200:守りのアメジスト
「あ、モッモ。遅かったね~」
テッチャの家で、熱々の珈琲が入ったマグカップを片手にくつろぐグレコ。
「おぉモッモ。久しぶ……、りでもないが、大変じゃったのぉ~」
いつものように作業場の様々な道具に埋もれながら、宝石を磨く手を止めて、テッチャが顔を上げた。
「あぁ~、本当に大変だったぁ~。竃を作るのって、結構時間がかかるんだねぇ~」
まるで自分のベッドかのように、テッチャのベッドに倒れ込む俺。
自宅で兄弟達と、無事に立派な竃を作り上げたのは良かったのだが……
慣れない作業だった為に、途中から、俺のプニプニの二の腕は悲鳴を上げていた。
「そうじゃなくて~。テッチャに、モッモが誘拐された時の話をしていたのよ。ほら、ちょうどここから一人で帰った直後だったでしょう?」
あ~、なるほどそっちか。
うん、あれもあれで、かなり大変だったよね~。
「グレコに怒られてやせんかと心配しとったが、まさか、密輸業者に拉致されていたとはの。いやはや、世の中何が起こるかわからんのぉ~」
ガハハ! といつもの調子で笑うテッチャ。
おいおい、笑うところじゃないだろそこは?
冗談抜きで、危うく奴隷市場で売り捌かれかけたんだぞ、俺は……
「いやはやしかし……。まさかおめぇらの乗る商船が、あのザサーク・キッズの船だとはのぉ」
え? テッチャ、ザサーク船長の事を知ってるの??
「あのダイル族の船長、元々はアンローク大陸近海で海賊をしていたそうよ」
えっ!? えぇっ!?? かっ、海賊っ!???
「ダイル族っちゅ~種族は、元々はアンローク大陸の南方にある小島を住処とする種族での。しかし、数百年前に起きた、大国同士の海戦に巻き込まれて島が沈没。それ以降ダイル族は、故郷の島を奪った二つの大国に対し、海賊という形で復讐をし続けている種族なんじゃよ。その、おめぇらが乗る予定の船、タイニック号と言うたか? 船の名前までは覚えとらんが、ザサーク・キッズと言う名は、二十年ほど前にアンローク近海を荒らし回っとった海賊船の船長の名に間違いねぇのぉ」
うへぇ~、マジかぁ……
いや、驚きこそしたけど、意外ではないと言うか……
ザサークを始め、タイニック号の乗組員はみんな、傍目から見れば確かに粗暴だし、海賊だったと言われれば納得するような風貌なのだ。
それに、商船だというのに、何故か大砲が積まれていたし……
なるほどあれは、海賊船だった頃の名残というわけか。
「その……、でも、昔はって事はさ、今は違うんだよね?」
「さすがに今は違うでしょ!? だって、モントリア公国の総合管理局に届け出を出すような、ちゃんとした商船だもの。ねぇ??」
「そうじゃの。聞く限りではもう、ザサークは海賊稼業から足を洗ったと見える……。しかし、去年くらいじゃったかの。別のダイル族の海賊船が、故郷の島を滅ぼした原因の一つとされている、ヴェルハーラ王国の海洋軍事施設を破壊したと噂になっておったの。まだまだ、アンローク近海では海賊が横行しておるんじゃての~」
「え~、現在進行形で海賊って存在するんだね~」
なんて言うかもう、出来れば、アンローク大陸とかいう大陸には行きたくないですね。
こう、かなり危険な匂いがプンプンしますよね。
海賊とか、奴隷市場とか……、治安悪すぎだよ。
「だからモッモ、船の中でも気を抜いちゃ駄目よ! いつ何時、あいつらが襲ってくるかわからないからねっ!!」
うぇ~、さすがにそれはないんじゃなぁ~い?
「ガハハッ! さすがにそれはないじゃろうて!! まぁしかし、用心するに越した事はねぇの。それでなくとも、おめぇらが今から行くピタラス諸島は、それはそれは危険な島々じゃからの」
あぁ……、テッチャがこう言うって事は、ピタラス諸島が危険な場所だって言うのは、世界的にはもはや周知の事実なのね。
「その、原住種族が野蛮なのよね? ピタラス諸島って……」
「そうじゃ。言葉こそ通じるが、根っからの戦闘種族ばかりが住んでおるからの。五百余年前の大陸大分断以前は、それはもう血で血を洗う大戦乱の時代じゃったと言われておる」
……テッチャでさえも、アーレイク・ピタラスの大陸大分断が五百年前だったと知っているではないか。
カービィのど忘れめ、そりゃ~ノリリアが怒るわけだ。
「僕、カービィの持っている本で見せてもらったんだ。その、原住している五つの種族の事。グレコも後で見せてもらうといいよ。……はっきり言って、読んでるだけでも吐き気がした」
カービィの長~い生物オタク談話の後に、原住種族のそれぞれのページを見せてもらったのだが……
まぁ~酷い事がつらつらと書かれていた。
習性から習慣まで、野蛮極まりないと言わざるを得ない文章が並べられていたのだ。
「そんな危険な場所へ行くなんて、本当に大丈夫なのかしら? もし、本当の本当に危険なら、モッモは探索になんて加わらずに、船でおとなしくしていなさいね」
うん、そうさせて貰うよ。
……けどさ、その船もさ、元々は海賊船だったわけでしょ? 船長も乗組員も、みんな海賊だったわけだよね??
