懺悔 1

 しばらく経った日曜の昼に、美羽さんから話をしたいと切り出された。

 刀弥君は買い物を頼まれて外出していて、耕介さんも真理奈さんも朝から外出していた。

「奈緒ちゃん。まだ辛いと思うけど、少しは前を向けるようになった?」

「はい。刀弥君が手伝ってくれたので遺品の整理も進んでいますし、学校でもお昼を一緒する友達もいますから」

「そっか、奈緒ちゃんは強いね。でも、刀弥君に無理強いとかされていない?」

「いえ。遺品の整理は私から言い始めた事ですし、普段から優しくしてもらっていますから」

「部屋で二人きりになって何している?」

「え? あの、愚痴を聞いてもらったり、慰めてもらったり……」

「キス、しているでしょ。それは奈緒ちゃんの意思を無視した行為ではない?」

 やっぱりバレているようだ。


 刀弥君は気を付けてくれているようだけど、最近のキスは激しくて声が漏れてしまうことが多々あって、いつかは知られてしまうだろうとは覚悟していた。

「無理強いされた事はないです。私は……、私は刀弥君のことをずっと好きでした。私は厄介な体質ですから、告白するつもりは無かったんです。でもあの日、突然現れて『戻っておいで』と言われて。死のうと思って川にまで入ったのに、必要とされていると思ったら全てを捧げても良いって思って」

「だから無理強いじゃないと言いたいの? 貴女への愛が無くてもそう言える?」

「はい。迷惑をかけるのは本意じゃないので、不要と言われれば去ります。けど、それまでは彼のそばで彼の役に立ちたい。もう死のうとは思えないんです。刀弥君に、美羽さん達に救ってもらった命ですから、粗末にはしたくないんです」


 美羽さんはしばらく考え込んでいたけれど、正面から私を見据えると大事な事を教えてくれた。

「私には子供が三人いたの。一番下の子は三年前に病気で亡くしたわ。奈緒ちゃんが使っている部屋は、その杏実あみの部屋だったの。私たちはあの子が亡くなった時、悲しみに暮れたわ。一人にされてしまった奈緒ちゃん程ではなかったにしろ、とても辛かった。未だにあの子の部屋をそのまま残していたくらい未練があった」

「そんな大切な部屋を、なんで私なんかに……」

「刀弥君がお願いしてきたから。救ってあげたい子がいるから協力してほしいって電話してきて、『ご両親を亡くされて一人になってしまったから、住まわせてあげられないか』って。だから私たちは、話し合った末に許した。まさか、死のうとした子を連れて来るとは思わなかったけど」

 電話をしたのは、意識を失っていたあの晩なのだろう。そして、翌朝には結論を出してくれたのだと思う。

 想定外の状況に、真理奈さんは怒った顔をしたのかもしれないし、美羽さんは詳しい話を聞くために二階に上がったのかもしれない。

「刀弥君はあの時、奈緒ちゃんにひとつだけ嘘をついていて、ふたつ話していない事があると言ったわ。だから、聞かれたら素直に答える事を約束させたの。聞く覚悟があるなら、本人に聞いてちょうだい。二人だけの方が良ければ、私は隣に行っているからね」


 ほどなくして刀弥君が帰ってきて、入れ替わるように美羽さんが出て行った。

 刀弥君は何か感づいているのかもしれない。ダイニングテーブルの、いつもは空いている私の前に黙って座る。

「さっき美羽さんから話を聞いたの。ひとつの嘘とふたつの隠し事の話を」

「そっか、母さんはもう大丈夫だと感じたんだね。奈緒さんには不快な思いをさせると思うけど、許しは請わない。奈緒さんの判断にゆだねる。良いね?」

「それは、ここを出て行きたくなる事を示唆している?」

 黙って頷く刀弥君に、こちらも無言で頷いて肯定する。

「まずは嘘の件。僕が君の不幸を食べる妖怪だと言ったことだよ。僕は普通の人間で、そんな能力なんか持っていない。だから、キスをする必要なんて初めからなかったんだ」

「じゃ、なんでキスをしたの? 嘘を信じ込ませるため?」

「いや、君とキスがしたかった。君の心に少しでも僕を印象付けたかった。君を離したくない気持ちをぶつけたかった」

「それは、私が好きだってこと?」


 もしそうだったらどんなに嬉しい事かと思ったけれど、刀弥君は答えを返してはくれなかった。

「隠し事のひとつは、あの時あの場所に行けた理由」

「それは刀弥君が不思議な力を持っていると、私に印象付けた最大の理由よ」

「あの日、朝早くから君の家の前で張っていたんだ。日数的に四十九日をするだろうと考えていて、祖父に頼んで車を用意してもらった。そしてずっと尾行していたんだ」

「なんの為に?」

「君が何かするんじゃないかって心配だった。そして、お寺から出て来た君の顔を見て確信した。絶対に見失ってはいけないって。予想通りに死を選ぼうとした君を引き留めようとして、君がした勘違いを利用させてもらった」

 そこまで周りが見えていなかったのだと自分に呆れもしたけれど、叔母たちも気付けなかった私の心理に、どうして気付く事ができたのだろう。

 それは美羽さんから聞いた、亡くなった妹さんが関係しているのだろうか。

「美羽さんから妹さんを亡くされたって聞いたけど、関係していたりする?」

「姉貴がね。杏実が具合悪くなっているのに気付けなくて、気付いた時には手遅れだったんだよ。だから自分を責めてね、見ているこっちがハラハラした。あの時以上に奈緒さんの顔は憔悴していたから」

 あの日に言われた言葉は、もしかすると自分の体験から出た言葉だったのかもしれない。

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