4.バトル 2

「ツガワ、トロトロ走ってんじゃねー!」

「あ〜、何外してんだ!当てろ当てろ!」

「ぶっ殺せ〜!」

「いけっ、れ!」


 クロウニーの特攻隊の声が、校舎の二階から中庭に向かって投げつけられる。

 それは、声援というより、野次だった。

 アームレスリングに飽きた者が、一人、また一人と勇吾の横へふらふらと集まった結果が、だ。


 二軍の津川達が対戦しているのを、上から俯瞰ふかんし、親切なのかお節介なのかわからない声を飛ばしている。

 対戦相手の女子は、その声援に完全にビビっていた。

 きっと、ギブアップするのも時間の問題だろう。



 それを、テントの下で見ていた麗は、ポツリと一言。


「まぁ、お下品♡」


 紳士然とした服装と相まって、かなり上から目線のセリフだったが、誰も反論しなかった。


「う〜ん。こういうの見ると、やっぱクロウニーって、ガラ悪いって思っちゃうよね……」

 優が、批判に聞こえないように慎重に言葉を選んだ。

「対戦相手、完全に腰が引けてるじゃん」


 真琴は、戦場フィールドを駆け回る女の子達に同情の視線を向ける。

 真琴なら、絶対、絶〜〜対、こんな敵地アウェーはごめんだった。


「皆、降りてこないのかな」

 真琴の疑問に、近くにいた春樹が答えた。

「降りてこないでしょ。テントで待機してたのは、あくまでナンパが目的だったんだから。『ガチマッチ』に女子はほとんど出ないし、観戦するなら、あっちのほうが見やすいしね」

「ああぁ、そっかぁ……」

 どこまでも己の欲望に忠実な男達に、真琴は頭を抱えた。

 この調子で、一軍の試合にもヤジを飛ばされると、すっごくやりにくいのだが。


「有沢くん、あれ、なんとかならない?」

「――?なんとかする必要、ある?活気があって、いいじゃん」

 そうだった。大人しそうな雰囲気に忘れがちだったが、春樹もクロウニーのメンバーだ。彼は、こんな雰囲気には慣れっこなのだろう。


「……なんか、この学校の制服が学ランだったら、クロウニーって、変な形のズボンとか履いてそうだよな」

 と佐伯が呟く。彼が言っているのは、いわゆる「ボンタン」と呼ばれる、ヤンキー漫画などでよく見る、変形学生服のことだろう。

 かなり偏見に満ちた言葉だと、真琴たちはヒヤヒヤしたが、

「いつの時代のこと言ってるの〜」

 春樹は特に気にした風もなく、そんなわけないじゃんと笑った。


 だが、その言葉を聞いた真琴、麗、優の三人は思った。


 既に、ツナギが魔改造されているのだ。改造のしやすい学ランに、手を入れない道理はない!と。

 まぁ、現代の美意識センスを持った者達が多いから、ボンタンなどは穿かないだろうが……。


 と、そこで、真琴はある人物のことを思い出した。

 学ランと金髪、そして大阪弁がトレードマークの翔だ。

 誘った時、来ると言っていたが、まだ姿を見ていない。

 一体いつ来るのだろう。和也が連絡先を交換していたから、和也なら知っているかもしれない。


 そんな真琴の思考は、「うおぉぉ!」という歓声にかき消された。同時に、試合終了の笛が鳴り響く。


「あ、終わったみたい。次は、三年生だから、一軍で行こうか」

 あの中に?と思ったが、真琴に拒否権はなかった。


◇◇◇


 その後、休憩を挟みつつ、何戦かしているうちに、真琴はすっかりクロウニーの声援?野次?に慣れてしまった。


「マコト、足止めてんじゃね〜!動け動け!」

「うっさ〜い!こっちにはこっちの考えがあるの!」


 居場所がバレても構わないとばかりに、真琴が野次に叫び返した。

 その声に反応して、敵が向かって来る。

 真琴は、一緒に身を隠していたサイトーと視線を交わす。


「……完全試合まで、あと半分だね」

「行けるか?」

「誰に聞いてんの?」

「だな。……行くぞ」


 交わす声には、どこか怒りが潜んでいた。

 今、真琴達は、冷静に怒っていた。その原因は、この試合開始前に遡る。


◇◇◇


 その時の、受付はクロウニー特攻隊のハマーと、情弱モブ佐藤だった。


「お〜、ここじゃね?」

「やっべ〜。まじ気合い入ってっし。ウケるwww」


 ガチマッチ開催中の受付に現れたのは、なんだかチャラチャラした男達だった。

 彼女なのだろうか。非常にスカートの短い女の子の肩を抱き、いちゃつきながら彼らは中庭をダラダラと歩いてきていた。


 女連れの時点で、ハマーはムッとしていた。

 そこは、彼女いない歴=年齢だから、容赦してほしい。


「タクぅ、何これぇ」

「水鉄砲でバトルだってよwww」

「マジ子供騙しwww高校生がすっことかよwww」

「ウケる〜?」

 チャラ男達は、看板を見ながら、仲間内で話していた。だが、その声は大きく、周りに筒抜けだった。


 彼らのバカにするような笑いが聞こえてきたハマーは、ムカムカしたものの、ぐっと我慢した。ムカつくという感情のままに喧嘩をふっかけたら、幹部連中が奥に引っ込んでいた意味がなくなるからだ。


 ハマーはテントの奥にいるクロウニーのメンバーと、目と目で会話した。


 ――今の聞いたか?

