26:案外タフねぇ

「おそらくだけど……、妹さん達は、今も生きているはずよ」


 グレコの言葉に、パッと顔を上げる俺。


「ほんとにっ!? でも、どうしてっ!??」


 どうしてそう言えるんだ?


「もし仮に、襲撃の目的が殺害ならば……、きっとこの場で殺しているでしょうし、お腹が減っていたのなら、わざわざゆりかごごと持って行ったりしない……、ここでぺろりと食べちゃうはずよ。そのどちらもしなかったという事は、きっと他に目的があったのよ。何か、妹さん二人を攫わなければいけない目的が他に、ね」


 なるほど……、って、おいグレコ。

 なんだか今、酷い言葉をいろいろ耳にしたぞ。

 ぺろりって……、俺の妹達の事をぺろりって!?

 やめてよっ! 縁起でもないっ!!

 グレコの言葉が村のみんなに通じなくて良かったわ、ほんとに……

 そんな言葉聞いた日にゃもう、みんな失神しちゃうわよ。


「で、どうするのモッモ。もちろん、助けに行くわよね?」


 グレコに問われ、俺は身も心も固まってしまう。


 本来ならここで、妹達を助けに行く! というのが、物語的な流れでいったらベターなのだろう。

 兄としても、神に選ばれし者としても、それが正解の行動だ、間違いなく。

 しかしながら、俺は、この世界で最弱のピグモルだ……

 助けに行ったとして、俺に何ができるんだ?


「妹さん達、助けたくないの?」


返事をしない俺に、グレコが質問を重ねて来た。


たっ!? 助けたくないわけないじゃないか!!?

そんなの、助けたいに決まっているっ!

だけど……

俺にはできない、不可能だ。

どうやったらそんな、ここまで村をめちゃくちゃに出来るやつと、戦えるっていうんだ?

 俺には、牙もなければ爪もない、おまけに武器もない!!

 魔法も使えないし、何か特別な力があるわけでもないんだぞっ!!!

 俺なんかが行ったって、きっと何も出来ずにお陀仏……、玉砕決定だろっ!?!?


「ねぇモッモ。もしかして、村を襲った奴を倒そうとか考えてる? えっと……、それはね、しなくていいと思うわよ??」


 へ? え??

 グレコ……、何言ってるんだよ???


「だって、じゃあ……、妹達を見捨てろって言うのっ!?」


グレコに対して発したはずの自分の言葉に、俺はハッとした。


そうだよ、俺がここで助けに行く選択をしなければ、妹達を、誰が助けるんだ?

俺は、妹達を見捨てるのか??

そんなの、絶対に嫌だっ!

 弱くても、勝ち目がなくても、やらなくちゃっ!!

 俺が二人を、助けなくちゃならないんだっ!!!


 しかしながら、強い思いとは裏腹に、体は緊張と恐怖でガッチガチだ。

 目には涙が溜まっているし、震える前歯がカタカタと音を鳴らし始めて、尻尾はいつも以上にキュッと丸まって小さくなっている。

 すると、そんな俺を見ていたグレコが……


「あ……、違う、違うのよ。そうは言ってない。あのね、私が言いたいのはね……、そう、戦う必要はないって事! つまり……、奪い返せばいいのよ、こっそりとね!!」


グレコの赤い瞳がキラリと光り、口元が笑った。


あ……、ん? おお??

 そっ、そうか……、そうだよ。

 そうだよそうだよっ!

何も、戦って、倒して、カッコよく妹たちを救う必要なんてない!!

こっそりと、バレないように、奪い返せばいいんだ!!!

 そして、俺にはそれが出来る、必ず出来る!!!!

 なんたって、神様がくれた秘密のアイテム……、隠れ身のローブがあるんだから!!!!!


「グレコ! ついて来てくれる!?」


「もちろん! すぐに行きましょっ!!」


 俺とグレコは、力強く頷き合った。



 


 




「モッモ、危険な事はしないでおくれ。モッモまで失ったら、母ちゃんもう、もう……、ううぅ~」


「大丈夫だよ母ちゃん! 僕は死なない!! それに、必ず妹達を……、マノンとハノンを、連れて帰って来るからねっ!!!」


 未だ涙が止まらない母ちゃんの手を、力強く握り締める俺。


「長老様、みんな、僕とグレコが帰るまでは、家の中に身を隠していて下さい! いつまたここに、奴が現れるかわかりませんからっ!!」


 俺の言葉に、みんな一様に不安げな顔になる。

 だけど、ちゃんと言わなくちゃ。

 この先に起こるかも知れない事を……、俺の想像できる範囲で、伝えなくちゃ。


「それと、もしかしたら……、この村を捨てなきゃいけないかも知れません。恐ろしい奴がこの森にいるとなれば、僕達は逃げるしかない。だから、もしもの時に備えて、旅立つ準備をしておいてください! 最低限でいい、荷物をまとめておいてください!! 村を捨てるのは悲しいけれど……。でもっ、命より大切なものなんて、この世には無いからっ!!!」


 俺は、両手をギュッと握り締めてそう言った。


 唖然、茫然とし、絶望するピグモル達。

 無理もない……、外界で絶滅したとされているピグモルは、何十年も、この森のテトーンの樹に守られながら、密かに生きてきたのだ。

 この場所以外に生きられる所なんて……、安寧の地なんて、何処にも無い。

 本当は、俺だって全く覚悟出来ていない。

 ここ以外の何処かに、移り住むなんて事……、俺達ピグモルに、可能なのか……?

 

 不安が脳裏をよぎる。

 だけど、俺が不安になってちゃ駄目なんだ。

 俺が……、俺が、しっかりしないとっ!


 震える体に力を込めて、みんなを安心させようと、俺はちょっとだけ、笑ってみせた。

 すると……


「分かった、後の事は任せろ」


 そう言ったのは、父ちゃんだ。

 俺の肩にそっと手を乗せて、勇ましい笑顔で何度も頷いてくれている。

 さすがは俺の父ちゃん、ピグモルの中で、最も勇敢な男だっ!


「ぼっ! 僕達もっ!! 行こうかっ!?」


 なんと、兄のコッコが同行を名乗り出たが、隣に立っている弟のトットは驚き慌てふためいている。

 父ちゃん譲りの勇敢さは認めるものの……


「いや、僕とグレコだけで行ってくる。兄ちゃんとトットは、母ちゃんと村のみんなを頼む!」


 よし、わかった! と頷くコッコと、ほっと安心したように頷くトット。

 君たちは100%足手まといだから、ここに残ってくれ!


「さぁっ! モッモの言う通りにしようっ!! 俺達に出来る事をやろうっ!!!」


 父ちゃんの掛け声に、周りに居たピグモル達は、戸惑いながらも頷いて、各々に動き始める。

 コッコとトットは、家の中に隠れたままのピグモル達に、俺の言葉を伝えようと走り出した。


 よし、これで万が一の事態になっても、村は大丈夫だろう。

 あとは、俺が妹達を、闇の魔獣から救うだけだっ!


「モッモ、どうやって行く? できるだけ早く助けに行きたいけど、そうなると、もしかして……??」


 グレコの顔が、ちょっと険しくなる。

 俺も、おそらくグレコと同じ事を考えていた。

 それは最低で、最悪の移動手段……

 だがしかし、今はそんな事言ってられない!

 一刻も早く、妹達を助けに向かわなければっ!!


「リーシェ! 聞こえるっ!?」


 空に向かって大声で呼びかける。


『あらぁ~? まだ懲りてないなんて、案外タフねぇ、モッモちゃん♪』


 どこからともなく、リーシェが現れた。

 その姿を見て、まだ近くに残っていたピグモル達が驚愕し、村は今日何度目かの悲鳴に包まれる。

 しかし、リーシェは体も大きくないし、見た目もこう(認めるの嫌だけど)キュートなので、ざわめきはすぐに収まった。


「僕の妹達が、闇の魔獣に攫われたんだ。今すぐ僕とグレコを、森の西側まで飛ばしてほしい!」


 リーシェの目を見て、俺はハッキリと言った。


『そう……。じゃあ、どんな扱いしても、文句言わないのよね?』


 にやにやと笑うリーシェ。

 ちょっとばかり……、いや、かなり不安だが、他に選べる手段がない!


「構わないよっ! だから今すぐ飛ばしてっ!! 早く、妹達を……、マノンとハノンを、助けたいんだっ!!!」


 俺の言葉に、リーシェはぴくりと眉毛を動かし、にやにやするのを止めた。

 すると今度は、にやにやではなく、可愛らしくにっこりと笑ったではないか。

 そして……


『いいわ。フルスピードで行くわよっ!? そおぉ~っれっ!!!』


 リーシェの掛け声を合図に、吹き飛ばされるような突風が俺とグレコを襲った。

 そして、体がぐわっと宙に浮くような感覚の後に、すぐさま地面に下ろされて……


『着いたわよ、森の西側♪』


 ……は? へ?? うん???


 訳が分からず、目をパチパチする俺。

 隣には、唖然とするグレコ。

 今の今まで背後にいたはずの村のみんなは、誰もいないし……

 周りの風景も、テトーンの樹こそあれど、見覚えのあるものでは無くなっている。


 えと……、つまり……、あん?

 何これ??

 ど、どうなった……、の???


『どう? あたしの本当の力……、凄いでしょう??』


 混乱する俺とグレコを他所に、ドヤ顔で、満足そうに笑うリーシュ。


 ま、マジで、一瞬で……?

 精霊の力とは、かくも素晴らしきものだったのか……??

 まさかとは思ったが……、本当に???


 そう、まさかのまさかである。

 俺とグレコは、瞬きをする間もなく、森の西側へと飛ばされていた。

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