4.バトル 2
「ツガワ、トロトロ走ってんじゃねー!」
「あ〜、何外してんだ!当てろ当てろ!」
「ぶっ殺せ〜!」
「いけっ、
クロウニーの特攻隊の声が、校舎の二階から中庭に向かって投げつけられる。
それは、声援というより、野次だった。
アームレスリングに飽きた者が、一人、また一人と勇吾の横へふらふらと集まった結果が、これだ。
二軍の津川達が対戦しているのを、上から
対戦相手の女子は、その声援に完全にビビっていた。
きっと、ギブアップするのも時間の問題だろう。
◇
それを、テントの下で見ていた麗は、ポツリと一言。
「まぁ、お下品♡」
紳士然とした服装と相まって、かなり上から目線のセリフだったが、誰も反論しなかった。
「う〜ん。こういうの見ると、やっぱクロウニーって、ガラ悪いって思っちゃうよね……」
優が、批判に聞こえないように慎重に言葉を選んだ。
「対戦相手、完全に腰が引けてるじゃん」
真琴は、
真琴なら、絶対、絶〜〜対、こんな
「皆、降りてこないのかな」
真琴の疑問に、近くにいた春樹が答えた。
「降りてこないでしょ。テントで待機してたのは、あくまでナンパが目的だったんだから。『ガチマッチ』に女子はほとんど出ないし、観戦するなら、あっちのほうが見やすいしね」
「ああぁ、そっかぁ……」
どこまでも己の欲望に忠実な男達に、真琴は頭を抱えた。
この調子で、一軍の試合にもヤジを飛ばされると、すっごくやりにくいのだが。
「有沢くん、あれ、なんとかならない?」
「――?なんとかする必要、ある?活気があって、いいじゃん」
そうだった。大人しそうな雰囲気に忘れがちだったが、春樹もクロウニーのメンバーだ。彼は、こんな雰囲気には慣れっこなのだろう。
「……なんか、この学校の制服が学ランだったら、クロウニーって、変な形のズボンとか履いてそうだよな」
と佐伯が呟く。彼が言っているのは、いわゆる「ボンタン」と呼ばれる、ヤンキー漫画などでよく見る、変形学生服のことだろう。
かなり偏見に満ちた言葉だと、真琴たちはヒヤヒヤしたが、
「いつの時代のこと言ってるの〜」
春樹は特に気にした風もなく、そんなわけないじゃんと笑った。
だが、その言葉を聞いた真琴、麗、優の三人は思った。
既に、ツナギが魔改造されているのだ。改造のしやすい学ランに、手を入れない道理はない!と。
まぁ、現代の
と、そこで、真琴はある人物のことを思い出した。
学ランと金髪、そして大阪弁がトレードマークの翔だ。
誘った時、来ると言っていたが、まだ姿を見ていない。
一体いつ来るのだろう。和也が連絡先を交換していたから、和也なら知っているかもしれない。
そんな真琴の思考は、「うおぉぉ!」という歓声にかき消された。同時に、試合終了の笛が鳴り響く。
「あ、終わったみたい。次は、三年生だから、一軍で行こうか」
あの中に?と思ったが、真琴に拒否権はなかった。
◇◇◇
その後、休憩を挟みつつ、何戦かしているうちに、真琴はすっかりクロウニーの声援?野次?に慣れてしまった。
「マコト、足止めてんじゃね〜!動け動け!」
「うっさ〜い!こっちにはこっちの考えがあるの!」
居場所がバレても構わないとばかりに、真琴が野次に叫び返した。
その声に反応して、敵が向かって来る。
真琴は、一緒に身を隠していたサイトーと視線を交わす。
「……完全試合まで、あと半分だね」
「行けるか?」
「誰に聞いてんの?」
「だな。……行くぞ」
交わす声には、どこか怒りが潜んでいた。
今、真琴達は、冷静に怒っていた。その原因は、この試合開始前に遡る。
◇◇◇
その時の、受付はクロウニー特攻隊のハマーと、情弱モブ佐藤だった。
「お〜、ここじゃね?」
「やっべ〜。まじ気合い入ってっし。ウケるwww」
ガチマッチ開催中の受付に現れたのは、なんだかチャラチャラした男達だった。
彼女なのだろうか。非常にスカートの短い女の子の肩を抱き、いちゃつきながら彼らは中庭をダラダラと歩いてきていた。
女連れの時点で、ハマーはムッとしていた。
そこは、彼女いない歴=年齢だから、容赦してほしい。
「タクぅ、何これぇ」
「水鉄砲でバトルだってよwww」
「マジ子供騙しwww高校生がすっことかよwww」
「ウケる〜?」
チャラ男達は、看板を見ながら、仲間内で話していた。だが、その声は大きく、周りに筒抜けだった。
彼らのバカにするような笑いが聞こえてきたハマーは、ムカムカしたものの、ぐっと我慢した。ムカつくという感情のままに喧嘩をふっかけたら、幹部連中が奥に引っ込んでいた意味がなくなるからだ。
ハマーはテントの奥にいるクロウニーのメンバーと、目と目で会話した。
――今の聞いたか?
