78:二十一羽と十七個

「ふむ……。よし、全て取り上げたぞ。ポポよ、数はあっておるか?」


鼻先を泥で汚したギンロが尋ねる。


「十五、十六、十七……、うん、これで全員だよ!」


数を数えたポポが、ニッコリと笑う。


「けど、この小さい穴の中に、こんなに沢山で隠れていたなんてね……」


驚き、目を丸くしながら、俺は独り言のように呟いた。


 ポポが身を隠していたテトーンの樹の穴の中には、ポポの他にも沢山のダッチュ族の子供達が潜んでいた。

その数、子供が二十一羽、そしてまだ産まれてもいない卵が十七個もだ。

みんな、里が虫型魔物に襲われた二日前からずっと、このテトーンの樹の穴の中に隠れ、互いに励まし合いながら、なんとか生き延びた子供達だった。


ポポの話によると、里に着いてすぐ、里に残ろうと提案する長とそれに同調する者、反対に里を捨てて逃げようという者で、大人たちの意見が真っ二つに分かれてしまったらしい。

里を捨てようと言ったのは、ポポの父ちゃんと母ちゃん、主に小さな子を持つ親たちだったという。

 しかしながら、話し合いは平行線で折り合いが付かず……

そうこうしているうちに、里は虫型魔物に襲われて、子供達だけでも生き延びさせなければと、ダッチュ族の親たちは命懸けで、このテトーンの樹の根元の穴に子供と卵を隠したのだそうだ。


「この卵たちは、みんなあたいらの兄弟姉妹なんだ。大切なんだよ。だから、あたいらが温めて、ちゃんと産まれさせてあげるんだ!」


大事そうに卵を抱えるポポと子供達を見て、俺はまた泣きそうになる。


「では、急ぎ戻ろう。グレコが待つドワーフ殿の元に」


 ギンロの言葉に、俺はしばし考える。

子供たちの中には衰弱している子もいるので、早く安全な場所に移って、介抱してあげなければならない。

 だけども、この数は……


「う〜ん……、戻った後は、どうしよう……?」


 眉間に皺を寄せて、難色を示す俺。


 助けなくちゃ! と思う一方で、こんなに沢山の子供達が助かっていたとは、正直思ってもいなかった……

 いや、勿論良かったんだけどねっ!

 一つでも多くの命が救えるのなら、それに越した事は無いっ!!

 でも……、分かっちゃいたけど、この後どうすれば……?


 ボンザは良い人(良いドワーフ)だけど、とてもじゃ無いがダッチュ族の世話は見れないと言っていた。

 まぁ、そりゃそうだ、彼には彼の生活があって、仕事がある。

 それを、助けて来たから面倒見てね、なんて……、迷惑極まり無い、言えるはずがない。


「ここで考えいても仕方が無いであろ。グレコやボンザ殿の知恵を借りよう。我らだけでは、到底答えは出ぬ」


う~、確かにそうだ、ギンロの言う通りだな。

俺とギンロじゃ良い案なんて出て来やしないだろうよ。


「よしっ! 戻ろうかっ!!」


 気持ちを切り替えて(考える事を放棄して)、俺はそう言った。


「うむ。しかし、この大所帯……。二日がかりで森を歩いて行くのは、余りに危険である。モッモ、お主の力で、一度に移動できぬか?」


「おっと、確かに……。かなり大勢だから、出来るか分かんないけど……。でも、やってみようっ!」


 物は試しだっ! てやんでいっ!!


俺とギンロと、ダッチュ族の子供が二十一羽と卵が十七個。

全員が全員、俺の体に触れる事は不可能なので、ギンロが俺を肩車して、そのギンロにダッチュ族の子供たちが卵を抱えた状態でピタッと張り付いた。


……うん、異世界版、おしくらまんじゅうですねこれ。


「よし、いつでも良いぞ、モッモ」


「はいっ! じゃあ、行くよっ!! テレポート!!!」


どうか上手くいきますようにぃっ!!!


