54、エドシルド訪問から一年後(その三)

 ペストの被害拡大をゼギアス達の協力で防いだエドシルドは、ゼギアス達が行ったように領地内でネズミの駆除を頻繁に行うようになった。だが、アンダールは妻と息子、そして腹違いとはいえ妹を失いかけたので、ゼギアスが言った”伝染病の発生をできるだけ抑える方法”を知りたいと考えていた。


 だが、サロモン王国のエドシルドへの影響を強めたくないと考える国王ケラヴノスは、アンダールの意見に耳を貸さない。あの時、サロモン王国から経済面での協力を得られなかったことも気に入らなかったらしく、カンドラやライアナが順調に国内経済を建て直しつつある状況を知っても無視していた。


 確かにエドシルドは食料自給率も高く、軍備に必要な鉄なども国内で産出していて、他国との取り引きが多くなくても簡単には困らない。だが、先日の伝染病への対応ではっきりしたように医療関係はまったくダメだ。


 聞くところによると、ゼギアスは十一人の子供を授かり、産褥死した妻もいないし、亡くなった子供もまだいないとのこと。国王ケラヴノスには正妻の他に三名の側室が居るが、過去にはもっと大勢の側室がいたのだが産褥死しているし、生まれた子も成人する前に亡くなっている。今も生きているのは、アンダールの他には次男のスオノと長女のモニカだけだ。


 アンダールにしても正妻ラスタは生きているが、側室は二人とも亡くなり、ラスタが生んだ子も長男パティスの他二名は病で亡くなっている。


 なのに、ゼギアスのところは……と考えると、アンダールは居ても立ってもいられない気持ちになる。軍事、経済だけでなく医療面でもサロモン王国は進んでいるに違いない。それを取り入れるなり、取り入れられないにしても、いざという時に支援して貰える関係を結んでおけば、アンダールの家族だけでなく国民も安心できるというものだ。


 だが、父ケラヴノスはサロモン王国との関係強化には後ろ向きだ。

 この一年何度も訴えたが聞く耳を持たない。


 カンドラやライアナはサロモン王国との関係を強化してる。

 フラキアで起きているようなことが両国でも起きたら、エドシルド連邦加盟国で遅れている国にエドシルドは落ちるかもしれない。そうなった時に盟主国だからと言っても、他国がエドシルドの要請に応じるだろうか。


 アンダールは悲観的な予想しかできない。

 父の考えはもう古く、これからのグランダノン大陸では通用しない。

 早めに国王の座を譲って貰い、アンダールがこの国をもっと発展させてみせる。

 だが、父は応じることはないだろう。……どうすればいい。


 下手なことをすれば国を割ってしまう。

 それでは国力は低下するから意味がない。


「お兄様、またサロモン王国のこと考えてるのでしょう?」


 自室で机に肘をついて考え事をしていたアンダールの顔を覗き込むようにして妹のモニカが聞いてきた。いつの間に来たのか気づかないほど集中していたらしい。


「まあな。それより父上だ。何故あそこまで頑なにサロモン王国との関係を強化したくないのだろうとな」


 モニカは側室ケイラの娘。

 国王ケラヴノスや正室のアマリアとも仲が良い。


「お父様は、サロモン王国よりも下だと認めたくないのよ」


 それは判る。だが現実を見て認めなければならないはずだ。

 それができなければ他国との力関係の把握もできないだけで、万が一の時には対応を誤る。そのくらいのこと判らない父ではないはずだ。


「それは判るが、国王であるのだから、認めるべきは認めないといけないだろう?」


 モニカは壁際にあった椅子をアンダールの横まで持ってきて座り、真剣な表情で話し出す。


「フラキアに行ったとき、フラキアですらエドシルドより既に豊かな国だと感じちゃったのよ。無自覚に認めちゃったんだわ。エドシルドにできないことをされてしまったのが嫌なのよ」


