82:強くなれ

「ねぇガディス、ギンロの話を聞いてあげてよ」


「断る」


「なんでさ? ガディスの甥っ子だよ??」


「そのような者、我は知らぬ」


「知らなくてもほら、同じフェンリルの仲間じゃないか。遠くからずっと一人で旅してきたんだから、話を聞くくらい、してあげてもいいんじゃない?」


月明かりの中、ガディスに話しかける俺。


テトーンの樹の村の近くに引っ越してきたというガディスの新居は、以前の様相とさほど変わりがなく、風通しの良い木々の間の平地に位置していた。

ただ少し、以前と違うのは、よくここへピグモルがやってきているのだろう、小さなピグモル用の木の椅子が、いくつか無造作に置かれている。

そのうちの一つに腰掛けて、俺は説得を試みていた。


 ギンロには、出会ってから今日に至るまで、たくさんたくさん助けて貰った。

 その優しい心一つで、見返りも求めず、己の命を投げ打ってでも敵に向かっていくギンロの勇猛さは、賞賛に値するものだ。

 そんなギンロに俺は、密かに憧れていたのだろう。

 だから……


 ギンロが困っているのだから、俺に出来る事なら何でもするぞっ!


 そう意気込んで、俺は今、ここにいるのである。

 椅子に腰掛けて、じーっとガディスを見つめる俺。

ガディスはというと、俺の説得を聞くのが嫌なのだろう、眠そうな素振りを見せて、犬のように小さく丸くなっている。

しかし、フェンリルは夜行性の生き物のはず……

絶対に眠くなんかないでしょうが!!!


「ギンロと話すって言ってくれるまで、帰らないからね!」


 ガディスが大人しいのをいい事に、強気な態度で攻める俺。

 すると……


「お主ならどうする、モッモ……?」


おっ! ようやくまともに返事をしてくれたぞ!!


 こちらを見る事なく、ボソッとガディスがそう言った。

 チャンスだと言わんばかりに、俺は椅子から立ち上がる。


「そりゃもちろん! 話を聞くさ!! だって、同じ種族なんだよ? もはや家族みたいなものでしょ!? それに、ギンロは本当にガディスの家族じゃないか! だって甥っ子なんだから!! 僕なら、絶対に話を聞くねっ!!!」


 さあっ! 一緒にギンロの話を聞きに行こうっ!!

 ……と、俺が言おうとした時だった。


「そやつが、己の命を奪おうとした相手の倅であっても、……か?」


 …………………え?


「命を、奪う……? なんで??」


 頭の中がフリーズする俺。


それって、ギンロのお父さんに、ガディスが殺されかけたって事?

この、強いガディスが??

そんな事って……、あるのだろうか???


 顔を上げたガディスは、俺を真っ直ぐに見つめながら、これまでの事を話してくれた。

 何故、ここまで頑なに、ギンロを拒むのか……、その理由も。


「あやつの父は、我の兄者……、名をローガという。ローガと我は、一族の王を決する戦いにて、己が命を懸けて戦った。我はその戦いに敗れ、深手を追い……、とある魔法使いに救われて、今ここにいるのだ。決して、あのギンロという倅に恨みがあるわけではないが……。あやつの目、ローガにそっくりだ、気に食わん。それに話というのも、大方の察しはつく。その上で我は、あやつと話をするなど無意味だと考えておるのだ。我はここを離れる気は無いのでな」


そ、そんなぁ……

 よく分からないけど、こりゃ俺が思っていた以上に、確執がありそうだぞぉ~?


「でも……。でも、話を聞いてあげないと、ギンロは前に進めないよ?」


 尚も食い下がる俺。


「それはあやつ自身の問題だ、我には関係ない」


「うっ!? で……、でもぉ……」


どうしよう、なんて言えばいいのだろう?

 ああ言ったらこう言われて、全く勝機が見えないぞっ!?

体の大きさも、威厳も、力の強さもガディスに劣るというのに、俺は口でもガディスに負けるのか!!?

そんなの……、そんなの嫌だ!!!


