囚われて 2

 食べ終わってお店を出ると今度は花屋に入って花束を買い、タクシーに乗って運転手さんにメモを見せて移動する。

 着いた先はどこにでもあるような普通の交差点。

 ひとつ違うとすれば、信号機のそばに花が添えられている事。

 それを認識してドキリとした。鼓動が早くなり、地面が崩れていくような錯覚に陥るなか、花束を手渡されて促される。

「ここが君のご両親が事故に遭った場所だよ。時間が経ってしまっているけど、お花を供えておいで」


「さあ」

 そう言われても踏み出せないでいた私を、刀弥君が支えるように信号機の所に連れて行ってくれたので、しゃがみ込んで黙って涙を流して手を合わせた。

『パパ、ママ、刀弥君を連れて来てくれてありがとう。そばに行けなくて、ごめんね。あの日、誘いを断って本当にごめん』

 彼は肩を強く抱いてくれて、待たせていたタクシーに戻ると駅に着くまで優しく頭を撫でてくれていた。


「奈緒さんはどっちで暮らしたい?」

 電車が走り始めると刀弥君は唐突にそんな事を聞いてきた。

 どっちとは、どことどこを指しているのだろう。黙って首をかしげると、笑顔でとんでもない事を言いだした。

「ご両親の残された君の家で、僕と二人だけで暮らす? それとも、僕の家で両親や姉と一緒に暮らす? ちなみに、家族は僕のあっちの面は知らないからね」

 なら考えるまでも無い。彼の家族に迷惑はかけられないのだから、私の家で二人きりで……。


(って、え? 二人で暮らす? クラスも同じで、一緒に登下校して? それって四六時中、一緒に居るってこと?)


 なにか思考が定まらなくて、あたふたしてしまう。

「あまり深く考えたって意味ないよ。どっちに住もうが、一緒に登下校もするし、クラス一緒だし。でも人目が無くたって、君の嫌がる事はしないから安心して。ところで、奈緒さんって炊事できるよね?」

「いまは、無理です。人に食べてもらえる料理は、作れないです……」

 料理ができないわけではないし、どちらかと言えば得意な方だけど今は無理。何を食べても砂でも食べている様に、不味さしか感じないのだから。


 連れてきてもらった刀弥君のお家は、この辺でも有名な大きな旧家が立ち並ぶ一角で、まだ新しそうな建物は一般的な住宅の倍以上はありそうだった。

「刀弥君のお家、大きすぎない?」

「四年前にお祖父さんから土地を譲り受けて、その時に建てたんだよ。それまではどこにでも有る様な建売住宅だったんだけどね」

 学校では成績優秀で見目が良いからモテてはいたけれど、お金持ちだなんて話は聞いた事が無くて、なんだかやっぱり騙されているじゃないかって思ってしまう。

 この人は本当に、私の知っている服部刀弥君なのだろうか。実は自分に都合の良い夢を見ているだけで、目が覚めたら自分の家で独りきりだったりするんじゃないだろうか。

 いや、それならそれで良い。そのまま餓死してしまえば良いのだから。味も感じず食欲もない今なら、それだって苦しくはないと思うから。


「ただいま。どうぞ上がって」

 いろいろ考え込んでしまっていると、刀弥君は玄関を開けて心の準備も出来ていない私を引っ張り込んだ。

 すると帰ってくるのが分っていたのか、玄関には女性が二人立っていた。

 一人は優しそうな笑顔の年配の女性で、もう一人は怒ったような顔の同年代の女性。似ている事から、刀弥君のお母さんとお姉さんだと思う。

「あ、あの。朝倉奈緒です。お邪魔します。」

「はい、いらっしゃい。真理ちゃん、リビングに案内してお茶を出してあげて。刀弥君はチョット話をしましょうね」


 連れて行かれる刀弥君を目で追っていると、「こっちよ」とお姉さんから呼ばれてしまった。入ったリビングは、そこだけで二十畳くらいある広くて明るい空間で気後れしてしまう。

「ここに座って。ハーブティーって苦手?」

「あ、はい。あ、いえ、苦手じゃないです」

「取って食う訳じゃないから、そんなに緊張しないで」

 貴女の弟さんに食べられるために来たんですとも言えず、怒っていそうな口調が只々怖くて、言われるままに浅目にソファーへ座ると彼女はキッチンの方に消えていく。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 ハーブティーの入ったカップを私の前に置くと、お姉さんは隣にドカッと座ってジッとこちらを見てくる。

 口を付けないのも失礼なのだと思って、カップを持ち上げフーッと息を吹きかけると、何とも言えない優しい香りがして涙がこぼれてしまった。

「酷い顔ね。鏡なんか見てないんでしょ。いえ、もう興味もないって方が正しいのかな」

 弟には相応しくないと言われた気がして、けっきょく口を付けずにカップを戻した。当たり前だ、学校の誰に聞いたって彼に相応しいとは言わないだろう。

 現実を突きつけられたように感じて、両親の事を思い出して流れた涙は引っ込んでしまい、下を向いて波紋に浮かぶ歪んだ自分をじっと見る。

 やっぱり刀弥君が戻ってきたら謝って、誰もいないあの家に帰ろう。彼には申し訳ないけれど、時期を見て早めに食べつくしてもらって地獄に落ちよう。

 もう私の居場所なんて、どこにも無いのだから。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー