顔合わせ

 年始はゆっくりにとはいかなかった。

 耕介さんは会社の社長さんで、隣の敷地に住む刀弥君のお祖父さんは会長職についている。

 年始の挨拶としてお祖父さんの所には多くのお客さんが来るそうで、お手伝いさんがいるものの美羽さんや真理奈さんも毎年、当たり前のように手伝いに駆り出されてしまうらしい。

 そして今回は知らぬ間に、真理奈さんの代わりに私が手伝うことになってしまった。

「奈緒ちゃん、買い物行きましょう」

 美羽さんにそう誘われたのは、クリスマス直前の日曜日。真理奈さんと三人で都心のデパートへ車でやって来た。

 当然クリスマスの食材を買いに出たのかと思っていたら、婦人服のフロアーに連れて行かれ、高級そうなお店に両脇を固められるようにして足を踏み入れる事になった。

「お正月に手伝ってもらうじゃない。その時に着る服を揃えようと思ってね」

「私たちはそれなりに揃っているけど、奈緒ちゃんのが無いから。バイト代の前払いだと思って貰っときなさいよ」


 ただでさえ、生活費も渋々で受け取ってもらっている身なのに、そんなので甘えるわけにはいかない。第一、そう何度も着られる立場では無いのだ。

「いえいえ、真理奈さんのお古とか無いんですか?」

「お金持ちのお嬢さんじゃないんだから、毎年新しいのなんて買わないわよ。制服って訳にもいかないんだから。あ、それともちょいエロのメイド服の方が良い?」

 それって、メイド喫茶とかの制服の話をしているのだろうかと考えて、企んでいそうな表情から『ちょい』じゃないものを選ばれそうな雰囲気を感じ取ってしまった。

「それって、刀弥君が顔をしかめる奴じゃないですよね?」

「喜んで部屋から出さないパターンかな」

「もう、真理ちゃん。うちから犯罪者は出したくないんですけど」

 結局は押し切られる形で、着回しのしやすそうな物を真理奈さんに見立ててもらって、三着買ってもらう事になった。

「あぁ、これで今回は楽できる。彼氏とゆっくり初詣も行けてラッキー」

 お役に立てるのなら頑張りますが、女友達にバイトを頼んだって紹介するつもりなのだろうか。


 さすがに元旦だけはゆっくりとさせてもらって、新年の挨拶をすますとお節料理とお雑煮を用意する。少しは味覚が戻ってきていて、食べる楽しみみたいなものも思い出しながら一通り箸をつけると、けっこうお腹がいっぱいになった。

 お昼前には着替えを済ませて会長さんの所に新年の挨拶に行き、そのままお手伝いに入る予定だったけど、なぜだか広間に留められることになってしまった。

 徐々に人が集まって来るのだけど、今日来るのは親戚筋ばかりだと言う事で、「刀弥君の彼女」って美羽さんから紹介をされるものだから、挨拶だけで手いっぱい状況だった。


 一区切りして奥に引っ込んだところで、一緒に居た刀弥君に呟くように話す。

「来年は合う事も無いんだよね。どう説明するの?」

「僕はまだ満足していないよ。だから、来年も顔を合わす事があるんじゃないかなぁ。ま、僕の元から逃げ出すなら、正直に振られましたって言うだけだよ」

「私は刀弥君に食べられてしまうために、あなたに満足してもらうために生きているの。だから、飽きてしまったら食べてしまって。それまでは、このままでいさせて」

 そう、離れるなんて考える事は出来なくなっている。糧としてあなたに取り込まれる事が今唯一の希望なのだから。


 二日と三日は、指示されるがままにお茶出しや手土産の整理を任されたけれど、真理奈さんが言うほど忙しくも無くて拍子抜けしてしまった。

 それでも外出は出来るものでもないから、全てを私に任せた真理奈さんは、彼氏さんとの初めての正月デートへ嬉しそうに出かけて行った。お泊りらしいので家の中が少し寂しい。

 そして夜になってもまだ、耕介さんと美羽さんはまだ外出先から戻ってきていない。

「二人だけだと、なんか寂しいね」

「それは、誰かを呼んでパーティーでもしろってこと?」

「そうじゃないよ。けど、なんだろう。やっぱり臆病になっているのかもしれないね」

「それだけ、僕らの事を近く感じてくれているのかな? そうだと嬉しい。でもまだ四週間くらいなんだよね、あの日から」


 あの時は死ぬことしか考えていなかったから、こうしてお正月を迎えるなんて思いもよらなかったし、誰かと一緒に居ることさえ想像も出来なかった。

「もう一カ月なんだね。なんかあっと言う間な気もするし、長かった気もする。刀弥君は満足している?」

「足りているかで言えば少し足らないかな。でも、今はこれ以上は望まない」

「そうは言っても、最近のキスは魂まで吸われているんじゃないかってほどだし、いつ消えちゃうのかとヒヤヒヤしているのよ」

 なぜだか大掃除の日からキスが激しくて、腰が砕けてしまうこともあって恥ずかしい。それなのに……。

「大丈夫だよ。まだまだ味わいたいから、食べるのはもっと先。でもヒヤヒヤしてくれるって事は、そばに居続けたいって事だよね」

 自ら命を絶とうとは思っていないけれど、彼の一部になれるなら死ぬことに躊躇いは無い。それでも、その日が先であるならばと思ってしまうのは、私の気持ちが弱いだけではないと思う。


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