……もはや、俺にとって安全な場所など、無いのでは???
「まぁまぁ、カービィもギンロもいる事じゃしの、あまり心配はせんでええと思うぞ。じゃけど念の為じゃ、モッモはこれを持って行け」
そう言って、テッチャは後ろの棚から何かを取り出した。
差し出されたそれは、薄紫色に光る、美しい宝石の原石だ。
「あら、綺麗ね♪ ……でも不思議。何か魔法でもかかっているのかしら?」
「そうじゃ。これは守りのアメジスト。元々はさして力のない宝石じゃが、術師が守護魔法をかける事によって、持ち主の命を守る働きをするんじゃよ。わしはしばらく必要ないでの、モッモよ、持って行くがいい」
薄紫色の宝石を受け取って、しげしげと眺める俺。
残念ながら俺には魔力がないので、守護魔法がかかっている云々はわからないけれど……
「ありがとう、ちゃんと持っておくよ!」
テッチャがわざわざ渡してくれた物なので、大事に上着の内ポケットに忍ばせておく事にした。
もし本当に、万が一、俺の命が危なくなった時は、全力で力を発揮してくださいね、アメジスト様!
その後は、ジャネスコで買ってきたパンで軽く昼食を済ませ、買い物で疲れたらしいグレコを残して、テッチャと二人で村周辺を見て回った。
残り三つだったダッチュ族の卵が無事に孵った事を確認したり、バーバー族の丸い蔓の家がとても立派に出来た様子などなど……
そして最後に、村の外れに建築中だという、グレコとギンロのお泊まり施設も見せて貰った。
こちらはまだ、土台の段階なので全貌ははっきりしなかったが、その敷地の広さからみて、かなり大きな家を建てるようだということだけはわかった。
何にせよ、ピタラス諸島を経由して、無事にパーラ・ドット大陸に到着するまでは、そうそう村へは帰って来られないだろう。
次に帰って来た時の、村の変貌ぶりを楽しみにしておこう。
「あ~、それとの……。残念なお知らせが一つあるんじゃよ」
テッチャの家へ戻る道すがら、おもむろにテッチャがそう言った。
「残念なお知らせ? どうしたの??」
「うむ……。裏ルートで売り捌く予定じゃったあの大粒のウルトラマリン・サファイアの事なんじゃが……。なんでも、オークションに出品する予定じゃった他の品々が、手違いで届かなくなったらしくての。オークションは月一開催なんじゃが、今月は休みになったとか……。来月まで、販売結果はお預けという事らしいの」
あ、なんだ、そんな事か、もっと深刻な内容かと思ったよ。
……しかし待てよ。
今テッチャ、オークションとか言わなかった?
……まさかとは思うけど。
「その、オークションって……。アンローク大陸のどこの国で行われているの?」
「ぬん? オークションの開催国か?? アンローク大陸に現存する三大国の一つ、オルドール共和国じゃよ」
げぇっ!? やっぱりっ!??
じゃあもしかして……、いや、もしかしなくても、絶対にユークの船のことだそれっ!!!
危うく、その届かなかった品々の中に、俺が含まれかけていたわけだな、うんうん。
……なんと恐ろしい事でしょう、ガクブルガクブル。
「一ヶ月も先となると、仕事にヤル気が出んのぉ~」
残念そうに肩を落とすテッチャ。
でも、今回ばかりは共感できないな。
だってそれは、仕方のない遅延だしね!
しかしそうか……
テッチャが言う裏ルートっていうのが、まさかその怪しげなオークションだったとは……
なんだかちょっぴり複雑~。
「いや! そんな事は言ってられんの!! 頑張って村を発展させにゃ!!! ガハハハハッ!!!!!」
……うん、テッチャは良い奴だ。
オークションに何が出品されているかなんて、きっとちゃんとは知らないはず。
今ここで、わざわざその事を言って、生き甲斐であろうお金儲けの邪魔をしなくてもいいだろう。
隣で豪快に笑うテッチャを見て、俺は多少の気持ちのモヤモヤを隠しつつ、テッチャの家へと戻ったのであった。
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