48、蠢く大陸(その三)

 国境は接していないがジャムヒドゥンの北東にフォモールとヴァンレギオスという国がある。フォモールとヴァンレギオスは元は一つの国で、幾つかの種族が混在していた国であったが、西側がフォモールで東側がヴァンレギオスに分かれた。分かれた理由は、頭数が多いフォモール族が他種族を隷属し、それを嫌った他種族が独立して国を建てたため。


 フォモール族は魔族の系統の一つ巨人族に属する。獣面の巨人で龍と同程度には強い力を持ち、生き物なら何でも食べる凶暴な種族。フォモールとヴァンレギオスがまだ一つの国だったころ、フォモール族は他種族を脅し、他種族を隷属させ生贄を出させそれを食していた。そこへ外から来た種族がフォモール以外の種族をまとめ、ヴァンレギオスを建国し、フォモールとヴァンレギオスは数百年に渡って今も争っている。


 フォモール族が今もヴァンレギオスと争う理由は領土が小さくなったからではない。


 ヴァンレギオス建国以降多くの、特に五十年程前に起きた大きな戦いで多くのフォモール族を失ったうえに、フォモール族の出生率が落ち昔は数十万居たフォモール族が今では十万程度にまで減ってしまった。出生率が落ちたのは他種族からの生贄を食さなくなったせいだと考えたフォモール族は、他の土地など見向きもせずにヴァンレギオスだけを狙って戦争を仕掛け続けてる。


 ヴァンレギオスは不思議な国で、どこの国とも交流を持たず、領土拡張も行わず、領土に侵入してきた者を排除するだけ。侵入者には警告し、警告に従わない場合は実力行使し、時には命も奪う。侵入者の排除は見えない何者かによる魔法による攻撃で、ヴァンレギオスが建国してから四百年ほどになるが、その実態は誰も判らない。建国の経緯から複数の種族が属する国だということしか誰も知らない。


「レーティヒよ、サロモン王国の王ゼギアスに会い、私の所まで連れてきてくれぬだろうか?」


「では、ご決断されたのですか?」


 片膝をついて顔をあげレーティヒと呼ばれた女性は、顔にかかる床にまで届く長く黒い髪を片手ではらって質問した。


「ええ、他に方法がありません。急ぎゼギアス王を連れてきてくれ」


「判りました。女王陛下のご意思に従い、早速私自ら行ってまいります」


「うむ、頼んだぞ」


 レーティヒは立ち上がり立礼してそのままその場から立ち去る。


 まだ若い女王ラウィーアは”残された時間はあまりない、頼んだぞ……”と一人残された部屋で椅子に深く身体を委ねて呟いた。


◇◇◇◇◇◇


 フラキアの北側に隣接する国カンドラ、エドシルドの中でエドシルド、ライアナに続く三番目に多い人口八十万を抱える農業国である。


 国王フリーゼンは、最近のフラキアの活気ある様子が気になっている。情報を集めると紅茶というお茶を生産し、その今までに無い味と香りで人気を集め、それまでの”売り物は自治領主の娘”という状態から脱しただけでなく、人口も十三万にまで増え国内整備にも力を入れているという。


 紅茶の秘密は原料ではなく製造法にあるとまでは判ったが、その製法は秘匿されカンドラのエージェントが調べようとしても辿り着けずにいる。


 またフラキアにはケーキという……これまた見たこともないとても美味しい甘味が売られていて、取り寄せることは不可能なうえ、現地でも予約待ちの状態だという。そのケーキと紅茶の組み合わせはカンドラの貴族の間でも人気で、それらを食すためだけにフラキアへ訪問滞在する者が後を絶たない。


 フラキアでは、巷で話題になってる透明度の高いガラス製の紅茶を嗜むためのポットや、陶磁器でできたカップや皿なども紅茶とともに売られていて、それらを求める貴族も多い。


 噂によれば、昨今話題のサロモン王国から卸されているらしいが、はっきりとしたことは判らない。入手経路が全く掴めないため、カンドラでも置きたいと考えても現状手も足もでない。


 カンドラ国王フリーゼンは妻のヴィオーチェを連れて、数年ぶりにフラキア自治領主ファアルド・シャルバネスのもとへ訪問しようと決意した。フラキア領主のもとへ行っても、借金の依頼されるだけだとエドシルド内では敬遠されるものだった。国王はもちろん貴族ですら余程のことがない限り足を向けない場所だったのだ。


 フリーゼンが久しぶりにフラキア国内に入ると、以前とはまったく別の領地に変わっていた。衛生的で空気も美味しく、自国カンドラと比較してはこちらが恥ずかしいと感じる場所に変わっている。街並みも新しく整備され、道行く人達も忙しそうにしかし活気ある空気を纏っていた。道は石ではなく別の何かで舗装されている。


 予約していた宿に入ると、受付の丁寧な挨拶に感動し、客の荷物を運ぶ従業員まで居て侍従が手持ち無沙汰で動く羽目になった。


 案内された部屋に入ると、水洗トイレとその使用法やお風呂の入り方など丁寧に説明された紙があった。領主との約束の時間までまだ余裕があるからと利用してみると、その快適さにフリーゼンも妻のヴィオーチェも驚きを隠せず、これはフラキアに対する見方を大きく変えないとと気持ちを改めた。更に、部屋の窓もスタンドグラスではなく透明な板ガラスで、部屋に居ながら街の景色を楽しめる。


