42、優柔不断なゼギアスと、決断するヤジール(その一)

 宰相兼軍師のヴァイスハイトは、カリネリア奴隷解放の話を、ジャムヒドゥン奴隷解放の準備を始める良い機会と捉えていた。


 フラキアはジャムヒドゥンとの間に多くの険しい山脈があり、守りやすい領地ではあるが同時に軍事拠点にするには不便な場所であった。おかげでとても貧しい国で軍事力も無きに等しかったのにも関わらず他国から狙われずに済んでいたのだが。


 ところがカリネリアはジャムヒドゥンと接してる領地だ。ジャムヒドゥンを目標とした軍事拠点とするには良い立地にある。カリネリア奴隷解放をきっかけにサロモン王国と協力関係を作れそうもないなら落としてしまいたいと考えてる。フラキアと合併させてもいいし、サロモン王国を宗主国とした領地にしても構わない。ジャムヒドゥンとの戦いを視野に入れるならカリネリアは手に入れるべき領地だ。


 今回都合が良いのは、カリネリアに対しては強い怒りをゼギアスが見せていること。これまでは奴隷解放にしか関心がなく、領地を奪うことに抵抗しがちなゼギアスにカリネリア奪取を説得しやすい状況だ。


 カリネリアをサロモン王国が手に入れると、コルラード王国に対してザールート側とカリネリア側の二方向からの侵攻ルートができ、コルラード王国を刺激することになる。今のところはサロモン王国に対して中立的な立場のコルラード王国と事を構えるつもりはないが、向こうはそうは考えないだろう。


 コルラード王国は豊かな鉱物資源を活用した重装備の軍を運用する国だ。物理的攻撃も属性魔法攻撃も得意なサロモン王国にとっては、重装備兵だろうと怖くはない。人口も百五十万人から二百万人の間で、兵力もせいぜい二十から三十万がいいところだろう。数だけで言えば、我が国とさほど変わらない。だが、質の上ではサロモン王国の方が大きく上回ってる。正面から当たれば負ける要素など見当たらない。


 だが、コルラード王国にはアロンと匹敵するかもしれない将がいる。国王オルハーンの長男ヤジールだ。グランダノン大陸南東の一地方都市でしかなかったダキアが、周辺都市を併合して今のコルラード王国にまで大きくなったのは、ヤジールの軍事的才能による。


 ヤジールが居ても、戦って負けるとは思わないが、面倒なことは確実。コルラード王国がジャムヒドゥンと組んで、ジャムヒドゥンにはジラール方面へ進軍させ、コルラード王国はザールート側で防御に徹するような作戦に出られた場合、サロモン王国は兵力が足りない可能性が出る。


 だが、ヤジールが居るからこそ、コルラード王国はサロモン王国と敵対することは避けるだろうとヴァイスは考えている。コルラード王国はグランダノン大陸にある国々の中で奴隷がいない数少ない国で、サロモン王国とわざわざ敵対する理由が無い。今までカリネリアへ侵攻していないし、その素振りもないから領土拡大にも今のところは手をつける気はないのだろう。コルラード王国軍を預かるヤジールは、優秀な将だが好戦的な将ではないように思える。国王にも領土的野心はもはや無いように見える。


 コルラード王国は、ジャムヒドゥンとの緩衝地帯としてカリネリアを見ているように思える。とするならば、コルラード王国とは同盟を結ぶべきではないか?


 同盟を結んでから、カリネリアはコルラード王国への脅威にはならないことを説明すれば、サロモン王国への警戒が全くなくならないとしてもジャムヒドゥンと組んだ二正面作戦の実行は避けられるのではないか?


 いや、コルラード王国と表面上同盟結べなくてもいいのだ。そうだ、実質的な同盟関係を水面下で結んだほうが。


 奴隷を使役していない国と争う気持ちはゼギアスには全く無いのだから、こちらには同盟を結ぶ障害はない。あとはコルラード王国次第だが、できれば同盟関係をつくりたいものだ。


 ヴァイスハイトはまずゼギアスの説得から始める。


◇◇◇◇◇◇


「つまり、コルラード王国とは同盟を結んで後顧の憂いを無くしてから、カリネリアを手に入れる。そういう理解でいいかな?」


 ヴァイスの予想通り、コルラード王国との同盟には賛成のようだが、カリネリアには奴隷解放以上のことはゼギアスは気が進まないようだ。


「そうです。ゼギアス様はカリネリアへの方針はお気に召さないご様子ですが、この機会は有意義に使うべきです。比較的楽に手に入れる機会があるのに手を伸ばさなければ、次の機会には更に高いところへ手をのばさなければならなくなるでしょう。ご理解ください」


 カリネリアの立地が戦略上良いところにあるのは判る。カリネリアに関与する機会を作ったのはゼギアス自身だし、カリネリア領主の姿勢はとにかく気に入らないから感情面でも叩いてやりたい気持ちはある。このグランダノン大陸で最も多くの奴隷を抱えているのは、今やジャムヒドゥンだし、ジャムヒドゥンと争うために少しでも有利な体勢を整えるのはサロモン王国として当然だ。兵達のことを考えると義務と言ってもいい。


