71:ゼコゼコって……、ぷぷぷっ。

「だから! そこの崖の下の凹地を!! 水で満たして欲しいって!!! 言ってるの!!!!」


『何故、朕がそのような事をせねばならぬっ!?』


「だから! あのうじゃうじゃいる!! 鎌手の虫型魔物を!!! 倒したいの!!!!」


『そんなもの、自分ですれば良かろうっ!』


「だから! 私たちじゃ力不足なの!! 助けて欲しいって!!! 言ってるの!!!!」


『何故、朕がそのような事をせねばならぬっ!? 朕は高貴なるウンディーネの皇族ぞっ!?? 助けて欲しくば首を垂れよっ! この忌々しい小娘めっ!!』


「どうして私が頭を下げなきゃならないのよっ!? あなた、精霊でしょう!?? 召喚されたなら、さっさと言われた事をしなさいよっ!?!?」


『何故、朕がそのような事をせねばならぬっ!?』


 ……うん、なんだろうな。

 この、水の精霊ウンディーネだという魚が現れてから、かれこれ数分経つのだが、グレコと魚の無駄な言い争いが終わらない。


 最初は俺が、結構丁寧に頼んだんだけど、


『何故、朕がそのような事をせねばならぬっ!?』


 という、決め文句で全て返されてしまって、カチンときたグレコが命令口調で応戦したもんだからもう……

 どうにもこうにも、にっちもさっちもいかないのだ。


「呆れて物も言えぬな。召喚された精霊が、役に立とうとせぬとは……」


 ギンロが、まるで汚物でも見るかのような目で魚を見る。


『何をぉっ!? 朕とて来たくてここへ来たわけではないわっ! 父君が勝手に、朕をこの薄汚い小物の契約の対象に任命されたのだっ!! しかし朕は、この小物が我が主とは納得しておらぬぞっ!!! どこの野獣とも知らぬ輩に、愚弄される筋合いは無いっ!!!! 謝罪せよっ、謝罪せよぉおっ!!!!!』


 ……うん、ややこしいね、すこぶるややこしい。


「さっきから黙って聞いておればごちゃごちゃと……」


 やべっ!? ギンロの毛が逆立ってる!??

 こりゃ~お怒りモードだぞっ!?!?


「分かった、じゃあこうしましょう」


 牙を剥き出すギンロを制止して、先程よりかは幾分か冷静な声色のグレコが、ずいっと前に出た。


「今から私があなたを喰らうわ。それで、あなたがそれに耐えれれば帰ってもいい。けど、耐えられなかったら働いてもらうわ」


 ファッツッ!?

 何それ!??

 どういう事っ!?!?


『ぬっ!? 何を勝手な事を言っておるのだ小娘めっ! そのような賭けに朕が乗るとでも思うか!?? この不届き者めぇっ!!』


「あぁそう、やらないのね? じゃあ、今すぐ焼き魚にして差し上げましょう。モッモ、火の精霊を呼んでちょうだい」


 グレコの赤い瞳が、今まで見た事がないくらいに鋭く光る。

 本気で怒ったエルフって、みんなこんな感じなのだろうか?

 めっちゃ怖い……


『ギョギョッ!? 火だけはやめてくれっ!!!!!』


 ギョギョって……、やっぱり魚じゃねぇかおい。

 しかも、火は苦手なんだな、かなり焦っている。


「そう、火は嫌なの? じゃあ、ここを水で満たしてくださる?? 私の気が変わらないうちにね」


 怖気付いた魚を前に、巨虫の根城が存在する凹地を指差して、勝ち誇ったようにニヤつくグレコ。


『ぐぬぬぬ……、朕を脅した事、後で父君に言いつけてやるっ!!!』


 勢いが半減した様子の魚は、負け惜しみのようにそんな事を言った。


「どうぞご勝手に。さぁ~早くしないと、火の精霊を呼ぶまでもなく、この火打石で火をつけて、丸焦げにしちゃうわよぉ?」


 自分の荷物の中から、わざわざ本当に火打石を取り出して、カッチカッチと擦り合わせ、火花を散らすグレコ。

 焼く気マンマンである……


『ギョッ!? ギョギョオォォ~!!? 覚えてろよっ!?!? 小娘っ!!!』


 叫び声を上げながら、魚は大きな丸い水の玉を口からポーン! と吐き出し、その中へスポッと入った。

 一瞬、逃げるのかと思ったが、そうではなく……

 その丸い玉は、ふわふわと宙に浮いて、崖の端までゆっくり移動した。

 そして、魚の顔が玉からにゅっと出てきたかと思うと……


 グゴゴゴゴッ……、ダババババババババ~!!!!!


 大口開けた魚の口から、滝のように水が流れ出てきたではないか。

 その勢いは凄まじく、辺りが水飛沫でいっぱいになり、霧のように白くなるほどだ。


 なっ!? なんじゃそりゃあぁっ!!?

 姿形も、声も、やる事も、全部が変だし醜いぞっ!?!?


 巨虫の根城がある凹地に向かって、滝のように落ちていく大量の水。


「キシャ~!」


「キッ!? キッ!!?」


「キシャアッ!? キキキィ~~~!!!」


 崖の下から、水攻めにあっているのであろう鎌手の虫型魔物たちの、断末魔の鳴き声が聞こえてくる。

 大量の水飛沫の為に、前方がどうなっているのか分からないまま、待つこと数分。

 ようやく魚が水の放出をやめたかと思うと、目の前には見事な湖が出来上がっていた。


「おぉ、凄い……」


 湖には、溺死したのであろう、鎌手の虫型魔物の死骸が大量に浮かんでいる。

 これもこれで……、地獄絵図だな、うん。

 

 凹地は完全に水で満たされており、その中央にあった蟻塚は水底に沈んでしまっていて、もはやギンロが忍び込む必要もなさそうだ。

 すると、ふわふわと水の玉がこちらまで戻って来て、中の魚がギョロリと俺たちを睨んだ。


『覚えておくぞ、野獣に、小娘に、小物めっ! この朕、水の精霊ウンディーネの第四皇子ゼコゼコをこき使った罪は重いぞっ!! あの世で後悔するが良いっ!!!』


 魚がそう言うと、宙に浮かぶ水の玉は、シュン! とどこかに消え去った。

 

「なんだったのだ……? モッモ、あやつはもう、契約を解除した方が良いのではないか?? 二度と見たくも無い」


 珍しく、ギンロが怒っていらっしゃる。


 俺は、精霊の何たるかとか、精霊がどんなものなのかとか、全然知らないけど……

 あいつは恐らく、精霊の風上にも置けない、とても非常識な奴なんだろう。

 契約がどうのとか、俺には身に覚えがないから全然分かんないけど、ギンロの言う通り、出来るならば解除したいね、うん。

 てか名前、ゼコゼコって………、ぷぷぷっ。

 あの姿形でそれは無いわ、面白過ぎるだろっ!?


「しっかしまぁ、力だけはちゃんと持ってたみたいね。もうこれ、私たちの出番、無いんじゃない?」


 目の前の、虫型魔物の死骸が大量に浮かんでいる湖を見て、グレコが言う。

 確かに……、さすがにここまですると、根城に潜んでいるはずのカマーリスっていうこの森の主も、生きてはいないだろう。


「そうだね……。これで生きていたら、本当に化け物だよ」


「ふむ。我が手で仕留められぬのは残念だが、長居も無用だ。引き返すとするか」


 ギンロの言葉に、俺とグレコが頷いた……、その時だった。

 俺のよく聞こえる耳が、妙な声を察知したのだ。

 どす黒い、地の底から聞こえてくるような、恐ろしい声を。


『許さぬ……、許さぬぞぉ~……』


 すると、ゴゴゴゴゴゴ! と、地面が大きく揺れ始めた。


「何これっ!? 地割れっ!??」


 立っていることもままならず、地面に手をつく俺とグレコ。


「くっ!? どうやら、生きておったようだな!!?」


 ギンロの目線の先にあるのは、沸騰しているかのように、ブクブクと大量の泡を発生させる湖。

 水面に当たって弾けた泡からは、何かが焼かれたような、焦げ臭くて、苦い臭いが漂ってくる。

 それと同時に、湖の底に沈んでいる蟻塚から、もくもくと土煙が上がり始めて、徐々に湖の水が薄汚い茶色に染まっていく。

 

『許さぬ、許さぬぞ……。殺してやる……。一匹残らず、殺してやる……。皆殺しだぁっ!!!!!』


 ドッパァアーーーーーーーン!!!!!


 ひゃあぁっ!?!?


 叫び声と共に、湖の真ん中から、巨大な何かが飛び出してきた。

 そのあまりの巨体、生物として歪な姿に、俺はどこを見ればいいのか分からず、ただただ目を見開く。


「なっ!? 何なのあれっ!??」


 叫ぶグレコ。


 湖から上がったその巨体は、まるで小さな山のようだ。

 虫特有の節のある体は黒く、虫らしからぬ黒い毛がそこら中に生えている。

 でっぷりとした下半身に比べて、棒のように細い(それでも丸太より太い)上半身には、馬鹿でかい鎌手がなんと四つもある。

 そいつは、まるで威嚇するかのようにそれらを擦り合わせ、ガシャガシャと音を立て始めた。


「こやつが、この森の主、カマーリス!?!?」


 ギンロの言葉に、俺はごくりと生唾を飲んだ。


 鎌手が生える長い胴体のその先には、三つの頭がある。

 それぞれが鋭い牙を持つ強靭な顎を備えていて、見るからに恐ろしい化け物だ。

 また三つの頭には、それぞれ二つずつ、虫特有のレンズのような大きな目があって、全部で六つあるその目は、夕日を浴びているせいか黄金色に輝いて見えた。

 そしてその目は、確実に、俺達を捉えていて……


『お前たちかぁ~? 俺様の城を、水に沈めたのはぁああぁぁぁぁっ!!???』


 ひっ!? ひえぇぇええぇぇぇぇっ!!!!!


 落雷のように轟いたその声、その余りの迫力に、俺は腰を抜かしてしまった。

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