97:無物

「迷いの森って?」


「このオーベリー村の東側に広がる、鬱蒼とした森のことさ。森の中をいくら進もうとも、いつの間にか入り口まで戻ってしまう。森は、部外者を決して奥へは行かせな〜い」


 わざと低い声を出して、脅かす様にカービィはそう言った。


 進んでも戻されるって……、何それホラーじゃんか!?

 こえぇ〜!!!


 俺は身震いして、チョロっとちびってしまった。


「して、その森の住人とは何者なのだ?」


 全然怖がらずに問うギンロ、さすがっす。


「デルグの記憶の中にいたのは、小さな体に長い尻尾……、そして、白く光るトカゲの目だ」


 ト? トカゲの目……??

 確かに、残っている足跡も爬虫類のものに見えるけど……


「そいつはデルグに気付くと、真っ直ぐに倉庫の裏側へと逃げていった。倉庫の裏は断崖絶壁だ。そしてその崖の下に、迷いの森が広がっている。その森に暮らすトカゲのような種族といえば……、答えは一つ。あいつは【バーバー族】だ」


 カービィの言葉に、俺もグレコもギンロも、更にはデルグでさえも首を傾げる。


 ば……、ばーばーぞく?

 何それ、全然トカゲっぽくないネーミングだな。


「バーバー族は、広義では竜人族に分類されるが、その実態は爬虫類トカゲ科の獣人種だな。魔力を持たないから魔物とは呼ばず、【無物むもの】と呼ばれる。おいらも学校の生物学で習っただけだから生態は詳しく知らないけれど……、確か夜行性だったはずだ」


 ほ……、ほほう? 

 カービィさんってば、小難しい事をペラペラとお喋りになって……、訳わかんねぇ〜。

 もうちょい分かりやすく説明してくれませんかね??

 えっと……、とりあえず、トカゲなのよね???


「無物……、何それ? そんな言葉、初めて聞くわ」


 あ? グレコが変なところに噛み付いたぞ??

 むもの……、無物って………、俺も聞いた事ないな。


「まぁ〜、知らなくて当たり前だ。無物って言葉は、つい最近できた言葉だからな。これまで、この世界に存在する生物のうち、言語能力を持たねぇ生き物は全て、魔物と呼ばれてた。だけど長年の研究によって、生物には魔力を持つ者と全く持たない者がいると証明されたんだ。そこで、魔力を持つ者と持たない者を差別化するために、無物という言葉ができた!」


 な、なるほどぉ……

 俺が思っていたよりも、世界は進んでいるのね。


「じゃあ……、じゃあ私は? どっちになるの??」


 おいグレコ、それ、今気にする事かね?


「グレコさんは魔物だ」


 あ、グレコって魔物なんだ。

 ……グレコが魔物???


「ほう……、では我は?」


 お前もかギンロ!


「ギンロさんも魔物だ」


 えっ!? 魔獣じゃなくて!??

 どこからどう見ても、ギンロは魔獣じゃないの!?!?


 ん? ギンロが魔獣じゃなくて、ただの魔物だとすると……??


「じゃあ、僕は?」


 恐る恐る尋ねる俺。

 するとカービィは、ニヤッと笑って……


「モッモさんは無物だな」


 ガビーン!!!!!


 恐れていた答えが返ってきてしまった……

 まぉ、薄々そうかなぁ〜? って、思ってはいたけどさ。

 面と向かって言われると、結構傷つくよね。

 無物って……、無って……、はぁ〜……


「あれ? あなた達マーゲイ族は、獣人族じゃないの?? だったら無物よね??? でも、カービィは魔法が使える……。じゃあ本当は、マーゲイ族は魔物で……、デルグも魔物で、魔法が使えるのかしら???」


 魔物と無物の間で、混乱するグレコ。

 俺は、考えても分からないので、何も考えずに、カービィとデルグの返答を静かに待つ。


「いや、えっと……。僕は、魔法は使えないんですけど……、そのぉ……」


 もじもじするデルグ。

 また漏らしちゃうのかな?


「一般的には、マーゲイ族は獣人族で、無物だって思われてるな。けど、おいら達マーゲイは無物じゃねぇ。デルグ、あの姿を見せてやってもいいんじゃねぇか? 減るもんじゃねぇ〜し」


 デルグに向かって、顎をしゃくるカービィ。


「えっ!? ぼっ、僕がっ!!? おまいがやれよっ!!??」


 慌てるデルグ。


「おいらは今無理だ。だってほら、服が今の体にジャストフィットしてる。このままデカくなると服が破れて、おいらのジュニアが丸見えになっちまうぞ。それでもいいのか?」


 そう言ってカービィは、自らの股間の辺りに両手でハートを作って見せた。


 ……はっ!? なんだとっ!!?

 良くねぇわっ!

 おいらのジュニアて……、可愛らしく言ってるけど、要は下半身露出だろっ!!??

 アホか!! やめろっ!!!


 カービィとデルグのやり取りは意味不明だが、カービィが下半身を丸出しにしようとしている事に気付いて、グレコはこめかみに青筋を立てた。


 そりゃそうだ、昼間の失言に続き、下半身露出だなんて……、ただの変質者じゃねぇかっ!!!!