 ゼギアスは自身が強くなりすぎたと思ってる。強すぎる自分が、弱いカリネリアを攻めて飲み込むことに抵抗がある。弱い者虐めのように感じるのだ。だがこれは間違った感覚ということもゼギアスは判っている。


 目的を果たすためには力が必要だ。

 そのために力を手に入れた。


 カリネリアを手に入れることが弱い者虐めであろうと、それはジャムヒドゥンという強者と戦うために必要な通過儀礼だ。


 ヴァイスが言う通り、相手がリエンム神聖皇国だったらその領地は広く人口も養えないほど多いから奴隷解放だけで済ませ、リエンム神聖皇国支配というサロモン王国には手に余るモノには手を出してはいけなかった。


 だが、カリネリアは違う。

 フラキアへの途中にあり、領地もさほど広くなく、人口も八万人程度と少ない。

 現在のサロモン王国であれば領地支配まで手をつけるべき地域なのだ。


 ゼギアスにもそのことは判ってる。


 判っていながらも、奴隷解放には大義名分があるのに、カリネリア支配には大義名分が揃ってないことに引け目も感じてるのだ。


 弱い者を大義名分もなしに攻めて支配することにゼギアスは抵抗を感じてる。


 強い者を相手に、大義名分も持ち合わせた上で……などというのはスポーツの感覚であって、一国の王がその目的を果たすための責任を考えるならば過ち以外の何物でもない感覚だ。だが、ゼギアスにはそこに拘りがあり、ヴァイスの意見の正しさを十分に理解しながらも賛成できずにいる。


「アロンはどう思う?」


 ヴァイスの視線から逃げるようにゼギアスはアロンの意見を聞く。


「コルラード王国との戦闘というより、ヤジールとの戦闘は、意外と楽に勝てるでしょう。今までの戦闘よりは工夫が必要でしょうが、うちには他国には無い、空中部隊がありますからね。移動に地形の影響受けない部隊というのは強いですよ。移動速度も速いので、ヤジールが上手く対応できなかったら一方的になるでしょう。リエンム神聖皇国の戦闘神官やジャムヒドゥンの術師並の強敵がいない相手なら、コルラードでもカリネリアでも今のうちの軍の敵にはなりえませんね。数年前とは規模も練度も別物ですから」


 確かにな、兵数は五十万を越えるし、戦術単位でいろいろと編成を変えた訓練をヴァイスとアロンの指揮で厳しく行っていたから、戦略や作戦に合わせて編成を組み替えてもすぐに対応できるだろう。


 それに、盤上戦闘ではまだアロンに大きく負け越してるけれど、デーモンのリアトスが大軍を任せられるほどに成長したのが大きい。ジズー族との戦闘でも少数の戦力で多数の相手とまともに戦えたときからセンスはあると思っていたのだが、部隊運用が上手く、またアロンとの盤上戦闘を繰り返すうちに才能が開花したようだ。ヴァイスとアロンも”リアトスが防御に徹したら、崩すのはかなり骨が折れる”と言い、その力を認めている。


 他にも、これは通常戦力として計算に入れてないのだが魔獣部隊もある。キマイラやケルベロス、コカトリスにガーゴイル、それにシーサーペント、総勢十万体に近い魔獣に拠って構成された部隊。この部隊には困ったところがある。熱くなりすぎてつい暴走することがあるので、戦術上運用しづらいのだ。暴走してもいいから破壊力が欲しい場合には投入できるだろう。


 その上、決戦兵器扱いの俺が居る。

 まあ、どこと戦ってもそう簡単に負けるところは想像できない。アロンの自信と余裕も当然だろう。


 戦闘で苦労はしそうにない。

 戦略上必要である。

 占領後の体制構築も難しそうにはない。


 つまり、カリネリアに関しては俺の拘りだけが問題だということ。


 ヴァイスとアロンだけでなく、シモーナやラニエロにブリジッタ、その他政務の責任者達からの視線が痛い。”ほれ、あんたが決断すれば話は簡単なんだよ!”と絶対に思われてます。


 こういう時、いつもはとても頼りになる奥様達は一人として役に立ちません。

 ”あなたが思った通りにすればそれでいい”としか言わないからね。


 その言葉は嬉しいんだけど、何か違うんだよなあ。

 賛成するにしても、そういう言葉じゃないんだ。……うん、俺の我儘だね。


「判った。コルラード王国との同盟は先に進めておいて。使者はマルファに任せるんでしょ?」


 マルファにはいずれ外交面を担ってもらわねばならない。外交面は、ヴァイスが宰相と兼務してるようなものだが、マルファに担当してもらえるべくヴァイスが指導している。今回は良い機会だと思うのだ。外交で、失敗してもさほど痛くない交渉なんてそうそう無い。こういう時に現場を経験して貰わねば。


「はい。マルファには護衛は必要無いと思いますが、一応ヘラにも同行して貰うつもりです」


 ヴァイスの返事に頷いてから、


「カリネリアに関しては明日決めさせてくれ。気持ちを整理したい」


 ”あ、逃げたな!”

 ”サラ様に相談するんだ!”

 ”それとも奥様達の誰かかも”

 ”この手の話になると、まったく優柔不断なんだから”


 ……幻聴が聞える。


 幻聴が聞えるんじゃ仕事にならないよね?


 何かから逃げるように俺は政務館を去り、家へ戻る。

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