 聞いた。

 ぶっ殺す?

 ぶっ殺さない。

 ……だよな。俺らも、大人になったな、と。


 だが、チャラ男達は、空気の読めなさにかけては一級品だった。

「ウハwwwめっちゃ走ってるwww」


 しくも、試合は今日一番の盛り上がりを見せていた。


 真琴達一軍に対するは、サバゲ同好会のメンバーだ。

 彼らは、サバゲの知識、動き方を応用し、真琴達一軍と一進一退の接戦を繰り広げていた。

 サバゲとは、銃とルールが違うため、なんとか一軍まことたちがリードしていたが、一瞬たりとも気が抜けない、ハイレベルな一戦になっていた。

 そのせいか、周りからの野次や声援も白熱していた。声援は既にクロウニーの特攻隊だけでなく、中庭の試合ゲームを観戦している者たちすべてから飛んでいる。


「なんかぁ、熱血ぅ?って感じ?」

 文節ごとに語尾を上げる独特の喋り方をするギャルの言葉に、イラっとするハマー。

 だが、女の子の発言なので、彼の堪忍袋の尾は、無事だった。

 ――これで、制服のボタンが二つまでしか開いていなかったら、どうなっていたかわからなかったが。彼女は幸運なことに、制服のボタンを三つ開けて、その谷間を強調していた。


 しかし、続いた男の発言は、ダメだった。


「ダセェ。今のやつ、女子にヤられたぜ。俺なら、秒で返り討ちだね」


 ぶちぶちっと何かが切れる音がした。


 秒で返り討ち?なら、その実力、見せてもらおうか。


 ハマーが拳を握り、ゆっくりと受付から出て行く。

 その後ろに、クロウニーのメンバーが続く。

 その中には、長谷川の姿もあった。

 春樹は受付奥で座っていたが、その顔は笑っていなかった。


 と、彼らの前に立ちはだかる者がいた。

 それは、一緒に受付をしていた佐藤だった。


「……んだよ」

 ハマーが邪魔そうに手を振った。だが、佐藤は一歩も動かなかった。


「我慢だよ、浜口君」

「あ゛?」

「だって、せっかくここまで盛り上がってるのに……」

 そう言って、ハマーを引き止める手は、微かに震えていた。


 こんなチキンだから、喧嘩を嫌うんだろう。

 事なかれ主義のいい子ちゃんめ。


 ハマーは、そう見下してしまった。

 だが、それは間違いだった。


「てめーはムカつかねーのかよ」

「ムカつくよ!」

 佐藤の思わぬ大きな声に、ハマーだけでなく、一緒に行こうとしていた他のメンバー達の動きも止まる。


 彼らに注目されて、佐藤は身をすくめた。だが、その口は閉じなかった。


「こっ、このイベントは、君たちが中心になってやってるけど、僕にとっても、ううん、にとって、もう大切なイベントになったんだ。だって、僕も君らと同じ、工業科一年だから。だろ!?」


「佐藤……」


「イベント、成功させるんだろ?だから、市ヶ谷君たちは表に出ないし、その分、準備、頑張ったんだろ?」


 勇吾たち幹部連中が、当日ノータッチになることについて、春樹は情弱モブたちにちゃんと根回しをしていた。準備期間、こき使っていいから、当日は勘弁してくれ、と。

 情弱モブたちは、勇吾たちの状況を理解し、その提案を受け入れていた。


 それに、情弱モブたちだって、文化祭は楽しみたいし、イベントは成功させたい。

 その気持ちは、もはやクラスメイト全員の共通意識だった。


 それに、今更気がつかされる。

「悪い……。そうだよな」


 クロウニーメンバーが多いせいで、完全にクラスを私物化していたことに気がついて、ハマーたちは反省する。


「クラスの中では、俺たちはだ。それを忘れるな」

 勇吾が常々言っていたことが思い出される。

 それは、こういうことなのだろうか。


 ハマーの握りしめた拳が、解けた。

 情弱モブさとうにここまで言われて、それでも自分の感情を優先するようなんて、男らしくない。

 そんな真似をするような奴、クロウニーにはいないのだ。


 それを見た佐藤は、ハマーたちにニヤッと笑った。

 その瞬間、確かに彼らは「平等」だった。

 皆、等しく、工業科の一年坊主であった。

 ちょっとヤンチャで、悪乗りをしやすい。それが工業科一年なのだ。


「――どうせやっつけるなら、あいつらが言う『だせぇ』やられ方をしてもらおうぜ?」

 そう言って、佐藤はチャラ男たちに近づいて行った。

 そして、言葉巧みに彼らをのせると、サバゲ部の次の対戦に無理やり組み込んでしまった。


 ……サバゲ部との一戦を終えて帰ってきた一軍まことたちが、事情を聞いてブチ切れたのは、言うまでもないだろう。

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