しっぺ返し

 終業式後に担任に呼ばれて校長室に招き入れられた。

 そこには校長先生の他に、学年主任と美羽さんとパンツスーツ姿の女性がいた。

「朝倉さん、お久しぶりです。私の事を覚えていますか」

 声を聴いて、その女性が父の退職手続きをしてくれていた方だと思い出す。

「小西さんですよね、覚えています。あの時はいろいろお世話になり、ありがとうございました」

「元気になっていて良かったわ。まだ半年も経っていなくて、気持ちの整理だってついていないでしょうに」

「おじい様やおばあ様、奥様に良くして頂いていますので、空元気ぐらいは出せるようになりました」

 刀弥君のお祖父さんに引き取られた形になっているので、外では美羽さんの事を奥様と呼んでいる。そして今日は呼ばれる事も分っていたので、前もって挨拶を準備していた。

 それでも、来るのは会長秘書の田島さんだと思っていたので、ちょっと驚いてしまったけれど、あえてこの人選にしたのかもしれない。予想通りに田島さんが来ていれば、挨拶が芝居かかってしまったかもしれないのだから。


「朝倉さん、座って下さい。今日集まってもらったのは、来年のクラス編成についてです。ご両親を亡くされた朝倉さんの現状と、クラス編成による影響を最小限にするための話し合いだと思ってください」

「さっき空元気と言ったけれど、朝倉さん自身は無理をしている自覚があるんだね」

 校長先生の言葉を受けて、学年主任の橋本先生が質問をしてきた。

「はい、あの……。月一回は心療内科に通っていまして、薬も処方されています。それでも眠れない日もありますし、ふと悲しみに囚われる事もあります。その、不幸を呼び込むなんて昔から言われていたので、友達も少ないですから。奥様や真理奈さん、刀弥君が相談に乗ってくれたりしているので、こうして学校に来れていると思っています」

「会長からは、家に帰ってくるとグッタリしていることもあると聞いています。奥様方も良くお見えになっているとも」

「私は、三年程前に娘を亡くしました。奈緒さんとは比べるべきものでは無い事ですが、身内を亡くした悲しみは知っています。それはうちの子供たちも同じで、奈緒さんの力になりたいと自主的に相談に乗っています。あれからまだ半年も経っていませんのに、こうして話せるのは芯が強い子なのだと感心しています」

 そう説明すると、橋本先生は校長先生に意見を窺うように顔を向けた。


 ただ、校長先生は視線を感じてはいるようだけど口は開かず、諦めた橋本先生が話し始める。

「あのですね。複数の生徒から、服部君と朝倉さんが非常に親しくしていると話があってですね。学業にも支障があるとの事でしたから来て頂いたわけですよ。朝倉さんはなんの事だか分っているな、ホワイトデーの朝の事だ」

 たしかにやり過ぎだったとは思っているけど、まさかその件だけで呼び出されるとは思わなかった。もっと根も葉もない訴えがあったのだと、それこそ覚悟して臨んだと言うのに。

 とは言え、私にはこの教師を相手に話すだけの余裕はないので、あとは美羽さんと小西さんに任せる方針に変わりはない。


 黙って顔を伏せる私の代わりに、小西さんが控えめに確認する。

「授業に支障が出ている、と受け止めていいのでしょうか?」

「支障があるとまでは言えないのですが……。敷地が地続きだからでしょうが、一緒に住んでいる様に見えるようで生徒に動揺が広がっていてですね。校内でも必要以上に親しくしているとかで、受験を控えたお子さん方を預かる身としては、分別ある行動をと……」

 すかさず、橋本先生の言葉を遮るように二人がまくし立てた。

「それはうちの息子と奈緒さんが、ところ構わず淫らな行為をしていると仰っているのですか? 傷心の本人を前に随分な物言いですね!」

「学校としては、奈緒さんを会長宅から追い出せと要請なさるのですね? 名誉棄損等で訴えてもよろしいと解釈させていただきます。さて、被疑者は教師ですか生徒ですか?」

「奈緒さんからも息子からも、口さがない女子生徒から暴言を受けたと相談されていました。そこまで仰るのならば、こちらの件も把握しているはずですよね。ホワイトデーの二日前の件とバレンタインデーの事です」

 橋本先生は血の気の引いた顔で私の方を見る。たぶん両方とも知らないのだろう。

 彼女たちと橋本先生が親しく話しているのを見た事はないので、おそらく都合の良いことだけが巡り巡ってこの状況を作ったのだろう。


 そこで、バッグから手帳を取り出した美羽さんが説明を始める。

 最近知ったのだが、美羽さんは聞き耳を立てていた内容も含めて記録していて、私よりも詳しく時系列で話しができる。

「バレンタインデーの朝、息子がチョコを受け取らないことを発端に、責められたそうですよ。『どうやって取り入ったのか』『親類に引き取られなかったのは日頃の行いのせいだ』と。その次は、同棲しているなんて根も葉もない噂を流されて、『どんな手を使って近づいた』と言われたらしいですね。誰からなのかは聞き出せませんでしたけど」

「いや、そんな話は……」

 橋本先生は言い淀んだまま、校長先生に助けを求めるように視線を向けるが、校長先生は微動だにしない。そこに、橋本先生を助ける意思は感じられない。

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