 なるほどな。

 敵わないと認めてしまったから、近づきたくないのか。

 近くなれば、彼の国との差を思い知らされ、父の誇りが傷ついてしまうのだろう。

 その気持ちは判らないでもないが、やはり国王としては問題ある反応だ。


「モニカはどうしたらいいと思う?」


「……政治のことは判らないわ。でもこの国より安全で楽しい国があると私は知ってしまったし、これから私と同じように知る人は増えるでしょう。その人達がこの国にずっと残るか考えるとね」


「モニカもか?」


 モニカの本音を探るようなアンダールの目を静かに見てモニカは口を開く。


「私は女ですもの誰かに嫁ぐことになる。その時、お相手がサロモン王国の友好国の人だったら嬉しいわね」


 父が変わらなければ、サロモン王国友好国へモニカを送ることなど無い。

 モニカもそれは判ってる。つまり今の父の要望に沿った相手のところには嫁ぎたくないということか。


「……そうか」


 モニカから視線をそらし、再びアンダールは考えに集中した。

 その様子を見て、モニカは壁際に椅子を戻し、部屋から去っていった。


・・・・・・

・・・


 エドシルド国内のいくつかの貴族のもとへ国王ケラヴノスが兵を派遣したという。 

 名目は納税額が約定より少なかったから兵を派遣して足りない分を徴収するというのだが、兵を派遣した貴族の名を聞くと親サロモン王国の者ばかりで国王の意図は明らかだった。


 親サロモン王国の貴族は、カンドラに人を派遣してサロモン王国のやりようを学び、領地に取り入れようとしている者達だ。つまりサロモン王国のやり方を学ぶことは許さんというわけだ。


 国王は結果が出る前に潰しに来た。

 サロモン王国のやり方を真似て良い結果が出たら他の貴族も続く。だから結果が出る前に新たなことにチャレンジするための予算を奪い、真似出来ないようにした。 


 何ということをするのだ。


 サロモン王国の指導や協力で、フラキアはもちろんカンドラやライアナも以前より良くなってきてるというのに、そのことを国王は知っているのにその道を塞ぐというのか。


 エドシルド独自で別の道を模索するというのならまだいい。

 だが国王の選んだ手段は単なる守旧だ。

 それは進歩の無い道だ。

 これではいけない。


 アンダールはそう考えて国王に直訴した。


「エドシルドの盟主は我々でなければならない。サロモン王国であってはならないのだ」


 頑なに考えを変えず、国王ケラヴノスはアンダールを宮殿の牢へ幽閉した。


・・・・・・

・・・


「お兄様、ここから出て下さい」


 牢の板張りのベッドで横になっていたアンダールの耳にモニカの声がした。

 格子の向こう側にモニカが居て、鍵を開けようとしている。


「どうしたんだ。こんなことをすればモニカも無事ではいられないぞ?」


「お兄様、父上はお兄様から継承権を剥奪し、スオノお兄様へ継承権を渡しました」


「なんだと?」


「お兄様をここから出すつもりは父上にはありません」


 鍵を開けて牢の扉をモニカは開いた。

 影になっていてモニカの表情は判らないが、その声は焦っているようだ。


「さあ、早くお出になって下さい。ラスタ様とパティスは宮殿の外へ連れ出しました」


 アンダールの妻子を宮殿の外へ連れ出したということは出奔しろということか。


「モニカ、お前はどうする?」


「もちろん一緒に参りますわ。さあ、早く!」


 翌日、見張りの交代の時間に、交代兵が空な牢を発見した。

 本来居るはずの見張りもおらず、見張りが罪人を逃亡させたと考えられた。


 アンダールとその家族はエドシルドからの脱走犯として、エドシルド連邦加盟国へ見つけ次第引き渡すよう通達が送られた。モニカはアンダールに連れ去られたと考えられていて、一人だけ”保護”という言い回しが通達にはあった。

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