでもしないと、船の出航に遅れを来す恐れがあるという事で、仕方のない選択だった。


「それじゃあクリオ……。これが今回の調査結果をまとめた資料ポ。これを持って国に帰り、団長に報告をしてポね」


「はいぃいっ! 何のお役にも立てじゅ、申ち訳ありましぇんでちたぁっ!!」


ノリリアから、自分の体よりも大きな分厚い資料の紙の束を受け取ったクリオ。

これまた小さな体には不釣り合いな、首から下げた土星型のペンダント、その名も星雲のペンダントをギュッと握りしめて……

七色の光に丸く包まれたクリオは、シュンッ! という音と共に、一瞬で姿を消した。


……かなり短い出番だったけど、君の事は忘れないよ、クリオ。

またいつか、何処かで会おう。







「これとこれとこれ。あ、あとこれも~」


目の前に並ぶ色とりどりの野菜や果物を、片っ端から手にとって選ぶグレコ。


「こっちのも美味そうだぞぉ~♪」


ゴツゴツとした、岩のような茶色い果物を手に取るカービィ。

しかしそれは、あまりに美味しそうに見えないので、グレコはカービィを無視する。


「我はそこの橙色のが良い。見るからに甘味である」


大きな箱に山盛りに入っている、オレンジ色の小さな果物を指差すギンロ。


「これね? どれくらい欲しいの??」


「出来るだけ沢山」


「あのねギンロ、それじゃあ答えになってないわよ」


クスクスと笑いながら、グレコは店主である鹿のような獣人のおばさんが用意してくれた薄手の皮袋に、その小さな果実を次々と押し込んでいった。


港町コニャに到着したその日の夕刻。

俺とグレコとカービィとギンロは、四人で町へと繰り出していた。

次の島から騎士団と別行動ということは、自分達で食べ物を確保しておかねばならないのである。

町の中でもより活気のある、動物の皮で作られた茶色いテントが立ち並ぶ闇市みたいな場所の、こじんまりとしつつも品物が豊富な青果店にて、俺たちは四人でいろいろと物色しております。


……だがしかし俺には、三人に言わねばならぬ事がある。


「ねぇ、三人とも。ちょっと言い辛いんだけどぉ……」


「ん? なんだモッモ?? どうした???」


「どうしたのよモッモ?」


「如何した?」


三人の視線が俺に向く。


「そのぉ……、お財布の中身なんだけどぉ……。二万しか入ってないんだ。だから、そのぉ……」


そんなに沢山は、買えないと思うよ?


お勘定用の台に置かれている、グレコが選んだ沢山の食べ物の山を横目に見て、俺は眉間に皺を寄せた。


「大丈夫よ。この町の物価は安いって、ダーラがさっき言っていたから。さて……、これ全部でいくらかしら?」


山盛りの野菜や果物を前に、気の弱そうな鹿おばさんはアワアワしながら計算をして……


「全部で3200センス、頂けますか?」


人の良さそうな笑顔で、鹿おばさんはそう言った。


わおっ!? そんなに安いのっ!??

こんなに山盛りなのにっ!???

それなら全然買えますねっ!!!!!


「う~ん……、もう一声頂けないかしら? ちょっと手持ちが少なくて困っているのよ」


えぇっ!? 値切るのグレコっ!??


「そ、そうですか……。じゃ、じゃあ……」


「キリよく3000センスでどうかしら!?」


「あ……、じゃあそれでいいですよ、はい」


鹿おばさんは、若干苦笑いしつつも、3000センスに負けてくれた。

本当にいいのかなぁ? と思ったけれど、俺が紙幣を三枚手渡すと、鹿おばさんはとても嬉しそうな顔をしたので、どうやらそれで良かったらしい。

グレコの指示のもと、俺とカービィがせっせと鞄にそれらをしまって、俺たちは店を後にした。


「ピタラス諸島にはもともと、貨幣なんて流通してなかったのよ。それがここ数十年で、タイニック号を始めとした大陸からの輸入やらなんやらで貨幣が使われるようになった。でも、私達が巡る主要五諸島以外の小島には、やっぱりまだ貨幣が出回ってないらしいの。だから、周辺諸島から買い出しに来る者たちとの間では、物々交換が基本なんだって。けど、輸入品を買おうと思ったら、やっぱりお金が必要になるでしょ? そこで、さっきの店主みたいに、たまに来る外界の者に品物を売って、貨幣を手に入れて、輸入品を買いたい人が結構いるのよ。私が値切っても店主が何も言ってこなかったのは、少しでもいいから貨幣を手に入れたかったからなのよきっと。それも、紙幣が三枚もなんて……、さぞかし嬉しかったでしょうね」


ふむふむ、なるほどそういう事なのね~。


グレコの話に俺は納得する。

確かに、周りを見る限りでは、ほとんどの者が物々交換しているのだ。

貨幣を扱っている者もいるけれど……、うん、銀貨や銅貨ばっかりだね。


「あとな肉と魚だな! さっき、あっちにデッカい骨付き肉を売ってる精肉店があったんだ!!」


「我は魚が欲しい。イゲンザ島で手に入れたあの干物とやらは、なかなかに美味であった」


……君たち、発言が逆じゃない?

普通、猫が魚好きで、犬が肉好きなんじゃなくて??


「じゃあその店へ……、あ、あそこじゃない?」


「おっ! あれだあれだっ!!」


グレコの指差す先にある、テントの軒先に大量の干し肉が吊られた露店に向かって、駆け出すカービィ。

まったく、食いしん坊だな~、カービィは! ……なんて思っていると、ある男性の姿が俺の目に留まった。


彼は、その精肉店の前で、店の中から持ってきた新しい干し肉を軒先に吊るしている最中なのだが……

カービィに話しかけられたその者は、後から歩いて来る俺たちに向かってニコリと笑った。

濃い褐色の肌に、紫色の瞳を持つ整った顔立ち、額には紫色の二本の角が生えている、まだ若々しい青年だ。


「あら? あの人、鬼族の……、紫族かしら??」


グレコの言葉に、俺は目をパチクリさせた。

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