271:御伽噺
「んんっ!? 美味いっ!!? なんじゃこりゃあっ!???」
猿の肉を口へと運び、叫ぶドクラ。
「でしょ? 血抜きした分、生臭さがなくなってサッパリするのよ。丸焼き以外だと、そうねぇ……。湯がいてから、香辛料と塩で食べるのも美味しいわよ~。余分な脂が落ちて、肥満防止にも繋がるわ」
ドクラの出っ張ったお腹を見つめながら、自ら調理したそれをムシャムシャと食べるグレコ。
「ふむ……。このような味付けは初めてだ。まさか、果実の汁を焼いた肉にかけるとは……。他種族の文化は興味深い」
ネフェは、骨が付いたままの肉にかぶり付き、豪快に貪る。
「これなら簡単だし、私達にも作れそう。ね、姉様」
同じくサリも、骨が付いたままの肉をガブガブガブ……
「うふふ♪ 良かった、気に入ってもらえて。……ねぇモッモ、本当に食べないの?」
少し離れた場所の木の根に腰掛けて、テトーンの樹の村より持ってきたドライフルーツをポリポリと食べる俺に対し、グレコが尋ねる。
「あ~、うん……。いらない~」
俺の返事に、グレコは少し不思議そうな顔をしながらも、それ以上は聞いてこなかった。
……けっ、野蛮人どもめ。
俺はこれでも草食系なんだ。
前世の同類とも言えよう猿なんて、飢えない限りは口にしたかないねっ!
ドクラが仕留めた猿を、グレコが吸血してしまった後。
ネフェとサリ、ドクラは、急激に変貌したグレコに対し、驚き焦って武器を向けた。
だけど、お腹がいっぱいになって気分が良いグレコは、いつになくヘラヘラと笑って……
「せっかくだから、これを使ってお昼ご飯にしましょうよ!」
と、カラッカラになったミイラ猿を指して、俺たちに提案したのだ。
最初は警戒していた三人だったが、グレコがせっせと焚き火用の薪を集める姿を見て、どうやら戦う必要はないと判断したのだろう、一緒になって薪を集めてくれた。
火打石で火をつけて、血を吸ってしぼんだ猿を、グレコがナイフで捌こうとした、その時……
「おらに任せろ」
そう言ってドクラは、猿の頭を、グイッ……、ボキボキッ! と、もいで……
ベリベリベリッ! と、一気に毛皮を剥いでしまいました。
……もうね、思い出すだけで吐きそう。
マジで、ホラー映画のワンシーンよ、あれは。
何もあんな風にしなくても……
食べ物となってくれた生き物への敬意ってものが、まるで感じられなかったよね。
それをさも当たり前のように見ているネフェとサリ、ちょっと驚きつつも料理を続けるグレコ。
丸裸になっちゃった猿を、太めの木の枝に縛って、じわじわと火で炙る。
そうして出来上がったのは、首なし猿の丸焼き。
イッツア、ベリーベリー、グロテスク……
グレコはそれに、今朝ネフェの家で食べた、酸味の強い果物を絞ってかけた。
鬼族であるシ族は、料理をする際にあまり調味料を使わないらしい。
昨日の晩御飯も、海でとれた魚をそのまま焼いただけだったし、朝御飯はそのフルーツだけだったしね。
だから、グレコが鞄から取り出す様々な調味料が珍しいらしく、三人はいろいろと肉に振りかけては楽しんでいる。
だがしかし、俺はそんな輪の中には入らずにいます。
何故かって? それ聞く??
……無理だよ、あんなグロテスクなシーンを見たすぐ後で、食事をするだなんてさ。
村にいた頃は、小さなウサギを捕らえて捌いたり、それこそグレコと出会ってからは、タイニーボアーを捌いたりもした。
でも、あんな風に、力任せな剥ぎ方はないでしょうよ。
しかも、剥いだ毛皮は持ち帰るらしく、ドクラの背負っていた大籠の中に放り込まれたのだが……
頭が籠の隅に引っかかって外に出ていて、さっきからずっと、怨みのこもった目で、こちらをジッと見てるんですよ。
おぉお~……、恐ろしいぃ~……
そのような状況で、無残にやられたその猿の肉を食すなんて……
俺には到底出来ません。
視線の先には、嬉々として猿の肉を頬張る四人。
……なんていうか、野生むき出しだわ、ほんと。
肉食獣とは、彼らのことを言うのではなかろうか?