「ギンロは……、ギンロはね、僕の仲間なんだ……。だから、ギンロが前に進めないと、困る……、僕が困る。僕が困ると、ガディスも困るでしょっ!?」


 俺のめちゃくちゃな言葉にガディスは、あからさまに引いている。

 なんだその子供じみた屁理屈は? とでも言いたげな顔をしているのだ。


 くぅ~……、恥ずかしいっ!

 こんな事しか言えない自分が恥ずかしいぃっ!!

 で、でも……、他に言いようがないし、正直なところ、嘘をついているつもりもない。

俺にとってギンロは、もはや仲間だし、大切な友達なんだ!!!


「ふぅ……、頑固なピグモルには困ったものだ……。ギンロよ、そこにいるのだろう? 出てこい」


…………ふぇ???


ガディスの言葉に後ろを振り返ると、木々の陰からギンロが姿を現した。

月の光に照らされて、青みがかった銀色の毛並みがキラキラと輝く。


 なっ!? いつからそこにいたのさっ!!?

 全然気付かなかったっ!!!


「先刻は済まなかった。少々、我も驚いたのだ」


 驚いた事に、ガディスが謝ったではないか。

 予想外の展開に、目をパチクリする俺。


「いや、我の方こそ謝罪申し上げる。貴殿の領地に無断で足を踏み入れた上、不躾な事を口にした……、誠に申し訳なかった。ガディス殿が驚かれるのも、お怒りになられるのも当然の事。しかし……、どうしても、伝えなければならぬ事があるのです」


 ギンロが懇切丁寧に、敬語まで使って話す様に、これまた驚いて目をパチクリする俺。

 そんな俺の事なんてほったらかしで、話し続けるガディスとギンロ。


「ローガのことか?」


「如何にも……。近頃のビースト・バレイでは、グリズル一族が力をつけつつあり、我が父ローガの力では戦況が芳しくなく、フェンリルの縄張りは狭まる一方。このままでは、やがて形勢が逆転し、そうなればフェンリルは……」


「山を追い出される、か……。良いではないか、外界も悪くはないぞ?」


「なっ!? し、しかしっ!!? ……しかし、小さき童も数多くおります故、それらを引き連れ山を出るは至難の技。アンローク大陸にはもはや、フェンリルが生き残れる地は他にありませぬ。二つの魔法大国が栄え、大地は魔法族で溢れておる。そこへフェンリルが入り込むなど、それこそ争いが絶えぬ事に……」


 俯くギンロ。


「ならば、お主が前線で戦えば良い。ローガはもう歳だ、老いた体は一族の王の重責には耐えられぬだろう。若いお主が、新しい王となりて、フェンリルを守るが良い」


「それは……、出来ぬのです……」


「だろうな。ローガがそれを許すまい」


ここまで話して、ガディスもギンロも黙ってしまった。


……えっ? えっ??

今ので話は終わり???

なんか、めっちゃ中途半端じゃないっ!?


なんとな~く、話の流れを掴んでいる(と思う)俺は、そっと口を挟む。


「あのぉ~。どうしてギンロが王だと駄目なんですか?」


「……………」


「……………」


俺の言葉に、ギンロはいつもの無口を貫いて、ガディスはギンロを見つめたままで答えてくれない。


え~、どっちでもいいから答えてよぉ~。

 分からない俺に説明してくれよぉ~。

 頼むよぉおぉ~。


 俺が心の中でいじけていると……


「我が、パントゥーだからである」


そう言ったのは、ギンロだった。


「フェンリルの血を半分しか引かぬ我には、一族の王になる資格などない。我が父ローガは、ガディス殿を連れ戻し、一族の王となってもらう、と……」


 ギュッと両手の拳を握り締め、顔を歪ませるギンロ。

 ギンロのこんな表情は、初めて見る。

 悔しくて、情け無くて、そんな自分が許せない……、っていう顔だ。


「まことに、身勝手な話だ……。ギンロよ、お主、何故我が一族の王を決する戦いに挑んだが、知っておるのか?」


 ガディスの問い掛けに、ギンロはこくんと頷いて……


「ガディス殿は、他の種族との交わりを禁ずる我らフェンリルの掟を変えようと、我が父ローガに進言したとか。しかし父は、それは断固として受け入れられぬと……。掟を変える為に、ガディス殿は父に戦いを挑んだのだと、聞いております」


