第100話 『救い』とは何か?(後編)
『救い』とは、端的に書いて『地獄への落ちないための手段』に過ぎないと思う。
少なくとも、宗教の言う『救い』とは条件を満たすことで地獄ではない『天国』という眉唾ものの場所に行くための手段のように思えてならない。
しかし、私は失敗作だ。
怒りと憎しみしかない人間が救われたところで単なる肉の塊にしかならない私は、むしろ、救われず地獄の業火に焼かれて存在を消すことが最善の方法とも思える。
そんなことを考えながらFacebookでの過去ログを見ていると師匠の書き込みでこういうものがあった。(内容のみ要約)
「自分を卑下する。それは一番楽な『安心』を得る方法だ。でも、この方法は周りも自分も傷つける」
それに心の何かが反応した。
私はスマートフォンを取って母の番号に電話をかけた。
「はい? 天美?」
「うん、今、大丈夫?」
「大丈夫よ。どうしたの?」
ここで少し言葉を切った。
これからやろうとすることは母を傷つけるかもしれない。
確実に私を傷つける、過去の思い出の話。
誤魔化すことは出来る。
でも、私は口を開いた。
「あのさ、私の小六の担任覚えている?」
「え? だいぶ前の話ね」
「Y先生っていうの」
「あー、いたわね。そんな先生」
――ああ、母親にとって私のトラウマは「そんな」程度なのか
怒鳴りたくなるが私は深呼吸をして
「その先生がさ、家庭訪問の時に私を呼んで母さんの前で殴ったの覚えている?」
今度は母が黙った。
「そんなこと、あったの?」
それが最初の言葉。
「うん。母さんこんなことを言っていたよ。『お前は殴られて当然の立場なんだからありがたいのよ』」
電話越しでもわかる。
母が言葉を失った。
頬に何かが伝った。
涙だ。
胸がえぐられるように痛い。
心の傷がうずく。
血が噴き出る。
電話を切ることもできただろう。
でも、それは意地でもやらなかった。
「……ごめんなさい」
母も泣いていた。
漫画やドラマなら抱き合って号泣する場面だろうが、私にはそれは気持ち悪い。
「天美は、その小さい体に沢山の思いを抱えて今までたった一人ぼっちで生きてきたんだね」
嗚咽が出た。
――遅すぎだよ
この言葉を押し込む。
心の血が沢山流れた。
涙も沢山出た。
その代わり、心の中で凝り固まっていた何かが少しほぐれた気がした。
私の行為は私なりの『救い』だったのだろうか?
神や仏は、その道しるべや切っ掛けだけで、本当は天国も地獄も方便で、特別な力なんてなくって(あるかもしれないけど)「自分を救えるのは自分だけ」という一見身勝手な、でも、それしかできない人間を知らしめる存在なのかもしれない。
電話を切り、私は机の上にある仁王像のフィギアを見た。
戒めのために置いたものだ。
小さく片方の口角を上げ、私の好きなゲームの
「ケリを……つけてきました」
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