 これならこの宿に泊まるだけでも客が来ると確信した。

 何から何まで、フリーゼン夫婦にとって驚くことばかりであった。


 約束の時間にフラキア領主宅を訪問すると、館自体は以前と変わらなかったが、窓はやはり透明な板ガラスに変わっていた。中へ入ると、宿と同じように灯りが油やロウソクを灯したものではなく、宿での説明にあった電灯というものに変わっている。


 領主の部屋へ案内されると、フラキア領主ファアルドと正妻のアリアが待っていた。

 壁や調度品が見たこともないものに変わっていて、ここでもフリーゼン夫婦は驚いた。


「ようこそ、お久しぶりです」


 ファアルド夫婦はフリーゼン夫婦と挨拶を交わす。

 ファアルドに促されるまま椅子に座り


「見違えた……いえ、別の領地ではないかと思うほど変わりましたな。ファアルド領主まで変わってるのではないかと、お顔を拝見するまでは心配しましたぞ」


 侍従が四名へ紅茶を運んできた。

 砂糖やミルクにジャムとプチケーキも添えられていて、ファアルド夫婦が口にする様子を真似てフリーゼン夫婦も口にする。


「いかがでしょうか? フラキア特産の紅茶のお味は?」


 アリアがヴィオーチェに微笑んで聞いている。

 言葉にするまでもなくヴィオーチェの頬が緩んでいる様子から感想は判る。


「お味も良いですが、何と言っても香りが……いますぐ夢の中へ入れそうですわ」


 フリーゼンは、今まで見てきた街や宿の様子、そしてこの紅茶と甘味に脅威を感じていた。


「ヴィオーチェの言うように、これは素晴らしいものですな。ファアルド領主もよくこのようなものをお見つけになった。羨ましい限りです」


「おかげさまで、我が領地も貧しさからやっと抜け出せそうです」


 貧しさから抜け出したのはその通りだろうが、既にそのような状態は過ぎ、富を拡大する段階にあるのは街の様子からも明らかだ。何としてもこの秘密を聞き出し、カンドラでも……。


「ご謙遜を。しかし、昔は私共もフラキアには協力させていただいたものです。当時のことが懐かしいですなあ」


 昔、助けてやっただろと言いたいだけであるが、それを直接口に出すほどの厚かましさはフリーゼンにはない。結果は一緒なのだが……。


「そうですね。苦しい時には助けて頂きました。感謝の気持ちは決して忘れていません」


 ファアルドにすると、大した支援もしてくれなかったくせにと言う思いは強いがそれを出さないのは大人の務めと割り切っている。奥様達は旦那達のやり取りを笑みを浮かべて見守っている。


「急にここまでいろんなモノを整備できたのには理由があると思うのですが、是非お教え願いたいですな」


 フリーゼンは徐々に本音をあからさまに口にしだす。その視線はファアルドのちょっとした変化も見逃さないという意思で鋭い。


「私どもの娘ミズラにご縁があって嫁いだ先のご支援があって……、その賜物ですよ。」


 ふん、やはり娘を売って手にいれたというのか、フラキアらしいと言えばフラキアらしい。だがそうなるとカンドラも娘を差し出さないとフラキアのような支援は受けられんということになるのか?しかし、我が家には娘は居ない。どうしたものか。


 ファアルドはゼギアスと既に話を合わせていて、フリーゼンのように恩を着せて聞いてくる相手の場合は、フラキアの興隆はミズラとゼギアスの力であってフラキアにはよく判らないという話で逃げることになっている。ちなみにゼギアスとサロモン王国の名は隠さずにいていいことになっている。


「ご令嬢の嫁ぎ先とは、どちらですかな?ご迷惑でなければお教え願いたい。私どももご挨拶にいきお力添えを願おうと考えますが」


「迷惑だなんて、エドシルドの仲間であり、過去にご支援をいただいたフリーゼン殿です。隠すつもりなどございませんよ。サロモン王国、ゼギアス国王です」


 ………………やはりサロモン王国か、しかしそうなるとマズイな。


 カンドラは奴隷を使役して成り立つ農業国で、亜人と魔族の奴隷からの解放を目的としているサロモン王国からすれば仮想敵国の一つだ。協力の代りに奴隷解放を要求してくるのは目に見えている。


 実際、カリネリアは奴隷解放を拒否して滅んだ。


 これは何としてもフラキアから情報を手に入れるしか無い。

 しかし、サロモン王国の手のものがフラキアにいるのだから、下手に高圧的に出てサロモン王国の助力を借りられなどしたら、カンドラへの侵攻の理由にされかねん。


 如何にしたものか。

 エドシルドとライアナの二国と手を組み、フラキアを占領できればいいのだが、相手はサロモン王国だ。リエンム神聖皇国にも勝ち、コルラード王国との戦いにも勝ち、そして南部同盟の実質的盟主だ。こちら側が飲み込まれる可能性のほうが高い。


 しかし、フラキアは魅力的だ。このまま放置してたらカンドラが経済面で飲み込まれてしまう。


「ぜひ一度、ゼギアス国王とお会いしたいものです。ご紹介いただけますかな?」


「ええ、構いませんとも。今夜ご予定はございますか?」


「いえ、特にはありませんが。」


「それでは夕食をご一緒いたしませんか? ゼギアス国王と娘のミズラがこれから参りますのでご紹介できますよ?」


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