28:絶体絶命だあぁっ!!!!
ぐるぐると、右へ左へと怪しく蠢き、鋭く光る漆黒の瞳。
口元には、見るからに殺傷能力の高そうな、鋭い牙。
「それで隠れたつもりか?」
ひいぃぃぃっ!?
ばっ、ばれてるっ!??
なんでぇえっ!???
低く、唸るような声で話す闇の魔獣。
口の端をピクピクと痙攣させて、無数の牙を剥き出しにし、恐ろしい形相で威嚇している。
あまりの恐ろしさに、俺の小さな体は氷のようにカチンコチンに固まってしまっていた。
「ムーグル! そやつの武器を取れっ!!」
勢いよく頭を上げた魔獣は、とてつもない声で吠えた。
「ひっ!?!!?」
思わず声が出て、その場で小さく丸まる俺。
両手で頭を抱えてうずくまり、震える事しか出来ない。
ガタガタガタガタ
そうしている事数秒。
……あれ? 何も起きない。
体はどこも痛く無いし、武器も取られて無い。
……てか俺、そもそも武器なんて持ってないよな??
んんん???
「キャッ!? やめろっ! このっ!!」
背後で、悲鳴と、何やら争う音が聞こえる。
おそるおそる顔を上げて、ゆっくりと後ろを振り返ると……
あっ!? そっちかっ!!?
離れた場所にある茂みに隠れていたグレコが、沢山の鳥型魔物に取り囲まれて、構えていた弓を奪われているではないか。
それにあの鳥達は……、北の山々の麓で俺が遭遇した巨鳥にそっくりだ。
ただ少し、俺を襲った奴よりかは、幾分か体が小さいようだ。
ムーグルと呼ばれた鳥型魔物に体を小突かれて、茂みから強制的に姿を現させられたグレコ。
弓は奪われ、腰に短剣を装備しているものの、さすがにあれでは……
しかしグレコは、歯を食いしばり、自分の何倍もある巨大な魔獣を、臆する事なくキッ! と睨み付けている。
んなっ!? なんて勇敢なんだっ!
グレコ、君ほどに勇ましい女性を、俺は他に知らないっ!!
けど……、あまりに無謀だっ!!!
幸いにも、俺はまだ気付かれていない。
そっとこの場を離れれば、或いは助かるかも知れない。
だから……
俺の事はいいから、逃げろ、グレコ!!!!
「ほう? 珍しい事があるものだ。ブラッドエルフか?? エルフ族のはみ出し者が、このような場所まで足を踏み入れおって……。ここを我が領地と知ってのことか???」
「黙れっ! この、薄汚い闇の魔獣めっ!!」
魔獣の威圧感などものともせずに、声を張り上げて応戦するグレコ。
グレコ! 君は本当に、なんて勇敢なんだっ!!
けど、その返事は危険だっ!!!
あまりに危険だぞ!!!! グレコ!!!!!
アワアワと焦りながら、その様子を見守る事しか出来ない俺。
「おい、こやつか?」
魔獣が、何者かに尋ねる。
そこにいるのは、体中の羽が抜け落ちた、大きな鳥……、ん?
あっ!? あいつ!!?
山の麓で俺を襲ってきたやつだ!!!
羽が無いから分かり辛いけど……、間違いないぞ、あの特徴的な嘴、覚えてる。
だけど……、どうして全身、禿げてんだ?
そう、俺を襲ったであろうあの巨鳥は、何故か全身の羽が跡形もなく失くなっていて、料理される前の七面鳥のような哀れな姿で、魔獣の後ろに悲しげに立っているのだ。
そして、魔獣の質問に答えるかのように、か細い声でクエックエッ、と数回鳴いた。
「ふむ、こやつではないか……。しかし、ここへ来たからには命はないと思え。ここは我が森、我が領地ゆえ。女よ、貴様のような者が、無断で立ち入って良い場所ではないのだ。己の浅はかさを呪って、死ねっ!」
グワッと立ち上がり、グレコに向かって、魔獣は大きく右前足を振り上げる。
「くっ!?」
攻撃を避けようと姿勢を低くし、体制を整えるグレコ。
と、次の瞬間、俺は間近で見る魔獣のあまりの巨大さに思わず後退り、その拍子にうっかりと、まだ着慣れていないローブの裾を踏んづけて、スッテンコロリンし……
「アウチッ!?」
変な声を出して、派手に地面に倒れてしまった。
「ぬっ!? お主は……、ピグモルかっ!??」
「モッモ!?!?」
魔獣の低い声と、グレコの叫ぶ声が同時に聞こえた。
「へ? ……あっ!? 脱げたっ!??」
そう、ローブのフードが脱げている。
つまりは、魔獣の目の前に、俺の姿が完全に#露__あら__#わになってしまっていた。
ひいぃぃぃっ!?
やっ! やべえっ!!
本当にやべえぇぇぇぇっ!!!
絶体絶命だあぁっ!!!!
「クッ!? クエクエクエッ!! クッ、ゲッ、ゲギャアァッ!!!」
魔獣の後ろにいた丸裸の巨鳥が奇声を上げる。
すると、魔獣の顔が見る見るうちに怒っていって……
「何っ!? こやつが北より現れた侵入者だとっ!?? むぅ~……、いったいどういうことだ? 貴様のその姿はピグモルのはず……。はっ! まさかっ!? 貴様、強欲なる他種族の手先に成り下がった俗物かっ!?? よもや、己の欲の為に、仲間を裏切ったのかぁっ!?!?」
これまでで最大級の音量で、吠え立てる闇の魔獣。
周囲の空気がビリビリ鳴って、恐怖のあまり、俺の全身の毛が逆立ってしまった。
ひょおぉぉぉっ!?
なななっ、何ぃいぃぃっ!??
こここここっ、こいつぅっ!!??
何に怒っているのぉおおおんっ!?!!?
「許すまじ! 許すまじぞっ!! 反逆者は、死んで償えぇっ!!! 同胞を裏切りしその大罪!!!! あの世で後悔するがよいぃいっ!!!!!」
自らの全体重でもって俺を押し潰そうと、両方の前足を高く振り上げ、襲いかかる闇の魔獣。
前方では、こんな状況にも関わらず、揺り籠の中ですやすやと眠り続ける双子の妹達。
視界の端では、なんとか俺を救おうと、駆け出すグレコの姿が見えたが……、もう間に合うまい。
さらば、短かった俺のピグモル生よ。
決して楽な15年間では無かったけれど、それはそれで楽しかったぜ。
でも、来世はせめて、普通の種族に生まれたいな。
最弱はもう、こりごりだよ。
そうして俺は、頭上に迫った魔獣の肉球を見つめ、自分の最後を受け入れて、静かに目を閉じた。
ごめんね、母ちゃん……
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