俺は、こんな猟奇的な人達とは、相入れないのです。
一人、聖人君主のような、悟りを開いた穏やかな顔をしながら、爽やかな甘味が特徴のドライフルーツを、俺はゆっくりと口へ運ぶのであった。
「しかし、まさかグレコが吸血エルフだったとはな……。血を吸わぬと、先程までのような薄い髪色になっていくのか?」
食事を終えた後、まだ少々火がくすぶっている焚き火跡を囲みながら、話すネフェとサリとグレコとドクラ。
「そうよ。まぁもっとも、あそこまで髪が薄くなるほど、みんな我慢できないでしょうけどね」
何故だか自慢気に話すグレコ。
……その、自発的我慢のせいで、隣にいる俺が常に命の危険を感じている事にそろそろ気づいて欲しい。
「しかし、吸血エルフがこの島になしているんじゃ?」
「海で遭難していたところを保護したの。グレコとモッモは島外からきたのよ」
「ほう? 島外のもんがこんな小せぇ島に何用じゃて??」
「本来の目的は、
「そう。南側の火山の麓に洞窟があってね、そこに私たちが求める物、コトコさんの遺した何かがあるはずなのよ。でも……、ちょっとしたハプニングで海へ投げ出されちゃってね。私とモッモは別行動でその洞窟に行こうかと思ってて。だけどその前に、あなた達の村に寄って、火山の麓にある泉に行くための許可を貰おうって事になって、西の村に向かっていたところなのよ」
「ほぉ~う? なかなかに忙しそうな連中じゃなぁ。火の山の麓の泉には何用じゃ??」
「ほら、紫族に伝わる古の獣。グレコはその獣に用があるのよ」
「古の獣て……。あんなもん、子どもに話す
サリの言葉に、ドクラはそう言って笑う。
「え? そうなの??」
「んじゃよ。子どもが泉に近付かぬようにする作り話じゃ~」
え~、マジかぁ……
「いや、古の獣は存在する」
ネフェが、語尾を強めてそう言った。
「おめぇがそう言いたい気持ちもわかるが………。雄丸も再三に渡って泉を訪れたが、な~んも見つからなかったんじゃ。おめぇらの親父が泉でその獣を見たっちゅうて村を追われたのも、随分昔になるかのぉ」
ドクラの言葉に、ネフェとサリは沈黙する。
……な~んか、雲行き怪しいなぁ。
「えっと……。どういう事なのかしら? 火山の麓にある大きな泉には、古の獣が存在するって……。それはただの御伽噺で、本当は何もいないって事?? それを、ネフェとサリのお父さんが見たって……???」
「んじゃよ。昔っからの御伽噺……。火の山の麓の泉には、古の獣が住まう。獣に喰らわれたくなくば、泉に近づく事なかれ。そういう作り話が紫族には代々伝わっておるんじゃ。泉には
ふむ? それで??
「本来ならば、泉守りが泉を離れるのは、次の泉守りが決まってからじゃが、義太はもはや泉の側にいられん状態になった。泉に取り憑かれたんじゃ。故に、存在せぬはずの古の獣の姿を見てしもうた。泉は凄まじい魔力を放つと言われておる。並大抵の者では耐えられぬて、義太もその魔力にやられたんじゃよ。次の泉守りが決まり、村に戻ってからも、義太の虚言は続いての。扱いに困った雄丸は、遂には家族もろとも、義太を村から追い出してしもうたんじゃ」
ふむふむ、なるほどね……
つまり、ネフェとサリは、その父親の虚言を信じている、というわけだな。
……えっとぉ~、じゃあつまり~、俺とグレコが泉に行く意味ある?
チラリとグレコを見る俺。
俺の視線には気付かずに、ネフェとサリを見つめるグレコ。
ネフェとサリは、かなり気まずそうに俯いている。
……無理もないか、虚言癖だとされて追い出された父親の、その虚言を信じてグレコに伝えたわけなんだからな。
ドクラに真実を打ち明けられた今、グレコに対して言える事なんて、言い訳以外は何もないだろう。
だけど、そんな中グレコは……
「でも、そんな御伽噺が残っているっていう事は、何かしらあるって事よね? その泉には」
お?
グレコの言葉に、ドクラは、んん? という顔になり、ネフェとサリは顔を上げる。
「だって、おかしいじゃない? 本当に何もなければ、子どもが近付いたって大丈夫でしょ?? それを、回りくどい御伽噺なんか残して、近付かないようにしているって事は、きっと何かあるのよ、その泉に」
まぁ……、うん、そういう事だろうな。
火のないところに煙は立たぬ。
グレコの言うように、何かがあるから、もしくは何かがいるから、泉守りなんていう者が必要で、古の獣なんていう御伽噺が残っているわけだ。
「そりゃおめぇ……。考えたことなかったのぉ……」
呆気にとられたような顔をするドクラ。
……ま、その風貌で頭の回転が早いとは到底思えないからさ、気付かなくても当然ですよ、はいはい。
「信じて、くれるのか……?」
複雑そうな表情を浮かべながら、ネフェが尋ねる。
「そうね……。何が真実なのかは、行ってみてから考えるわ。どのみち私たちが目指す洞窟と方角は同じなんだし、ちょっと寄り道するくらい問題ないわよ! それに、ネフェとサリのお父さんが嘘をついたとは思えないし。もし本当に古の獣がいるのなら、私とモッモが探している神獣かも知れないからね!!」
グレコはそう言って、悪戯な顔をして笑った。
ネフェとサリは、ちょっぴり泣きそうな顔をしていた。
「んだども、雄丸はいいとして……。勉坐は許可しねぇんでねぇか? あいつは頭が固いからのぉ」
……むしろ、君より頭が柔らかそうなのは早々いないと思うよ?
「そうなの? えっと……、東の村の首長さん、だったかしら??」
「んじゃよ。知恵は人一倍あるんじゃがの。なんせ考え方が古い。西と東が疎遠になっているのも、勉坐が首長になったからじゃ。雄丸はこう、豪快な奴じゃからの、小せぇ事は気にしねぇたちたが、勉坐はもう、細けぇ細けぇ」
ふ~ん……、インテリな感じなのかしらね、そのベンザっていう奴は。
「……それでも、なんとかしてみせる」
そう言ったのはネフェだ。
何やら闘志を燃やしたような目で、グレコをジッと見つめて、ニコリと笑った。
「大丈夫だグレコ。私が必ず、泉まで連れて行ってやる」
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