208:うんうんうんっ!!!!

「……はぁ~~~」


夜の海を眺めながら、重い溜息をつく俺。

片手にはお酒の入ったグラスを持ち、手摺に頬杖をついて、物憂げな表情を浮かべる。


……かなりお洒落で大人な光景のはずなのに、残念哉、身長が低すぎる為に、わざわざ椅子の上に立っている姿はお子ちゃまそのものだ。


……いやまぁ、そんな事はどうでもいい。


「……ふぁ~~~」


再度大きく息を吐く俺。


寄せては返す波は、この世界特有の青い月の光を反射して、キラキラと水面を輝かせている。

こんなに美しい海だというのに、今の俺には、奈落の底へと続く深い闇の穴のように見えてしまう。


背後で続く宴の音頭も、どこか遠い世界の出来事のように感じられる。

音楽隊の優雅な演奏と、みんなの楽しそうに笑う声が、耳に届いてはいるけれど、スーッと背中を撫でるだけで、俺の体を擦り抜けて行く。


「……不安しかないな、うん」


ポツリと独り言を零した俺は、お酒を一口コクリと飲んだ。


船長室でノリリアの話を聞いた後、俺たちは宴の席へと戻った。

カービィは騎士団の中に顔見知りがいたので彼らと飲み始め、グレコはエルフのお姉さん達に捕まってお喋りの真っ最中。

ギンロは何やら、虎顔獣人と岩人間の二人と意気投合して、武道談義をしているし。

ポツンと取り残された俺の所にやって来たのは……


「いや~、はっはっはっ! 幻獣種族のピグモルさんが目の前にいるなんてねっ!? もうね、本当に、今日まで生きてきて良かったなぁ~って、心から思いますよぉっ!!! うんうんうんっ!!!!」


右側にいるのは、真ん丸フォルムの彼。

片手に酒瓶を持ち、俺と同じように手摺にもたれ掛かる、騎士団のデブッチョ鼠獣人。

身長は俺の二倍、横幅は俺の三倍はあるだろうと思われる超絶メタボリックな胴体から、短い手足がちょんちょんと生えている。

薄紫色の毛並みを持つこいつは、ムスクル族という種族で、名前はモーブ。


「ピグモルと言えば、我々、在学中に研究した経験がありましてね~。いやまぁね研究と言いましても、絶滅種族ですから~、文献や史跡のフィールドワークのみで、実物には一度も会った事がなくてですね~。今回は本当にもう、そんなピグモルの生き残りであるモッモさんに出会えて、我々感無量なんですよぉ~」


俺の左側に立つのは虫人のヤーリュ。

語尾伸び伸びの喋り方がやや耳に触る。

ギンロと変わらない細身の長身で、肌はつるんとした甲殻で覆われている。

足は二本だけど、手が四本あって、側から見ると巨大な虫が二足歩行しているだけにしか見えない。

ただ、顔は少しだけ人間に近くて、表情が豊かだし、常にニコニコしていらっしゃる。


 この二人、さっきからずっと、俺を真ん中にして一方的に喋ってくるのだ。

 話の内容から推測するに、どうやら二人とも魔法王国フーガのビーシェント魔法学校の卒業生で、専門分野が魔法生物の飼育、保護、観察だったとか……

 そして、世界的には絶滅した事になっている幻獣種族ピグモルが、心底大好きらしい。


 ……まぁつまり、俺に興味津々なのである。

 

だがしかし、当の俺はというと、先ほどのノリリアの話もあってか、この二人の会話が全く頭に入ってこない。

 それだけならまだしも、心の疲れからか視神経もやや麻痺している俺には、真ん丸なモーブと巨大な棒のようなヤーリュのコンビが、野球で使うボールとバットにしか見えないのである。

 だから俺は勝手に、この二人を、ベースボールコンビと名付けていた。


「それも、ただのピグモルさんじゃございませんときたではないですかぁっ!? 時空王の使者なんてまぁ……。きっと、一生のうちに出会える確率はもうほんと、0.0001%未満ですよぉっ!?? もうラッキーラッキーラッキッキーですよぉ!!! うんうんうんうんっ!!!!」


 はあ……? そんなに喜んで頂けたのならまぁ、ピグモルに生まれて、更には時の神の使者に選ばれて良かったなぁ~って、多少は思いますけどね……

 けどですよ? 命を狙われているんですよね俺、会った事もない見ず知らずの恐ろしい戦闘種族達に……

 それでもあなた、俺がピグモルで良かっただなんて言えますか? か、か、か??