そっと導きの腕輪の青い石に手をかざして……


「おっ!? やったぁ!!!」


「成功であるなっ!!!」


瞬きするほどの一瞬で、俺とギンロ、卵を抱えたポポとその他のダッチュ族の子供達全員、ドワーフの洞窟までテレポートする事が出来た。

 そして……


「モッモ……? モッモ! ギンロ!! お帰りなさいっ!!!」


洞窟前のトロッコに腰掛けて、俺たちを待っていたグレコが、満面の笑みで駆け寄ってくる。


「グレコ! ただいまぁっ!!」


俺は遠慮なく、大きく広げられたグレコの腕の中に飛び込んだ。

なんとも言えない甘~い香りが、小さな俺を抱きしめた。









「それじゃあボンザさん、お世話になりましたっ!」


「お世話になりましたぁ〜っ!!!!!」


ぺこりと頭を下げた俺に続いて、ダッチュ族の子どもたちが一斉にお辞儀する。


「おおよ! もう来るんじゃねぇぞっ!?」


笑い混じりながらも、本気で、支部長ボンザはそう言った。


二十一羽と十七個のダッチュ族の子供達を無事に救い出した俺とギンロに感服し、支部長ボンザは、ダッチュ族の子供達全員に、温かいご馳走を用意してくれた。

まるまる二日間、何も食べず、何も飲まずに過ごしていた子供達の食欲は凄まじく、ドワーフ達が用意してくれた料理を、あっという間に平らげてしまった。

 しかも、まだまだ食べ足りないと、駄々をこねる始末。

 仕方なく、ドワーフ達は次々と料理を運んできてくれて……

 たぶん、相当な量の食料を消費したのだろう、お腹がいっぱいになって満足そうに地面に寝転がるダッチュ族の子供達を前に、ドワーフ達はみんなして酷く困惑した顔をしていた。

 

そんな状況だったから、これ以上の事をお願いするのはさすがに気が引けて……

 いったいこの先どうしようか?

 ポポや子供達にとって、安全な場所はどこか??

 どうしてあげるのが、彼らにとって一番良い事なのか???

 あれやこれやと、ボンザを交えて、俺達は議論した。

 そして出た、新たな答え……


「ダッチュ族の子供達みんな、テトーンの樹の村へ連れて行こう!」


 もはや八方塞がりとなり、かなり大胆な結論に達してしまった。

 しかしながら、これ以外に、取れる選択肢が無かったのだ。

 まだ、大人のダッチュ族が一人でも生きていてくれたら、話は別だったろうが……

 子供だけで、このままこの森で暮らすのはもちろんの事、ドワーフの国から乗船の許可が出たとしても、他の大陸に渡ってそこで生きて行く、なんて事も不可能だろう。

 子供達が安全に、安心して暮らしていける場所。

 そして、そんな子供達を見守り、時には助けてくれる大人が必要だ。

 その二つの条件を満たす場所は、俺の故郷であるテトーンの樹の村しかないと、俺達は結論付けたのだった。


「おめぇさんの村は、そんなに広いのか? こいつら結構食べよるが……、大丈夫かぁ〜??」


 備蓄していた食料が随分と減ってしまったのだろう、ボンザが心配そうにそう言った。


「大丈夫よ。いざとなったら、エルフの里からも支援するから」


 ドンッ! と胸を叩いて宣言するグレコ。

 なんとも心強いですな!


「モッモ、一つ確認しておきたいのだが……」


「ん? なぁに?? ギンロ」


 コソコソと、小声で俺に尋ねてきたギンロに対し、俺は普通のボリュームで返事をした。


「お主の村は、その……。まことに、このクロノス山の向こう、幻獣の森にあるのだな?」


 念押しするかのように、俺の瞳を覗き込むギンロ。


「うん、そうだよ!」


 嘘では無いので、サクッと答える俺。


「ふむ……、では、さすればそこに……、いや、よい。己が目で確かめる」


ギンロが何を聞こうとしていたのか、ちょっぴり気になるけども……


「モッモの村ってどんなとこ!?」


「魔物はいないのぉっ!?」


「お家はどうするの? あるの??」


「食べ物は!? 木の実や食べられる芋虫はいる!??」


ここはどこの幼稚園だよおいっ!? と、突っ込みたくなるほどに、ダッチュ族の子供達が口々にいろんな質問をしてきて煩いので、ギンロの話はまた後でゆっくり聞こうと思った。


「けど、こんなに大勢……、ピグモルたちは大丈夫かしら?」


「ん~、分かんないけど……。でもみんな、基本的にフレンドリーだから、なんとかなると思う」


「そうね! 長老もあんなだしねっ!!」


おいグレコ! 今サクッと、長老をディスったな!?

……まぁ、あんな、って言いたくなる気持ちはよく分かるけどさ。


「はいはい! じゃあみんな、さっきみたいに、ギンロにギュッとくっついて!!」


 号令をかける俺。


「は~いっ!!!」


異世界版おしくらまんじゅう、フューチャリング、グレコ。

 グレコにピタリと引っ付かれて、ちょっぴり嬉しそうなギンロ。

 そんなギンロに、肩車をしてもらう俺。


「じゃあボンザさん! 今度はテッチャと一緒に来ますねっ!!」


 敬礼ポーズをして、俺は導きの腕輪に手をかざした。


「おおよっ! またなっ!!」


ボンザや、見送りの為に洞窟から出て来てくれていたドワーフたちに手を振って、俺達はテトーンの樹の村へとテレポートした。

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