88:芋の、話?

「大変だぁっ! ぼっ、僕ぅうっ!! 食べられちゃうぅうぅぅっ!!!」


部屋に入るなり叫んだ俺を、グレコとギンロが白い目で見る。

 グレコは既に寝巻きに着替えているし、ギンロはソファーの上でのべ~っと横になって寛いでいて……

 つまり二人とも、緊張感の欠片も無い姿である。


「え……、何言ってるの? 幻覚でも見た??」


「食当たりでもしたか?」


 なっ!?

酷いよっ! 二人ともっ!!

 ギンロはさっきと同じ事言ってるし!!!


「台所でシシ婆さんが、誰かと話してたんだ! それも人間じゃない、大鎌を持った豚みたいな大男!! か、皮を剥いて……、丸裸にするって!!!」


ガクガクと震えながら、必死に訴える俺。

さっき、胃の中のものは全部下から出たはずなのに、口から何か飛び出てきそうだ。


「豚みたいな大男? お孫さんかしら?? いったい何の種族なのかしらね??? それよりモッモ、人間じゃないって……、そりゃそうでしょうよ。人間なんて、この大陸にはいないはずよ。まさかシシさんの事、人間だと思っていたの?」


 小馬鹿にしたようにクスッと笑うグレコ。


 えっ!? どういう事!??

 グレコは、シシ婆さんも人間じゃ無いって言いたいの!?!?

 てか、人間が、この大陸にいないって……、えぇえっ!?!??


 訳が分からず、パニックになる俺の脳内。


「何か、聞き間違えたのではないか? 我もいるというのに、皮を剥いでモッモを食べようなどとは……、さすがに無謀であろ」


 自信たっぷりな様子でドヤるギンロ。


 そりゃまぁその通りだとは思うけど……

 でも、あっちはギンロがフェンリルだって知らないしっ!

 ギンロがめちゃくちゃ強い剣士だって事も、あっちは知らないわけだしっ!!

 

「でも! だって!! 聞いたんだもんっ!!! 聞き間違いじゃないもんっ!!!!」


信じてよグレコ! ギンロ!!

信じてくれないと……、泣いちゃうぞっ!!!


「そんな事言ったって……、どうするのよ? 今からここを出るの?? せっかくベッドで眠れるのに???」


 そう言って、ベッドに横になり、布団にくるまるグレコ。


 絶対にそこから出る気無いでしょっ!?


「ふむ。大事ないと思うが……。心配ならば、モッモよ、今宵は我が隣で眠ろうか?」


 プルプルと震える俺を見て、ギンロは優しくそう言った。


「そうしてぇっ!!!!!」


二つ返事で答える俺。


ギンロ優しいっ! 一緒に寝ようっ!!


 俺とギンロは、一つのベッドに並んで寝転んだ。

 ちょっぴり狭い気もするが、ギンロの温もりをすぐそばに感じられるので、かなり安心出来る。

 ギンロが掛け布団は必要無いと言うので、俺は身を守るようにして、布団を自分の体に巻き付けた。


 これで良し……、皮なんか剥がれて堪るかってんだっ!!!


「ん、解決したならいいけど……。それよりモッモ! あなた、シシさんに自己紹介する時に、自分の事をピグモルだって言いそうになったでしょう!? 絶対に駄目だからねっ!! 今後は絶対に、自分がピグモルだなんて、死んでも言っちゃ駄目よ!!!」


 突然、説教を始めるグレコ。


「え……、なんでさ?」


 ロールキャベツみたいになった俺は、布団の中から顔だけを出して問い返す。


「なんでって、忘れたの? ピグモルがどうして絶滅したか……。ピグモルはね、野蛮な異種族の手によって、愛玩奴隷にする為に乱獲されたのよ。それなのに、見ず知らずの相手に対して、自分はピグモルだ~なんて……。言わない方が絶対にいいじゃないの」


 あ~……、う~……、んんん~……

まぁ、他種族から乱獲されたっていうのは聞いた事あるけれど、それは過去の事だしなぁ。

 その他種族、異種族ってのも、どんな相手なのか分からないし……

 てか、まだ絶滅してませんよ!

 ピグモルはちゃんと、生きてますよっ!!


「我も、異種族と関わる折には、自らを獣人と偽っておる。無論、無駄な争いを避ける為だ。モッモよ、お主もこの先旅を続けるにつけ、何か策を考えねばならぬな」


なるほど、そうだな……

 ギンロみたいに、獣人です! で通じればいいんだけど、ピグモルに似た獣人が、この世界にいるのかどうか……


「大丈夫よ。この先モッモは、私の【従魔】って事にして旅するから」


あ~、なんかさっき、そんな事を言ってたね。

 でも、えっとぉ……?


「その、『じゅうま』って何? どんな生き物なの??」


 グレコに尋ねる俺。


「従魔はつまり、主人に付き従い、使役する魔物の事よ。魔力を有する者の中には、自分の身の回りの世話をさせる為に、魔力の無い獣に魔法で知性を持たせて、使役させる者がいるの。私の里では習慣化して無かったけれど、かつていたハイエルフの国では、従魔を持つ事が一般的だったらしいわ。だから、モッモはそうね……、野ネズミの従魔でいいんじゃないかしら?」


 ほぉ~、なるほど、そんな事が……

 でもなんだろう、俺今、凄く複雑な心境なんだけど。


「ふむ、それでいいのではないか? 従魔ならば、他者との関わりも極力避けられるであろう。全ては主であるグレコが対応する故、モッモ、お主は終始、黙っておれば良い」


 ギンロはグレコの案に賛成のようだ。


うん、まぁ……、言っている事は分かるんだけどね。

 俺の身の安全を守る為には、きっとそれが最適解なのだろう。

 でもやっぱり、なんだろうな……

とっても良い案なんだろうけど、なんだかとっても……、とってもとっても、複雑だな。


 モヤモヤとした違和感を抱えたまま、俺達の会話は終了した。









朝が来た。

 光を遮るものがない草原の朝は、思っていた以上に明るく、眩しい。

そしてその眩しさが、今の俺の目にはかなり堪える。

 窓から差し込む陽光に、俺は思わず目を細めていた。


昨晩、一つのベットの上で、ギンロと共に、ギンロにくっつく形で俺は眠りについた、のだが……

結局、あの台所の光景が頭から離れずに、ほとんど眠れなかったのだ。


なんかこう、これまでの傾向から鑑みるに俺は、旅先だとほとんど寝られない確率が非常に高い。

 これは全くもって良く無い事なので、今後の為にも早急に改善策を考えねばなるまい。


まだベットの中でスヤスヤと眠る二人を、恨めしそうに見つめる俺。

すると窓の外から、ザッザッザッという、妙な音が聞こえて来た。


 体に巻き付けていた布団から這い出て、眩しい陽光を手でかわしつつ、窓の側に立ち、外を見る俺。

そこにいるのは、何やら巨大な鎌を手に持った、大きな大きな生き物。


あぁあっ!?

 あれは昨日のっ!??

台所でシシ婆さんと、俺を食べる相談をしていた、巨体豚人間ではっ!?!?


 推定身長2メートル半、筋肉モリモリなその肉体は横幅がかなりあって、体重は間違いなく100キロを超えているだろう。

 黒いデニム地のオーバーオールを身につけ、頭には麦わら帽子を被り、首には薄汚れた手拭いを下げているその姿は、まさに牧場主といった出立である。

 そのお顔は昨晩見た通りの豚っ鼻で、一見すると豚顔の人間なのだが、顔の側面にある耳はやはり三角形の豚のものだった。


 や、やっぱり……、人間じゃ無いんだな……?

 豚人間……??

 それとも、豚の獣人、とかなのだろうか???


 ゴクリと生唾を飲む俺。

警戒しつつも、何をしているのかと相手を注視していたところ、どうやら彼は牧場仕事の真っ最中のようだ。

 干していた藁束を鎌で細かく切り刻み、それを手押し車に乗せて、牛舎へと運んで行った。

しばらくすると戻って来て、井戸から水を汲み、家の周りの小さな畑に水を撒き始める。

するとそこへ、何処からともなく小さな小鳥が飛んで来て、彼の肩に止まった。

その小鳥に対して彼は、なんとも優しそうな顔で微笑んだのだった。


……う~ん、なんだろうな。

もしかして、昨晩のは、やっぱり聞き間違いなのかしら?


その後も、グレコとギンロが起きるまで俺は、何かと忙しそうに仕事をする巨体豚人間の姿を、見るともなく眺めていた。










「わっはっはっはっ! それは、お前さんの話ではねぇよぉ!! 芋の話だべ!!!」


芋の、話?


「んだぁ~、エッホは芋の皮がたいそう嫌いでのぉ。ツルッツルの丸裸に剥かにゃあ、食べられねんだわ。けんど、お前さんは昨晩、皮のついたままの芋でも美味そうに食っとっただろう? それをエッホに、小せぇのに偉いもんだわ~と、話しとったんだえ」


 芋の、皮??


