49、ヴァンレギオス(その四)

「もう少しなんじゃがなぁ……まあいい、朝食にしよう。リエラは何を作ってくれるかのぉ」


 疲れてる俺を放置して、ルンルンと言いそうな様子で俺の家へエルザークは向かう。俺がしゃがんで息を整えていると


「あなたって、世間が知ってる以上に正真正銘の化物だったんですね」


 感心してるのか呆れてるのか判らない口調で、でも微笑んでラウィーアが言う。


「……ハァ……ハァ……呆れたかい?」


「……あなたって、予想をはるかに大きく上回る好条件物件だったんですねぇ」


 俺は不動産じゃねぇよ!!

 通勤駅徒歩五分以内で格安新築優良賃貸マンション見つけた新入社員のような輝く瞳で見ないで欲しいものだ。


 でも、何故か、ウルウルした瞳を向けてくるラウィーアを見ながら、まあ、残念そうではないので結婚して良かったのかなとも思う。


「あなたは知らないでしょうけど、デュラン族には”再び森羅万象を使える者が産まれたら、その者がデュラン族を新天地へ連れて行ってくれる”という言い伝えがあるんですよ? もうデュラン族にとっては神ですよ? 神!!」


 変なスイッチが入ってしまったのか、胸の前で両手を握りしめ”神の妻になってしまった~”だの”新天地ってここなのかも~~だって私デュラン族だし~”とか”神の子を産むんだわ~”だのとラウィーアは浮かれてる。


 十年前くらいまでは排泄物の匂いがそこらで香る森だったんですけどね、ここ。まあ、喜んでるようだから黙っていよう。


 だいたい、妹の顔色伺いながら嫁さん貰ってる俺が神って何だよ。

 歩く女難と言われてた俺が神って言うなら、女難から難とってくれよと言いたい。

 あ、それじゃ歩く女になってしまう。それもマズイ。こんな身長二メートル近いごっつい女だったら嫁の貰い手探すのも苦労するだろう。


 まあ、ダンゴムシの神ってんなら、何となく納得するけどなぁ。


「とりあえず、朝食にしよう。エルザークも楽しみにしてたけど、リエラの料理は美味しいからなあ」


「ええ、あなた。今まで以上に愛せそうだわ~」


 って、ラウィーア、昨日会ったばかりでその台詞は軽くないかね?


 まだ瞳がウルウルしてるから何を言っても聞きそうにないな。


・・・・・・

・・・



 朝食後にもラウィーア爆発中。

 サラを相手に”ゼギアス様って神だったんですよ? もう驚きですよ。”とやってる。

 ラウィーアの話を面白そうにサラは笑顔で聞いている。


 ……これはマズイです。

 …………ネタにされて弄られます。

 ………………ベアトリーチェとマリオン、それにミズラが加わって俺を弄りそうな予感がします。


 こういう時はサエラやスィール、リエッサのそばから離れないようにしないと大変です。この三名は、弄り好きの方たちから俺を庇ってくれます。


「それじゃ、俺はヴァンレギオスのメンバーが来ても大丈夫なようにヴァイスとラニエロのとこ行ってくるわ」


 三十六計逃げるに如かずなのである。


「あ、あなたラウィーアさんも紹介しなきゃダメでしょ?」


 ベアトリーチェが背後から声をかけてくる。

 それは別に今日じゃなくてもいいと思うんだけど、確かにその通りだから、舞い上がってるラウィーアを連れて政務館へ向かう。


 政務館までの間に”森羅万象のことは内緒なんだからね?”とラウィーアに釘をさしておく。浮かれていろいろ話されては困るからねぇ。


 政務官の宰相専用部屋へ行くと、ヴァイスハイトが難しい顔をしていた。


「どうかしたのか?」


 多少のことでは顔色を変えないヴァイスだから心配になった。


「実は、リエンム神聖皇国とジャムヒドゥンとの戦争で、神聖皇国がキュクロプスを三名戦線に投入したらしいのです」


 何それ? と思ったが、ヴァイスが問題視してるのだからもうちょっと慎重に言葉を選ばないと怒られる。


「キュクロプスの投入ってそんなに問題なの?」


 選んでもこの程度である。


「ギズムル様とかナザレス様に近い戦闘力を持つ巨人が戦線に三名投入されたと説明したら深刻さが判るのではないでしょうか?」


 はぁぁぁぁああああ?

 何それ、そりゃ深刻だよ。


 ジャムヒドゥンとは戦ったことないけど、ナザレスとは戦ったというか訓練で相手して貰ったからよく判る。

 あのクラスは人間が相手にしちゃいけないレベルだ。

 うちだって俺やサラが居なければ勝てるかどうか判らない。


「それでこちらへの影響はあるのか?」


「いえ、ジャムヒドゥン軍は壊滅状態で撤退したらしいのですが、神聖皇国軍は深追いしなかったようです。こちらへ向かってくる様子も今のところはありません」


 ふむ、当面は慌てなくていいってことか。

 対策を打つ時間があると考えればいいんじゃないかな。


「じゃあ、こちらはキュクロプスへの対策打つ時間があるということじゃないの?」


「それはそうですし、うちに対しては魔法を使えないキュクロプスはさほど有効じゃないと思います。ですが、ジャムヒドゥンはどうでしょう? それでなくても国内でゴタゴタしているのに、神聖皇国に大敗を喫したとなれば、国内が更にぐらつく可能性が高まったと思います。つまり大陸の勢力図が大きく変わる可能性が出てきたので、慎重に考えていたのです」


 なるほどね。キュクロプス自体より、勢力バランスが崩れた後の対応の方が面倒ってことか。


「判った。そっちは考えまとまったら教えてくれ。こっちは、俺の新しい嫁さん紹介するよ」


「ラウィーア・デュランです。宜しくお願いします」


「こちらこそ宜しくお願いします。宰相を務めさせていただいてます、ヴァイスハイトです」


「ヴァイスは俺の右腕というか、俺の頭脳なんだ。ラウィーア、しっかり覚えておいてくれ。それでヴァイス、昨日話したヴァンレギオスからの移住民のことなんだが」


「ああ、そちらはもう調整済みです。いついらしても大丈夫ですよ。家だけ多少お時間頂きますが、入国者一時待機所を一時期たくさん作りましたよね、あれが今は空いて居ますから、生活に困ることはまったくありません。ラニエロやブリジッタなどにも連絡済みですので、皆さんが入国次第、普通に生活できますよ」


 さすがです。

 頼んで間違い無し、ヴァイスハイトさん。


「そうか、ありがとう。それと、カリネリアとフラキア、あとジラールの学校なんだけど、そろそろ考えなきゃいけないと思ってるんだが、どうだろう?」


 サロモン王国だけじゃなく、うちが関係してるところでは読み書き、計算できるようにしたいよね。今までは人手が足りずに手が回らない状況が続いてきたけど、ここに来て、ジラールやカリネリアで奴隷以外でも我が国に参加する人増えたからそこから選べば何とかなるんじゃないかと思うんだけど、やはりヴァイスハイトの意見を参考にしないとな。


「今のところ、ジラールはそこまでできないですね。生活基盤を整備するのにまだ忙しいですし、ただ、ジラールの子はサロモン王国で預かってますから当面大丈夫です。カリネリアとフラキアは逆に、早急に手を打つべきかもしれませんね。あとでブリジッタと相談しておきます。決まりましたら報告あげます」


 ”宜しく頼むよ”と言い残し、俺はラウィーアを連れて学校や工房などを回った。後は首都以外に顔見せすればいいだろう。それは定期視察のついででいいな。

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