84:再出発

旅立ち前夜。


母ちゃんの美味しい手料理を食べて、ポポたちダッチュ族の子供達の様子を見に行った後、俺は再度ガディスに会いに行った。

夕方、話をしようとガディスを探したのだが、どうやらまた長老に頼まれてタイニーボアーを狩りに出ていたらしく、会えなかったのだ。

 

いやはや……、ガディスよ。

お主、長老に顎で使われてるとは思わぬのか?

そのように頻繁にタイニーボアーを狩れば、彼らが絶滅してしまうぞ??

と、ガディス風に考えてみたのだけれども、この森にタイニーボアーがどれくらい生息しているかなど知らないので、横槍を入れるのはやめておいた。

ガディスなら、その辺りもしっかり考えているだろうしね。


 月明かりを頼りに道を歩き、ガディスの住まいに行くと、昨晩と同じように、丸くなった格好で寛ぐガディスがそこにいた。

 目を閉じてはいるけれど、耳が立っているので、恐らく眠ってはいないだろう。

 俺は、側に置かれているピグモル用の椅子にそっと腰掛けて、ガディスに話し掛ける。


「ガディス、ギンロに何か言ったでしょ?」


 俺の言葉にガディスは、ピクッと耳を震わせて、片目を開いた。


「何か、とは?」


「昼間、ギンロが突然、仲間になるって言ってくれたんだ。とっても嬉しいし、凄く心強い。それで……、たぶん、ガディスが何か言ってくれたんだろうな~って思って」


 ありがとうの意味も込めて、にししと笑う俺。

 するとガディスは、ふ~んと大きく息を吐いて……


「ふむ……。モッモよ、お主は時に、その見た目に全くそぐわぬほど、勘が鋭いな」


え? は??

 ……なんかそれ、ちょっと失礼じゃない???


 まさか、こんなにナチュラルにディスられるとは思っていなかったので、俺は鼻の穴を膨らませて憤慨する。

 しかしながら、そんな俺の様子なんてお構い無しのガディスは……


「なに、ギンロには、我の生い立ちを話して聞かせたまでだ」


 と言った。


「ガディスの……、生い立ち?」


 首を傾げる俺。


「モッモよ、お主には、我が純粋なフェンリルのように見えるか?」


うん? えっと、それは……??

 う~ん、そんな事言われてもなぁ……???

そもそも俺は、フェンリルなんて種族、ガディスとギンロしか見た事ないしなぁ~。


「ん~、分かんない!」


 俺は素直にそう答えた。

 苦笑いするガディス。


「まぁ……、そうであろうな。実のところ、我は純粋なフェンリルではない。我もギンロと同じく、パントゥーなのだ」


「えっ!? 嘘っ!!? それは……」


全然思ってもみなかった事だ。

まさかガディスが、半分フェンリルで、半分は違うなんて……、本当に?


「驚くか? それもそうであろうな。我は見た目こそ完全なるフェンリルに近い。体格も、力も、他のフェンリルになんら劣らぬ。しかしパントゥー故、フェンリルであれば使えるはずの人化の術を、我は使えぬのだ」


あ……、あ~なるほど!

 そういうパターンもあるのか!?


 以前、ギンロにちょこっと聞いたことがあったな。

 フェンリルとは、普段の姿がガディスのような巨大な狼であって、人化の術とやらを行使して、自由自在に人の姿になれるのだとか。

 ギンロ自身はパントゥーだから、普段は犬科の獣人のような姿だけど、獣化の術と人化の術、その両方を使えるらしい。

(今のところまだ、そのどっちの術も見せてもらって無いけどね!)

 だけどもガディスの場合は、パントゥーだからこそ、人化の術を使う事が出来ず、ずっとこの巨大な狼の姿のままだという事か……


「我は、父こそ兄者と同じだが、母は闇の精霊であった」


はっ!? なんっ!?? 何それっ!?!?

 お母さんが闇の精霊って……、そんな事もあるのねっ!??!?


「兄者は、面白くなかったのであろうな。純粋なるフェンリルである自身に対し、パントゥーであり人化の術を使えもしない弟……。しかし、実際に力があったのは、兄者よりも我であったのだから」


「……え? でも……、じゃあ、どうして負けたの?? ガディス、言ってたじゃないか、その……、王を決める戦いで、お兄さんに負けたって……???」


 いったい、どういう事なんだ????


「これは、兄者自身も知らぬ事だが……。兄者の配下の者が、当時我が好いていた者を人質にとってな。皆の前で我が兄者に負けねば、その者を殺すと脅してきたのだ。なんとも汚いやり口だったが、それほどに兄者を王にと願う者がいると分かり、我は敗北の道を選ぶ事とした。そうとも知らず兄者は、我を打ち滅ぼせる事に嬉々として、我が敗北を認めた後も、攻撃を繰り返した……。あまり思い出したくもない過去であるが、それが事実である」


な……、なるほどぉ……

ガディスにも、そんな複雑な歴史があったのか。


「ギンロにはこう言った。《同じパントゥーである我を見て、弱者と思うか否か。我を強者と思うのならば、それはお主とて同じ事。世界を旅し、経験を積み、力をつければ、パントゥーとてフェンリルの王になれる日がくるやも知れん。その最初の王となれ!》とな……」


 なっ!? なるほどぉ~!!!

なんかこう、ギンロが好きそうなカッコいいセリフだわそれ。

 さすがガディス、頭が良過ぎるだろこんにゃろめ。


「ギンロは、まだよわい十五故、身も心も幼い。あやつはまだまだこれからだ。自分の限界なぞ、語る年ではない」


……へ? えぇ~!?

ギンロって十五歳なのっ!??

嘘だろ、俺と同い年じゃんっ!???


 目玉が飛び出そうなほど、驚く俺。

 あんなに強くて頼りになるギンロが、まさかまさかの、タメだとは……

 しかし、すぐさま考えを改めた。


そうか、十五歳かぁ……

うん、なんか、納得出来る部分もあるな。

年齢を聞いてからだと、これまでのギンロの数々の言動の真相が、ようやく理解できるというか……

よ~く考えれば、中二病的な発言も多々あったしな、うんうん。


 俺が一人納得していると、寝そべっていたガディスが、のっそりと身を起こした。

 そして……


「モッモよ、お主は小さく、力もないが、並外れた知性があると我は見ておる。どうか、ギンロをよろしく頼むぞ」


 俺に向かって、深々と頭を下げてきたでは無いか。

 その姿は、いつぞやの、ギンロに俺を託す保護者のようなグレコと重なって……


「なんかガディス、ギンロのお父さんみたいだね」


 クスッと俺は笑った。


「ぬ? お主が言ったのだぞ、同族は家族も同じだと。我はその考えに賛同したまでだ」


 スンっとした、冷めた目をするガディス。

 まぁなんだかんだ、ガディスも面倒見がいいって事だ。

後付けのようなその言葉も、表情も、もはや照れ隠しとしか受け取れない。


「しょうがないなぁ! 任せておいてっ!! 僕がギンロを、一人前の男にしてあげるよっ!!!」


調子に乗りまくりの俺の言葉に、ガディスは優しく微笑んだ。









「青か黒か……。ならば、我は黒がいい」


そう言って、ギンロは黒い宝玉のついた絆の耳飾りを、ピーンと立った三角の耳につけた。


「けど、一つ余るわね。またいつか、もう一人、仲間が出来るって事かしら?」


 残った青い宝玉の耳飾りを見つめて、グレコはそう言った。


「もう一人と言わず、何人でも仲間は欲しいけどね!」


ふんっと鼻息荒く言った俺に対し、グレコとギンロが笑った。


今朝は珍しく、テトーンの樹の森では雨が降っている。

しかし、そんな天気など全く気にせず、旅立つ準備は万端だ。


「モッモ! これを持って行っておくれよ!!」


見送りに来てくれたポポが、何かを差し出している。

まさか……、また芋虫じゃないだろうな?


恐る恐る受け取ったそれは、村の周りによく咲いている、小さな白い花の花束だ。


「これは……?」


「その……、あたいらの里に、供えて来てくれないかい? 遠回りになっちゃうかも知れないけど、お願いしたいんだ! あたいらはもう、あそこへは行けないから…… 」


俯くポポ。


そっか……、そうだよな……

ポポはもう、里には戻れない。

 故郷には二度と帰れないんだ。

ダッチュ族の子供達は皆、自分の家族が眠るあの場所に、花を供える事さえ出来ない……


 俺は花束をギュッと握り締めた。


「分かった! 供えてくる!! 大丈夫だよ、全然遠回りなんかじゃないからさ。ちゃんと、供えてくる!!!」


「あ……、ありがとう、モッモ!」


 泣きそうになりながらも、ポポはニッコリと微笑んだ。


「うん。その代わりにって言ったらあれだけど……。次に僕たちが帰ってくるまで、ちゃんと卵を温めてておいてあげてね。僕、ポポやみんなの、弟や妹達に、絶対会いたいからさ」


「うんっ! うんっ!! 約束するよっ!!! だからモッモも、ちゃんと村に帰ってくるんだよ!!!! あたい、待ってるからっ!!!!!」


互いの今後を約束し、俺とポポは固い握手を交わしたのだった。

 

「じゃあみんな! 行ってくるねっ!!」


村のピグモル達、テッチャにガディス、ポポたちダッチュ族の子供達に見送られ、俺とグレコとギンロは旅立った。

みんなが見えなくなるまで、大きく手を振って……


「さっ! 導きの腕輪の出番ね!!」


 一番に足を止めて、俺を見るグレコ。

 その髪色は、ほぼほぼ金髪で、かなり渇いているように見える。

 だけども、本人は特に問題が無さそうなので、今は触れない事にした。


「あっ、はいっ!」

 

 グレコに促されて、服の袖をまくり、導きの腕輪を剥き出しにする俺。


「体に触れればよいのだな?」


 ギンロはそう言うと、すぐに……


ムギュ!


「はあぁ~んっ!?」


遠慮なく、俺の尻尾を掴んできたではないか。

 そのせいで、非常にセクシーな声が出てしまった。


何故、そこ!?

 何故、尻尾チョイス!??


 脳内がプチパニックに陥る俺。

 だけども、隣に立つグレコが……


「ほら! 変な声出してないで、行こっ!!」


ムギュギュ!


「あはあぁ~んっ!??」


グレコがギンロを真似して、俺の尻尾を掴んだではないか。

 身体中が、何とも言えない感覚に襲われて、全身にゾワゾワが広がった。


やめてよぉっ!? 尻尾はやめてよぉっ!??


心の中で叫び声を上げながら、俺は導きの腕輪に手をかざしたのだった。


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