第110話 弱さ(異物)を受け入れる強さ
強さって何だろう?
ライトノベルなどで見る「あれ? 俺、何かやっちゃいました?」(某打ち切り漫画より)的な『弱いのが悪くて強い俺が正義』というのがどうも馴染めない。
私も強い
我が師匠も博識だし強い人である。
ただ、先の「俺=最強=正義」とは少し違う。
ある漫画の言葉だが『強さは深さより幅』というのがある。
確かにライトノベルなどの主人公は強大な魔力なり力なり、運なりを持っている。
でも、排他的である。
これは作者や読者にも言える。
私の人生訓だが
『正しいものからは即逃げろ』というのがある。
人の、ましてや俗物の言う『正義』とか『真理』などというのは時と場所によって変わる。
最たるものを教えよう。
戦争である。
――汝、隣人を愛せ
――異教徒を受けれよ
などと言っていた宗教が戦争によってやれ
(私は戦争遺族や英霊を貶めようとは思ってない)
だから、先人は言った。
『己自身を鍛えろ』
これはライトノベルのようなおっちょこちょいな神様や女神様、異世界転生などで得た誰かに縛られた強さで無く、自分自身の力で得た強さだ。
ここで少し残念なお知らせをしよう。
――努力すれば報われる
こんな戯言を教師連中はありがたがる。
さすが、世の中に出たことのない教師にしかなりえなかった人間の教える内容ではある。
努力しても報われない。
そして、必ず天才がいる。
努力をする天才が。
彼らは努力を努力とも思ってない。
楽しんでいる。
傍から見れば遊んでいるようにさえ見える。
ライトノベル作家(&読者)たちは、この表面だけしか見ず、深いところを見てない。
その技術や知恵を得るためにどれだけのことをしていたのか?
私たちが安穏と休んでいても、彼らは己を鍛えていたのだ。
そして、総じて技術は磨かないと錆びる。
だから、自分を見て沢山学び、経験し、考えないといけない。
時間は有限だ。
では、最後に。
私の好きな言葉。
「名馬と名馬の間に駄馬が出来る。駄馬と駄馬の間に名馬が生まれる」
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