51:墓石
「あそこだ」
ガディスの鼻先が向いている方向。
そこにあるのは、艶やかな、丸い形の、焦げ茶色の塊。
夕刻の西日を浴びて輝くそれは、墓石のようだ。
辺りにはまだ、地面を掘り返し、埋め直した土の匂いが残っていた。
「そ、そんな……」
俺は、力なくその場に崩れ落ちる。
まさか、こんな事になるなんて、思ってもいなかったのだ。
テッチャと出会ったのはほんの数日前。
関わった時間はたったの数時間……、いや、実際に話をしたのはほんとに数分だろう。
しかしそれでも、深い悲しみが胸にこみ上げてくる。
せっかく出会えたのに……
せっかく仲良くなれたのに……
せっかく、友達になれそうだったのに……
ガディスに連れられてやってきた場所は、テトーンの樹の村を出て、近くの小川を越えたさらにその先。
テトーンの樹の群生する森が終わり、南に広がる草原の一歩手前、ほぼ境目の辺りだった。
墓石のある場所は、日当たりの良い、開けた場所だ。
きっとここでなら、テッチャの魂も、静かに眠れることだろう……
ガディスを責める事などできない。
ガディスはきっと、みんなを守ろうとして、テッチャを……
けれど、あぁ……、どうしてこんな事に?
俺が、もっと早く村に帰っていれば良かったんだ。
もっと早く、傷を治していれば……
そもそも、巫女様に噛まれさえしなければ……
あの時、好奇心で、海側に進まなければ……
悔やんでも悔やみきれない。
俺のたった一つの判断で、気の迷いともいえるような行動で、テッチャは死んでしまったのだ。
「うぅぅ~。テッチャ~……」
涙を抑えきれず、嗚咽を漏らす俺。
「すまない、モッモ……。それほどまでに親しい者だとは知らずに、我は……」
ガディス……、俺は、君を責めやしないよ……
「モッモ……。泣かないで? 仕方のない事なのよ。この世は弱肉強食。弱く知恵のない者は、強者には勝てないの……」
グレコ……、いや、その……
今の俺に対して、その台詞はちょっと……、きつくないかい?
「んん~? おぉ、やっと来てくれたかモッモ~」
……あぁ、テッチャの声が聞こえる。
俺を待っていたんだな。
死んでも尚、俺を待って……、え?
「お~い、何しとるんじゃぁ? はよぉ〜、ここから出してくれんか~??」
俺は、バッ! と顔を上げた。
どこから声がするのかと、四方を見回す。
グレコも同様に驚き、辺りに目を凝らす。
そして、ほぼ同時に、俺たちの目はそれを捉えただろう。
西日の光に照らされて輝く、丸くて茶色い墓石。
その墓石に、なぜか白い目が二つ、現れている。
ま、まさか……!?
「テ……、テッチャ?」
「よ~う、モッモ~。おめぇ、まぁ~た泣いとるんかぁ?」
ヘラヘラと笑うテッチャが、そこにいた。
俺が墓石だと思っていた、艶のある丸い焦げ茶色の塊は、なんとテッチャの頭だった!
体のほとんどを土に埋められて、頭から先だけを地面から出した、テッチャの生首!!
そう、なんと……、テッチャは生きていたっ!!!
「テッ!? テッチャ~!!!」
「いんやぁ~、わしが驚いたのなんのってもう……。まさかこの森に、世界有数の危険肉食魔獣、フェンリルがいるとはのぉ~。それもかなり大型ときたもんじゃ! おったまげるにもほどがあるってもんじゃよっ!! ガッハッハッ!!!」
ガディスによって、地面から引っこ抜かれたテッチャは、開口一番そう言った。
身体中泥塗れで、土臭いその姿はまるで根菜だ。
引っこ抜かれた時も、まるで畑で収穫された大根の様に、スポーン! と小気味良い音を立てて、テッチャは飛び出てきた。
その余りの面白さに、半べそかきながらも俺は、ブッ!? と吹き出しまったほどだ。
「すまなかった。お主を我らの敵と勘違いしたのだ。この通り、謝罪し申す……」
ぺこりと頭を垂れるガディス。
「いやいや、わしも悪かった! 不用意にピグモルの村に近付いたのはわしじゃからの。しっかしまぁ、モッモよ……、そろそろ泣くのをやめんかの?」
引き気味の表情で、俺を見るテッチャ。
俺はというと……
「うえっ! うえっ!! だってぇ~、うええええぇっ!!!」
あまりに驚いたのと、テッチャが生きていてくれて嬉しいのとで、訳が分からず大泣きしていた。
良かったぁっ!
テッチャが生きてて良かったよぉおっ!!
ビエェエェェェ~!!!
「も~、モッモ~。うるさいわよぉ~?」
おいグレコ! そこは慰めろよっ!?
その迷惑そうな顔もやめてっ!!
「だぁってぇっ! うめっ!? 埋めたって、ガディスが言うからぁ~!! あ~ん、あ~んっ!!!」
もう涙が止まらなぁ~いっ!!!
「ぬ? 我のせいか?? 確かに、埋めたとは言ったが……。息の根を止めたとは言っておらぬぞ」
ガディスてめぇこの野郎!
ややこしいぞっ!!
俺がどんだけびっくりしたか、考えてみろ馬鹿野郎っ!!!
「まぁ、危うく死にかけたがのぉ……。さすがに土の中で丸二日は……、気持ち悪かったのぉ~」
未だ払い切れない、体に着いたままの泥土を見ながら、テッチャは苦笑いする。
「けどあなた、エルフの隠れ里の地下牢で捕まっていたのよね? いったい何をしたの?? というか……、どうしてドワーフがここにいるの??? この辺りには、ドワーフなんていないはずだけど????」
さすがグレコ、丸二日も土に埋められていてようやく助け出された相手にも、容赦ない質問攻め……
「わしは採掘マスターと言って、世界中の鉱石や宝石を探して回っとる者じゃ。旅の途中で、【クロノス山脈】の麓にある、ドワーフ達の集落に立ち寄ったんじゃが……。あの山を見た途端、何故かその先へ行きたいと、強く思うての。採掘師の勘というやつかのぉ? 山の向こうには、何か、とてつもないお宝が眠っている、とのう……。もちろん、皆には止められたが……、それでも、心の内で火が付いた好奇心に、わしは勝てんかった。何人たりとも立ち入る事の許されぬクロノス山脈を越え、未開の地であるこの【幻獣の森】を、歩いてみたいと……、そう思ってしもうたんじゃ~」
そう言ってテッチャは、ガハハハッ! と笑った。
その言葉に、俺とグレコとガディスは、互いに目を合わせる。
ん〜っとぉ……、テッチャさんや。
今さらっと、よく分からない事を言いましたね。
何人たりとも立ち入ることの許されないクロノス山脈?
未開の地である幻獣の森??
ここはそんな場所だったのですか???
えぇ~……、マジか。
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