 ……俺、今かなり卑屈になっております。


「皆も、最初こそ驚いて戸惑っていましたがね~。大魔導士ピタラス殿の残した歴史的遺産ともいえる墓塔に上ろうとする今、あなたが私どもの前に現れたのは、もう運命と言う以外に言葉はないと思いますね~。あなたがノリリア副団長と船長室に向かった後で、我々白薔薇の騎士団は決意を新たにしましたよ~。時の神の使者であるモッモさんが我々に同行してくださるのは、それ即ち神のお導き! 我々騎士団の名誉に懸けても、モッモさんを全身全霊でお守りしましょう!! とねぇ~」


 ……ほ? 騎士団の皆さんが、俺を守ってくださるとな??


「それは……、本当に?」


「本当ですとも! はいはいはいっ!! 人っ子一人守れずに、な~にが王国一のギルドですかぁっ!?? それでなくても、モッモさんは絶滅したと言われていた幻獣種族ピグモルですよぉっ!??? もうね、私……、モッモさんの為なら、敵のサンドバックにでもなりますよぉっ!!!!!」


「およしなさいよ、サンドバックだなんて~。私ならこう、モッモさんが敵に狙われた時は、小脇に抱えて逃げますね~。全速力で走って走って、この細長い手足がぽきりと折れようとも、騎士団の戦闘員の方々の所まで必ずやお連れしますよ~!」


 ……ほう? このベースボールコンビ、なかなかに頼もしい事を言ってくれる。

 二人ともどうやら、ピンチの時には必死で俺を守ってくれるらしい。


「そうなんだ……。それは、信じてもいい、のかな?」


「勿論ですともぉっ! 私は嘘は苦手なもんでしてね、思った事しか口にしませんよぉっ!? なぁ~に、サンドバックとはいかなくても、盾にくらいならばなれましょうぞ……、この体中に蓄えた私の脂肪ちゃんたちを使ってね!!! はっはっはっ!!!!」


「モッモさん、ご安心くださいませね~。我々白薔薇の騎士団は、王国一の名に恥じぬ素晴らしいギルドです。まぁ、私とモーブはただの飼育係ですけれど……。アイビーさん率いる探索班は、それはもう精鋭揃い。ギルド内でもクエスト達成率トップを争う、戦闘のエキスパート達ですからね。国内外問わず、彼等一人一人の功績は数え切れぬほどありますよ~。彼等にかかれば向かうところ敵なしでございます~」


 ……ほほう? やっぱり、そんなに凄い人たちなのか彼等は。


 後ろを振り返り、楽しそうにお酒を酌み交わす騎士団の皆さんを、一人ずつまじまじと見つめる俺。

 名前は……、覚えられていないけれど、確かにみんな、どことなく自信に満ち溢れた顔をしている。

 ……顔が見えない者も弱冠二名いるけれど、それでもみんな、なんだか強そうだ。


「皆、カービィさんが連れてきてくれたあなた方を心から歓迎しています~。種族や生まれた大陸は違っても、我々は同じ目的に向かって進む同志です。何かお困りのことがあれば、遠慮なく私どもを頼ってくださればいいのです~」


「そうですよっ! まぁ、このデブッチョに出来る事と言えば、冗談を言って場を盛り上げる事くらいでしょうがねっ!? それでもいないよりはマシでしょうっ!?? はっはっはっはっ!!!!」


 外見はかなり変わっているけれど……、優しいなぁ~、ベースボールコンビ。


 モーブとヤーリュの話を聞いているうちに、先ほどまで俺の心の中を埋め尽くしていた不安感は、綺麗さっぱり消えていた。

 みんなが守ってくれる、だから大丈夫……

 楽観的にも程があるけれど、目の前にいる頼もしい仲間を目にすると、自然とそう思えてきたのだった。


「おや? 音楽が変わりましたね~?」


「ダンスタイムですなっ!? はいはいはいっ!! モッモさん、私たちも参加しましょう!!!」


「あ……、うん♪」


 ベースボールコンビに誘われ、椅子から飛び降りる俺。


「モッモ~! 踊るよぉっ!?」


 離れた場所から、グレコが呼んでいる。


「今行きま~す♪」


 みんなが輪を成す甲板の中央へと、俺は駆け出した。


 大丈夫! なんとかなるさ!! みんなが守ってくれるもんっ!!!


 軽快なダンスミュージックと共に、出航前夜祭は最高潮に盛り上がって……

 港の夜は更けていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る