第53話 5080問題(引きこもり問題)に付いての私論

 最近、話題には上がらなくなったが長年引きこもりをしていた中年男性が小学生らの列に刃物を持って凶行に及び死傷者を出した事件で世間に「引きこもり問題(5080問題)」が話題になった。


 私は過去にいじめや虐待に苦しめられ「引きこもり」さえ、できなかった。

 おかげで私はPTSD(心理的外傷)というものを持ち、正直、外の世界が怖い。

 できることなら、以前のゆるゆるの生活がしたい。

 その私が今月から仕事をし始めた。

 何故か?

「嫌なことに慣れなきゃダメだ」

 これからの時代。

 親がいつまでも健やかでいる保証はどこにもない。

 万が一のことがあった場合、少なくとも親に頼らない生活をしなければならないし、政府だってあてにはできない。(政府云々に関しては個々で変わるので深くは書きませんが)

 働くのは誰だって嫌なことだ(好きな人もいるかもしれないけど)。

 どうせ、嫌なことをするのなら早くから慣れておいたほうがいい。


 あと、思うことは「家の外に魅力的なものが無くなったなぁ」ということ。

 私は若い時から「思い立ったら吉日」を地で行くタイプで自分で「面白そう」とか興味のある事にはやってみる。

 今は、さすがにそこまでのスタミナはないが、往復八時間かけて電車で好きな絵を描いた人の墓に行ったり、好きな俳優さんの舞台を見たり……

 そこで色々な『面白い』ものを知ることになる。

 私はネットを否定はしないし、ゲームだって好きだ。

 でも、それだけだと、少なくとも魅力的な文章が書けるとは到底思えない。

(ひどい言い方だけど)

 だから、少なくとも小説を本格的に書き始めた二十代ぐらいから私には引きこもっている時間はなかった。

 とにかく、暇さえあれば資料を探して読み込みや実際にやってみることが多かった。

(まあ、そのぶん、多方面に渡り迷惑をかけていたわけで、「本当にすいません」)

 そこには、人がいた。

 今は、引きこもっていても様々なことが出来たような万能に浸ることはできる。

 万能ではない。

 そこに錯覚が生まれる。



 追記・

「死ぬなら一人で死ね」という論調があるが、これってある意味自殺志願者には最大の援護射撃。

 だって、仮に自殺願望のある引きこもりの人が亡くなれば、その分、我々の支払う社会保障費などは増える。

 苦しむのは彼らではなく、生き残った我々。

 これほどの復讐はそうはない。

 下手をすれば自分たちを見捨てた国や政府への復讐にもなる。

 怒りは分かるが、もう少し、落ち着こう。

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