聞いた。
ぶっ殺す?
ぶっ殺さない。
……だよな。俺らも、大人になったな、と。
だが、チャラ男達は、空気の読めなさにかけては一級品だった。
「ウハwwwめっちゃ走ってるwww」
真琴達一軍に対するは、サバゲ同好会のメンバーだ。
彼らは、サバゲの知識、動き方を応用し、真琴達一軍と一進一退の接戦を繰り広げていた。
サバゲとは、銃とルールが違うため、なんとか
そのせいか、周りからの野次や声援も白熱していた。声援は既にクロウニーの特攻隊だけでなく、中庭の
「なんかぁ、熱血ぅ?って感じ?」
文節ごとに語尾を上げる独特の喋り方をするギャルの言葉に、イラっとするハマー。
だが、女の子の発言なので、彼の堪忍袋の尾は、無事だった。
――これで、制服のボタンが二つまでしか開いていなかったら、どうなっていたかわからなかったが。彼女は幸運なことに、制服のボタンを三つ開けて、その谷間を強調していた。
しかし、続いた男の発言は、ダメだった。
「ダセェ。今のやつ、女子にヤられたぜ。俺なら、秒で返り討ちだね」
ぶちぶちっと何かが切れる音がした。
秒で返り討ち?なら、その実力、見せてもらおうか。
ハマーが拳を握り、ゆっくりと受付から出て行く。
その後ろに、クロウニーのメンバーが続く。
その中には、長谷川の姿もあった。
春樹は受付奥で座っていたが、その顔は笑っていなかった。
と、彼らの前に立ちはだかる者がいた。
それは、一緒に受付をしていた佐藤だった。
「……んだよ」
ハマーが邪魔そうに手を振った。だが、佐藤は一歩も動かなかった。
「我慢だよ、浜口君」
「あ゛?」
「だって、せっかくここまで盛り上がってるのに……」
そう言って、ハマーを引き止める手は、微かに震えていた。
こんなチキンだから、喧嘩を嫌うんだろう。
事なかれ主義のいい子ちゃんめ。
ハマーは、そう見下してしまった。
だが、それは間違いだった。
「てめーはムカつかねーのかよ」
「ムカつくよ!」
佐藤の思わぬ大きな声に、ハマーだけでなく、一緒に行こうとしていた他のメンバー達の動きも止まる。
彼らに注目されて、佐藤は身をすくめた。だが、その口は閉じなかった。
「こっ、このイベントは、君たちが中心になってやってるけど、僕にとっても、ううん、僕らにとって、もう大切なイベントになったんだ。だって、僕も君らと同じ、工業科一年だから。だろ!?」
「佐藤……」
「イベント、成功させるんだろ?だから、市ヶ谷君たちは表に出ないし、その分、準備、頑張ったんだろ?」
勇吾たち幹部連中が、当日ノータッチになることについて、春樹は情弱モブたちにちゃんと根回しをしていた。準備期間、こき使っていいから、当日は勘弁してくれ、と。
情弱モブたちは、勇吾たちの状況を理解し、その提案を受け入れていた。
それに、情弱モブたちだって、文化祭は楽しみたいし、イベントは成功させたい。
その気持ちは、もはやクラスメイト全員の共通意識だった。
それに、今更気がつかされる。
「悪い……。そうだよな」
クロウニーメンバーが多いせいで、完全にクラスを私物化していたことに気がついて、ハマーたちは反省する。
「クラスの中では、俺たちは平等だ。それを忘れるな」
勇吾が常々言っていたことが思い出される。
それは、こういうことなのだろうか。
ハマーの握りしめた拳が、解けた。
そんな真似をするような奴、クロウニーにはいないのだ。
それを見た佐藤は、ハマーたちにニヤッと笑った。
その瞬間、確かに彼らは「平等」だった。
皆、等しく、工業科の一年坊主であった。
ちょっとヤンチャで、悪乗りをしやすい。それが工業科一年なのだ。
「――どうせやっつけるなら、あいつらが言う『だせぇ』やられ方をしてもらおうぜ?」
そう言って、佐藤はチャラ男たちに近づいて行った。
そして、言葉巧みに彼らをのせると、サバゲ部の次の対戦に無理やり組み込んでしまった。
……サバゲ部との一戦を終えて帰ってきた
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