169:旋律の使者
「これでよしっ! ……ぷっ、あははは!! 無様ねぇ~!?」
船の甲板で、手傷を負って動けない茶色ラビー族数十匹と、たいそう悔しそうに顔を歪ませるタークを縄で縛って、満足気に笑うユティナ。
どうやら、死者が出ていない辺り、ちゃんと考えて攻撃していたようだが……
早く手当してあげないと、死にそうな顔している奴が数名いるな。
応急処置でもしておいてやるかと、ごそごそと鞄を探り、エルフ仕様の消毒ポーションを取り出す俺。
「モッモ君、ちょっと話があるのだが、いいかね?」
サカピョンが声を掛けてきた。
あ、今からラビー族たちの手当をしようと思ってたのに……
「モッモさん、私で良ければ彼らを手当しておくわ。私がやってもらったようにやればいいのよね?」
戦いが終わった事を確認して、甲板に上がってきていたフェイアがそう言った。
「あ、じゃあ頼もうかな」
俺が消毒ポーションを手渡すと、フェイアは可愛らしくニッコリと笑った。
サカピョンは、船首のヘリに立ち、夜風に当たっている。
ユティナは、何やら離れた場所で斧の手入れをし始めたようで、話に入る気はなさそうだ。
船の進路の先には、まだ小さいがぼんやりと、港町ジャネスコのものであろう灯りが見えている。
どうやらゼコゼコはちゃんと働いてくれているようだな、良かった良かった。
「サカピョン、話って?」
夜風にハタハタと揺れる、サカピョンの長く黒い耳を見ながら俺は問い掛けた。
「モッモ君は、時空王の使者で間違いないかね?」
「え、あ、うん……。どうして知っているの? さっきも、僕が精霊を召喚できることや、神様から貰ったアイテムで仲間と交信できる事も知っていたし……」
「ふむ。ユーと出会った時に、これに指針が増えたのだ」
そう言ってサカピョンは、上着の胸ポケットから、懐中時計のような物を取り出した。
光沢のある赤銅色をした金属製の物で、赤くて小さな宝石のような物が所々に散りばめられていて、アンティークでお洒落である。
それはよく見ると、時計とはかなり異なる物のようだ。
数字があるべき円形の文字盤には、魔法陣のような不思議な模様が描かれており、時計よりも遥かに多い目盛が細かく刻まれている。
そして、本来なら二本のはずの指針が三本あるのだ。
黒と、赤と、黄色の指針だ。
「それは……、何なの?」
「これは、【運命の歯車】という
ほう? 寝具?? ……いやいや、神具か。
つまり、神様から貰った物、という事だな。
運命の歯車、……なんだかカッコいい名前っ!
用途は……、今のサカピョンの説明だと、いまいちよく分からないけど……
「見たところユーは、姿に似合わぬ、並外れた力を内に秘めている。それに加え、身に着けている様々な神具らしき物。よってミーは、ユーが普通の獣人ではなく、何かしらの使命を持つ使者であると判断したのだ」
ほほう? なかなかに観察力に長けてますな、サカピョンよ。
でも、姿に似合わぬ、って言葉はちょっぴり失礼じゃないかい??
カチカチカチと小さな音を立てながら、サカピョンの手の中で、懐中時計の三本の針はほぼ同じ位置で進み続けている。
問題は、なぜサカピョンが、その神具とやらを持っているのかという事だ。
「サカピョンは、どうしてそれを持っているの? サカピョンはいったい、何者なの??」
俺の問い掛けに、サカピョンは真っ直ぐに俺の目を見てこう言った。
「何を隠そう、ミーも時空王の使者なのだ」
……ほう? 時空王の使者とな。
……んん??
「う……、えぇっ!??」
思ってもみなかった言葉に、俺は自然と、ドワーフのおったまげポーズをしてしまった。
でも、確かにそうか、それなら話が通じるわけだ。
俺の精霊を呼べる力のことも、時空王の使者であるということも、同じ立場の者ならわかって当然だろう。
……いやでも、俺は、サカピョンが同じ使者だなんて、これっぽっちも分かんなかったけどね!
「ただし、ミーとユーではその役割も、与えられた力も異なる。ミーは、時空王クロノシア・レアより【
せせ、戦慄!? なんと恐ろしい。
……ん? あ、旋律か??
音楽器の召喚って言うくらいだからね。
なるほど、だからさっき、持っていなかったはずのバイオリンが急に手元に現れたんだな!?
「ユーの名は? 授かりし使者の名はあるのか??」
「……ない」
神様、俺には名前なんてくれなかった。
うぅ、俺も欲しかったな、なんちゃらの使者ってやつ……
今度神様に会ったら、名前が欲しいです! って言ってみよう。
「なるほど……。では、使命は何だ?」
「あ、使命は、その……。世界中を旅して、いろんな神様の様子を見てくる、……事です、はい」
「ふむ。それ即ち、【探求の使者】とでも言えようか。大変な使命だな」
いやぁ~? そうでもないよ??
なんかこう、気楽に旅行しに行く気分だしね。
「サカピョンも使者なら、精霊を呼べるの?」
「いや、ミーは【精霊の加護】を賜っていない」
「精霊の、加護??」
「そう、精霊の加護だ。モッモ君には、困った時に精霊が助けてくれる力が備わっている。だから、召喚の儀もなしに、様々な精霊を呼び出す事ができるのだ」
ふ~ん、なるほどそうなのか~。
「でもサカピョン、精霊に詳しかったよね? どうして??」
「それは、ただ単に、勉学に励んだのだ」
おぉ、努力による実力なわけですな! 素晴らしいね!!
「時にモッモ君。ユーは、この後どうするつもりだね? なぜジャネスコに足を運んだのだ?? タジニの森に向かう途中か???」
「あ、いや、船に乗るためだよ。ずっと南にある、パーラ・ドット大陸を目指しているんだ」
「ふむ、何故だね?」
「えっと……、光王レイアって知ってる?」
「勿論」
「その、光王レイアが、僕の事を助けてくれて、自分の国に来なさいって言ったんだ」
「なるほど、精霊の加護は、光王レイアにまでも及ぶのか……。いやはや、恐れ多い」
うん、俺も恐れ多いよ。
「そうなると、ミーとユーは一度別々の道を行く事になるのだな」
「え、あ、うん……。でも、元々目的が違うから……」
俺としては、これまでも特に同じ道を歩んできた、という感覚はないぞ?
それに……
出来れば、ユティナとはパーティーを組みたくない。
言葉の暴力もさながら、いつあの斧の餌食になってしまうかと常にヒヤヒヤしなければならないなんて、耐えられない。
だから、断然、別々の道の方が良いのである。
「ふむ。しかし、ミーの運命にはユーが大いに関わっているのだ。この歯車に指針が現れた事が証拠だ」
……そんな事言われてもなぁ~。
俺はジャネスコに戻ったら、グレコとギンロとカービィの四人で、商船に乗って旅に出るのだ。
サカピョンの目的がいまいち何なのかは知らないけど、ユティナが言っていた王都へ行ってジョブについてギルドに入る……、とかいうのはパスだ。
いずれはそういう事もしてみたいけど、今じゃない。
「ならば、ミー達は、またいずれ何処かで出会う運命なのだろう……。それまで、お互いに切磋琢磨し、強くなろう、モッモ君♪」
いつものように、サカピョンは優しい笑顔を称えた。
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