「芋の皮は剥くもんだべ!? おいは何も間違っちゃおらんべ!」


あ~、なるほど~、………そういうことね。


 朝食の席で、シシ婆さんと、孫息子のエッホだと紹介された巨体豚人間に、大いに笑われる俺。

隣のグレコも、その横のギンロも、ほら見てみろと言わんばかりに、含み笑いをしている。


「それに、肉が食いたきゃもっとでかい奴を#捌__さば__#くべさ? お前さんは小ぃ~こすぎて、腹の足しにもならねぇべ。わっはっはっ!」


 あはははは~。

笑えな~い、エッホさん、笑えないよそれ~。


 聞くところによると、豚っ鼻のこのお二人、【ハーフオーク】という種族らしく、人間では無いとのこと。

 【オーク】という種族は、前世の知識の中にも情報が残っていて、猪のような外見の種族だと記憶している。

 ハーフオークは、つまりオークと他種族との交配種らしく、完全なるオークとは異なるのだとか。

 故に、巷ではパントゥーと呼ばれる事もあると、エッホさんが教えてくれた。


「しかしまぁ、お前さんら、南から来たってか? あのおっかねぇ森に住んでんだべ?? ほれ、虫だらけんの……???」


 おそらく、あの巨虫の森の事を言っているのだろう、エッホさんの表情はめちゃくちゃ険しい。


「あ~、えっと……。私たち、住んでいたわけでは無いんです。ちょっと……、立ち寄っただけで」


 言葉を濁すグレコ。

 さすがに、クロノス山のその向こうにある幻獣の森から来ました~♪ なんて、言えるはずが無い事は、俺でも理解出来る。


「んだども、あの森に立ち寄るたぁ、よほどの腕っ節なんだろうのぉ」


そう言ってエッホさんは、チラリとギンロを見た。

ギンロは、朝食の甘い蒸しパンが気に入ったのか、夢中で食べている為に、その視線には気付いていない。

 するとグレコが……


「あの、実は……、私たち、北にある港町ジャネスコに向かう予定なんです。それで……、そこへ至るまでの間に、村や町はありますか?」


 姿勢を正し、緊張した面持ちでエッホに尋ねた。


 実のところ俺達は、港町ジャネスコに向かう、という目的こそ明確だけれども、そこに至るまでの道筋というか、どれくらいの距離があって、どれだけの日数がかかるのかとか、全てにおいて何も知らない。

 グレコ曰く、エルフの隠れ里で情報をくれた元遠征隊の者の話によると、「4、5日かかる」との事らしいが……

 さすがにその4、5日を、全て野宿(キャンプ)で乗り切るという事は避けたいと、グレコは考えているようだ。

 やはり屋内で、ベッドで眠る事の心地良さは、何物にも変え難いという事だろう。


 ……まぁ俺は、ベッドがあろうが無かろうが、何か不安要素があると眠れないのだけどね。

 小心者だから仕方がないよね〜、はははは〜。


「あぁ、村なら二、三あるでなぁ。おいも昨日、一番近くの村まで出掛けとったでよ。馬車で半日ほど行ったとこさ、猫型の獣人が暮らす村だべ。そこで良けりゃ、おいが馬車を出してやるで、食べたら行くかぁ?」


 ん? おぉっ!?

 馬車ですとぉっ!??


「いいんですか!? やったぁ♪」


「助かります、ありがとう!」


「かたじけない、エッホ殿」


予期せぬエッホの申し出に、喜ぶ俺とグレコ、ぺこりと頭を下げるギンロ。


 いや〜、良かった良かった〜。

 港町ジャネスコまではまだまだ距離がありそうだし、ずっと歩いて行くのかなって、かな〜り心配してたんだよな。

 ほら俺、一応最弱種族だから、体力も無いし、ついでにそこまでガッツがある方でも無いからさ。

 いや〜! 良かった良かった〜!!

 

 ホッと一安心し、胸を撫で下ろす俺。

その時だった。

 何やらズボンのポケットが、ゴソゴソっと動いて……


 んん? なんだ??

 何かがポケットの中に……、はっ!?

 わっ、忘れてたっ!!?


 そう、俺のズボンのポケットには、あの植物型魔物、マンドラゴラが入ったままだったのです。


 まさか、鳴き叫ぶのか!?

 今ここでっ!!?

 やっ、やめっ……、やめてくれぇえっ!!??


 一人、あわあわと狼狽える俺。

 しかしながら、マンドラゴラが鳴き叫ぶ事はなく。

 ドキドキしながら、そっと視線を下に向けると……


ん? あれ??

 なんか……、しおれてない???


ポケットから覗くマンドラゴラの頭に咲いている紫色の花が、知らない間に縮んでしぼんで、力無く垂れ下がっていた。

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