 絶対にやめてくれっ!!!!!


 カービィのアホな発言を受け、更には此方の様子に気付いたらしいデルグは、困った顔をしながらフーッと息を吐いた。


「分かったよ……、でも、一瞬だけだかんな。疲れるんだよあれ……」


 そう言って、デルグはもじもじするのをやめて、静かに目を閉じた。

 そして、スーッと大きく息を吸って、両手を大きく広げた……、次の瞬間。


「えっ!? なになにっ!??」


「どうなってるのっ!?!?」


 慌てる俺とグレコ。


「なるほど……、魔獣というのは本当だったか」


 納得するギンロ。


 デルグは……、デルグの体は、淡い光を放ちながら、両手を大きく開いたままの格好で、だんだんと膨らみ始めた。

 それと同時に、体毛がドンドン薄くなって、無くなっていって……

 妙にブカついていた衣服がフィットし始めたかと思うと、その姿は、どこかで見た事があるような無いような、人間の姿へと変貌したではないか。


 どどどど……、どうなってるんだっ!?

 デルグは本当は、人間なのかっ!!?


 驚き過ぎて、目をパチクリする俺。

 俺たちの目の前には、マーゲイ族の面影など全くない、二十代前半ほどの人間の青年が立っている。


「デルグ!? あなた、人間族だったのっ!??」


 グレコも、デルグの変貌した姿を人間だと認識したらしい、そう問い掛けた。


 するとデルグは、気の弱そうな笑顔でこう答えた。


「いや、う〜ん……。とりあえず家に戻ろうか、この姿のまま外にいるのは、ちょっと……」


 困った様なその声は、先ほどまでのデルグと同じ声だ。

 








「魔獣であるマーゲイ族は、このワコーディーン大陸に移住した後、平和に暮らすうちに、人化の術や獣化の術を忘れていってしまったんだ。生きていくのに必要無かったからな。だけど、おいらとデルグは、そんな事はないだろうって、小さい頃からいろいろ試して……。結果、おいらとデルグは、人化することに成功したんだ!」


 ニカッと笑って、カービィはそう言った。


「なるほど、そうであったか……。しかし、誰に習うでもなく、自らその方法を取り戻すとは。なかなかのものだな、デルグ、カービィよ」


 褒めるギンロ。


「いや、それほどでも……。最も、獣化も人化も両方習得してこそ魔獣を名乗れるんだから、僕たちは結局半端者だよ。ねぇ、カービィ?」


 謙遜するデルグ。

 その姿は既に、マーゲイ族へと戻っている。

 人間の姿でいるのは、疲れるとかなんとか……


「馬鹿野郎っ! 諦めるんじゃねぇよっ!? おいらはいつか、獣化もマスターしてみせるぜぃっ!!」


 てやんでいっ! て感じで、決めポーズをするカービィ。


 楽しそうに話す、デルグとカービィ、そしてギンロの三人。

 そんな三人を他所に俺は、この中で唯一の無物であるという現実に打ちひしがれていて……


「……うっ、ぐすん」


「あ~、ほらほらモッモ! 泣かないで?」


 いち早く気づいてくれたグレコに、頭をよしよしされる。


 酷いよ、無物だなんて……

 誰だよ、わざわざそんな名前つけたのは……

 いいじゃんか、みんな魔物でさぁ……

 無物って……、無って……

 俺はここにちゃんと存在しているぞ畜生めぇっ!!!


「まぁ、モッモさんの気持ちもわからなくもないけども……。おまいにはもっと、特別な力があるだろう?」


 カービィの言葉に、俺の涙がスッと引く。

 デルグが、何のことだろうと小首を傾げる。

 グレコとギンロは、表情を変えて、ぐっと押し黙った。


 ……どうしてそれを、知っているんだ?

 カービィに、俺の事を話した覚えはない。

 俺が神様に選ばれた者だなんて事は……、一切口にしていない。

 さっき出会ったばかりだし、カービィの前で精霊を呼んだりもしてない。

 神様アイテムだって見せてないし……、あ、この時空の指輪でばれたのだろうか??

 テッチャの時はそうだった。

 けれども、それはテッチャが採掘ギルドのゴッド級マスターだったからばれただけであって、知らない者にはただの綺麗な指輪としか思われないはず。

 じゃあ、いったい、どうして……???


 はっ!? まさか!!!?

 こいつ、カマかけてるっ!?!?


 一瞬の間に、様々な事が頭の中を駆け巡ったのだが……


「その話はまた今度にしてだな……。今は、バーバー族の事を考えよう!」


 カービィ自ら話題を変えたので、俺は考えるのをやめた。


 しかし、この自称白魔導師カービィは、何やら只者ではなさそうだ。

 氷水をいきなり生成したり、いとも簡単に顔面の腫れを直したり、他者の記憶を覗き見てみたり、変態な発言をしてみたりなど……

 それはきっと、グレコとギンロも感じている事だろう。

 二人の目が、先ほどよりもキリリと鋭くなった事を、俺は見逃さなかった。

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