166:黒幕

「うんしょ……、うんしょ……、ぐ、もうちょい、ぐぬぬ……」


ぷるぷると震える手で、俺は船体の側面にある窓枠にどうにか手をかけた。

そして、運良く鍵がかかっていなかったその窓を開けて、中へ転がり込む。


「だはぁっ!! あぁ……、つか、疲れたぁ……」


床にゴロンと転がって、もはや感覚のない腕を広げて大の字に寝そべる俺。

ロープを上るなんて過酷な事、生まれて此の方一度もした事がなかった。

簡単に上れると思っていただけに、今のこの体たらくが心底情けない。

そして……


「大丈夫? モッモさん??」


後から上ってきたフェイアは、余裕#綽々__しゃくしゃく__#の表情である。

顔に似合わず、かなり丈夫なお身体をお持ちで……

問題の下半身は、上半身に来ていた上着を使って、短めのスカートのような物を作って上手く隠していた。


「だ、大丈夫大丈夫! さて……、ふぅ……。ここは、寝室かな?」


ムクッと体を起こし、周りを見渡す俺。

二段ベッドが部屋の壁沿いに二つあるだけの、狭い寝室のようだ。

幸いにして、甲板で戦いに参加しているのであろう部屋の主はここにはいない。


「そうみたいだね。これからどうするの? 甲板に上がって、二人に加勢する??」


おぉ、勇敢だね~フェイアさん。

だけど、それはしない方がいいんじゃないかな?

特に俺は……


「加勢は必要ないと思うよ。戦況はたぶん、サカピョンたちが優勢だから」


俺の耳には、サカピョンの奏でるバイオリンの音が届いている。

闘争心を掻き立てるような、RPGによくあるバトル時のBGMのような曲が、絶えず流れてくるのだ。

それと同時に、「うらぁ~!」とか、「おらぁ~!!」とか、「くたばれぇ~!!!」とか、決してお上品とは言えないようなユティナの声も聞こえてくる。

海にこそ落ちていないが、おそらく、ラビー族たちはあの二人に一網打尽にされているに違いない。

加勢しようとロープを上ってきたわけだけど……


「必要なさそうだし、行けばかえって足を引っ張ってしまうだろうから、やめておこう」


「そっか……。でも、じゃあ、どうするの? ここに隠れておくの??」


眉根を寄せて、怪訝な顔をするフェイア。

そんな表情でも可愛いんだね君は……


「ちょっと待ってね。とりあえず一度、仲間と連絡を取りたいんだ」


「え? うん、わかった……」


決して納得したわけではなさそうだが、フェイアは首を縦に振ってくれた。


「よし……、えっとぉ……。カービィ聞こえる? こちらモッモ」


「お、モッモ? 逃げられたのかぁ~??」


そんな簡単に逃げられるわけないだろうカービィこの野郎。

呑気な声を出すんじゃないよっ!


「まだ、今船の中。水の精霊に頼んで、船ごとそっちに向かう事にしたから」


「あ、そうなのか? じゃあ、警備隊がわざわざ船を出さなくていいんだな??」


「え、あ、うん……。警備隊って?」


「国営軍に所属する部隊の一つさ、ジャネスコの警備を請け負っている連中だ。ほら、町の入り口の鉄門を守っている門衛さんとかもその一員だ」


「あ、なるほどそういう人たちね……」


「さっきモッモに連絡した後で、密猟船が出航したってわかったから、警備隊たちが港に大集合して出航準備中なんだよ。とりあえず、それ止めてくるわ~」


「あ、わかった……。あ、でも待って! ちょっと伝えたい事があるんだけど!?」


……しかし、カービィの返事はなく。


くそ! あいつ、交信切ったな!?

う~仕方ない、グレコに繋げてみるかぁ……


ドキドキドキ


「ぐ、グレコ~? きこ、聞こえますかぁ??」


「あっ!? モッモ!??」


うっ!? この声の調子は……


「大丈夫!? 酷い目に遭ったわね!!?」


お? 良かった、怒ってないぞ!?


「あ、うん、でも大丈夫! 今そっち向かってるから!!」


「えぇ、カービィに聞いたわ! 私もギンロも、警備隊の皆さんと一緒に今港で待機しているの!!」


「あ、そうなんだ。えっと……、ちょっと伝えたい事があってね」


「うん、どうしたの?」


「それが、黒幕がブーゼ伯爵っぽいんだ」


「なっ!? 何ですってぇっ!??」


グレコの、叫ぶような大声で、俺の耳がキーンとなる。


「そんなっ!? じゃあ……、え、どうしようっ!??」


狼狽えるグレコ。


「え、何かあったの?」


「えっとね……。密猟船がブーゼ伯爵の船だって事は分かってるのよ。でもね、ブーゼ伯爵本人が船が盗まれたって通報してきて、それで今回の事が発覚したの」


「えっ!? そうだったの!??」


なるほどそれで……

さっきカービィが連絡してきたのはその為だったのか。

けど、そうなると……


「本当にブーゼ伯爵が黒幕なの? 今……、すぐそばに居るんだけど??」


おぉ、マジか……


「えっと……、ちょっと待ってね……。じゃあもしかしたら、息子の単独犯かも知れない」


「息子って……、あの無礼なチビの眼鏡君?」


うん、そうそう。

……てかグレコ、タークの事そんな風に思ってたのか。


「うん。さっきね、甲板でちょっとピンチになって……。タークが他のラビー族に命令してたから、たぶん間違いないと思う」


「そっか……。わかった! その事はちゃんと警備隊に伝えておくわ!!」


「うん、よろしく! また何かあったら連絡する!!」


「了解! くれぐれも気をつけてね、モッモ!!」


グレコとの交信を切る俺。


ふぅ~……

とりあえず、グレコが怒ってなくて良かった。

俺のお尻の安全は守られたぞ!


「あの……。モッモさん? 大丈夫??」


いつの間にか、部屋の隅まで移動して、頭のおかしな奴でも見るかのように、怯えた目で俺を見るフェイア。

あ、そっか、絆の耳飾りのことちゃんと説明してないから、盛大に独り言を言っていると思われちゃったかな?


「あ、ごめんね! 大丈夫だから!!」


俺が笑顔を向けるも、不審者を見るような目をやめてくれないフェイア。

……うん、ちょっぴり悲しい。


しかし、今はそんな事で悲しんでいる暇は無いのである。

船内が手薄な今のうちに、何か俺に出来る事は無いだろうか?


「さっき、ブーゼ伯爵の話をしていた?」


恐る恐る、俺に問い掛けるフェイア。

そんなに怯えなくても大丈夫だよ。

ほら見て? 俺なんか、ちょっとロープを上っただけでヒーヒー言っちゃう、ひ弱なただのピグモルだからさ??


「うん。さっき甲板にいたのがブーゼ伯爵の息子だったから、ジャネスコの港で待っている仲間に、それを報告しておいたんだ」


俺の言葉に、フェイアは何かを考えているような素振りを見せる。


「あの……。でも、私をお屋敷に呼んだのは、息子ではなくて、ブーゼ伯爵本人だったの」


「……え? それじゃあ、まさか??」


「……そう。本当の黒幕は、もしかしたら……。息子のタークではなく、ユーク・ブーゼ本人かも知れないわ」


おっとぉ~!? そりゃマジかっ!??

しまった、早まったか俺っ!???

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