第24話 『自然』という名の不自然さ

 ある記事で「アニメ声優は演技が自然じゃなくってウザい」なんて意見を見た。

 私見を述べれば、アニメはつまるところ、記号の世界である。

 そこに喜怒哀楽の感情を付加させるのが『声優』(こういうのも失礼だけど)の大事な役割ではないのだろうか?


 しかし、そもそもにおいて「自然な演技」ってなんだろう?

『演技』している時点ですでに不自然だろう。

 子供の演技なんて見るに堪えないし、古典芸能(落語、狂言、歌舞伎など)なんて自然どころか意味が分からない。(私見です)


 私はナレーションが好きだ。

 というか、持論だけど「ナレーションの上手い役者はアニメだろうと実写であろうとちゃんと演技ができる人」と考えている。

 もちろん、声質やナレーション原稿の質にもよるが、上手くハマるとかなりいい。

 それは対象者に寄り添いつつ、一歩引いた目で見ているからだ。

 

 我々(アマチュアですけど)作家も悩む。

 私たちは普段、誰かと会話をする。

 動く。

 だが、その様子を言語化するのは意外と至難の業だったりする。

 少なくとも私はそうだ。

 ある作家が言っていた。

「たまに『楽に書いているでしょ?』と言われる。でも、これは嬉しい半面こちらの苦労がわかってもらえないので苦痛」

 

『自然』ってなんでしょ?

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