「その通り。ローガは、我の考えを真っ向から否定した。他の種族と交わるなど、フェンリルの衰退に拍車をかける事になる、とな……。しかし、ローガの倅であるお主はパントゥー。何がどうしてそうなったのか、ほとほと理解に苦しむ。ローガは、何故他の種族と交わったか……? あれほどまでに嫌悪し、己が弟の命すら奪おうとした奴が、何故……?? 我には到底理解できぬ。そして、そんな奴の為に、我が命の恩人である魔法使い殿との約束を破るなど、到底できぬ頼み故。ギンロよ、我はここを離れぬ。我は、この命が尽きるまで、この地で生きて行くと心に決めておるのだ。魔法使い殿との約束を守り、この地に暮らす者達の守護者としてな」


 ガディスはそう言って、俺をチラリと見て微笑んだ。


「しかし……、さすればフェンリルは、この先どうすれば……? このままでは、フェンリルは……。我は、どうすればよいと言うのか?? 我一人、何も得ぬままに、山に帰るわけには行かぬ……」


暗い表情のギンロの問い掛けに、ガディスがその鋭い瞳を光らせる。


「先程から聞いておれば、お主はまるで、一族を背負っているかのような物言いだな、ギンロよ。その若さで、見上げたものだ。しかしながら、そのような考えは捨てる事だ。王であるローガは衰え、代わりになる者もおらぬとなれば、フェンリルはこの先衰退する一方。ならば、それで良いでは無いか。この世は弱肉強食。時代の流れに抗えぬ種族なぞ、滅びれば良い」


 嘲笑うかのように、ガディスはそう言い放った。

 その言葉に対してギンロは、一瞬驚いた顔になるも、すぐさまその表情を一変させた。

 その目は明らかに、敵を見る目だ。

 ギンロは、ガディスに対して、これまでに無いほど怒っていた。


「確かに、貴殿の言葉は正しい。この世は弱肉強食。弱きは肉となり、強きに食される。自然の理を変える事など不可能である。しかし……、しかしながら、貴殿は間違っておる。フェンリルは、弱者では無い、決して。時代の流れを作るは、我らフェンリルである。フェンリルが滅びる事など、未来永劫、無い」


 ギンロの目が、怒りに燃えているのが分かる。

 静かに話してはいるものの、全身から溢れ出る闘志が半端無い。

 まさか……、まさかとは思うけど、このままここで、ガディスvsギンロが始まってしまうのかっ!?


 ハラハラしながらも、見守る事しか出来ない俺。

 怒りを抑える事なく、剥き出しにするギンロ。

 そんなギンロを、ガディスはどこか優しい眼差しで見つめていて……


「ならば、答えは一つだ……。ギンロよ、お主が強くなればよい。何者にも負けず、何者にも屈せず、何者にも脅かされぬ、強き者となるのだ。純粋なフェンリルでなければならぬなどと戯言を言うお主の父の考えを、根底から覆してやれ。強くなれ、ギンロよ。そしてお主が、フェンリルの未来を、守るが良い」


 ガディスの言葉に、ギンロはまたしても驚いた表情になり、スッと怒りを忘れたようだ。

 

「我が、守る……? フェンリルを、我が………」


月明かりの中、照らし出された二体のフェンリル。

 その姿形は全く異なるが、心の中にある想いは、どこか似通っている。

 弱きを守る、一族を守る……、守る為に、強くなる。

 他の誰でもなく、自分自身が……


ザワザワと、周りの木々が夜風に揺れるのと同時に、俺の心も騒めいている。


なんだろう……

なんだか俺、すごい瞬間に立ち会ってる気がする!

 ここからきっと、ギンロの伝説が始まるんだっ!!

 そんな予感がするぅっ!!!


 鼻の穴を膨らまして、俺は一人興奮気味に、見つめ合うガディスとギンロを眺めていた。

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