私の居場所

 ホワイトデーを目前にして、遺品の整理に一区切りがついた。

 母の物は服を一着とアクセサリーを、父の物は腕時計をひとつ残して、他はすべて処分してしまった。家電もそうだけど、処分と言っても叔母に相談して引き取ってもらったりお金に換えてしまったりしたので、ゴミとして出したものはそれほどでもなかった。

 すっかり広くなってしまったマンションの部屋は、もうあのころの面影など無くて、涙するほどの感傷も無くなっている。あとは美羽さんと不動産屋に任せて、売れるのを待つばかりだ。


「奈緒は本当にこれで良かったの?」

「納骨から三カ月。命日からは四カ月半。それが長いか短いかは分んないけど、ちゃんと区切りをつけられたから良いんだよ。体調も戻ってきているし、無理はしていないと思う」

 残ったのはわずかな遺品とアルバムだけど、思い出はちゃんと胸の中に残っていて、それは物にも場所にも影響されるものではないのだから。

 それに刀弥君がいて、真理奈さんや美羽さんや耕介さんがいてくれる。まだ心の穴は開いたままだけど、ちゃんと前を向いて歩いて行ける。

「心配なのは住所の方かなぁ。学校から何か言われないか不安」

 ここを売るにあたって住民票を移している。

 その先は里親になってくれた刀弥君のお祖父さんの家となっているけれど、元がひとつの土地なので住所表記は服部家と同じなのだ。友達への説明が面倒なので、あまりそこを突かれたくはなかった。

「大丈夫だよ。裏のマンションだって表記は一緒だし、あの辺では当たり前の光景だからね」


「本当に良かったの?」

 車に戻ると同じことを美羽さんに聞かれてしまったので、思わず盗聴器でも付けられたかと思ってバッグを覗いてしまう。

「忘れ物?」

「いえ、なんでもないです。大丈夫ですよ、出発してもらって」

 耕介さんの運転する車に五人で乗っていて、うちのお寺に向かってもらう。やはり墓前には報告した方が良いだろうと耕介さんに言われ、こうして皆で行く事になったのだった。

「寂しくないかと言われれば寂しいですけど、あそこに住んだのは三年程です。どちらかと言えば、その前に住んでいたアパートの方が思い出深いですけど、そこも建て替えしてしまったので面影もないですから」


「強いね、奈緒ちゃんは。杏実の物を捨てられなかった私達より強いよ」

 ボソッと隣に座る真理奈さんに言われて、首を振って否定する。

「強くはないです。痛みを知っている人が支えてくれるから、強い振りして振舞えるんですよ」

「それじゃ、お返しに熱いキスが欲しいな」

「あ、それなら私も欲しい」

 真理奈さんのいじわるな返しに、その向こうに座る美羽さんまでも乗ってきて、赤面して言葉が出なくなったのをルームミラー越しに耕介さんに見られてしまった。

 驚いた顔の耕介さんは秘めたものに感づいたみたいで、信号待ちのタイミングで助手席の刀弥君を睨んでいたけど何も言わなかった。だって、刀弥君まですまし顔で言ったから。「それなら僕も欲しい」って。


 お墓参りはつつがなく済んで、駅まで送ってもらって刀弥君と一緒に降ろしてもらう。

「夕飯は家で食べるからね」

「早めに帰ります」

 そのまま電車で都心に出て目的の店に着くと、真っ直ぐに目的のコーナーへと向かう。そこに並ぶのはキーケースで、一点物ばかりが並んでいる。

 ホワイトデーの贈り物として刀弥君はアクセサリーを考えていたらしいけど、学校にして行けるものなんてないので、普段使える物としてキーケースをお願いした。

 実は家の鍵をもらっていたけれど、持ち出したことが無かった。なにしろ、裏手のマンションを通り抜けて勝手口に回れば、先に家に入っていた刀弥君がカギを開けてくれていたから。

 でも今後は表側から入れるのだし、手間を考えたら私も持っていた方が良いのだけれど、鍵の形状が特殊なものだから同じ鍵だとバレやすい。そんな訳でキーケースを使えば隠せると思い付いたのだ。


「ここなら種類も豊富だし選び放題だろ」

「うん、可愛いのがいっぱいあるね。一通り見て回ってから決めようかな」

 材質も大きさもデザインも豊富とは言え、ネットで検索したほどの種類では無い。最近の車はスマートキーが多いので、昔ほどキーケースの需要が無いような事を聞いた事があるのでそのせいかもしれない。

 それでも、画面で見るよりは質感や細かい作りの違いがちゃんと見れるので、こうして手に取って選べるのは嬉しい。なにより刀弥君に買ってもらうのだから、後悔するような選択はしたくなかった。


「キーケースって革ばかりだと思っていたけれど、こういった和柄の物もあるのね。私が持ってて変じゃないかな」

「普段使っている文具が可愛い系だから、逆にこういった柄の方が合うと思うよ」

「そお? なら、これが良いな」

「大島紬って、奄美地方の伝統工芸だよね。こっちにお揃いのパスケースもあるからセットでプレゼントするよ」

 たしかによく見れば、上の方に説明が書かれていた。パスケースと合わせても思ったほど高額にはならないので、甘えることにした。

「うん、ありがとう。大事に使うね」

「このまま入替えて行っちゃう?」

「パパたちに見せてからにするから、袋に入れてもらう」

 初めてのホワイトデーなのだから当日にもらいたいとも思うけれど、明日からでも使いたい。それでも仏前で報告したかったので、箱に入れてもらって持ち帰る事にした。

 家に着くと真っ先に部屋に入り、仏壇に手を合わせて今日の報告をする。

「あの日から半年も経っていないのに、いろんなことがあり過ぎちゃってあっという間だった気がする。それでもまだ寂しい気持ちが大きくって、それでも何とか顔を上げていられる。こんな素敵なプレゼントももらえる様になったよ。だから、安心してね」

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