37、ジラールの惨劇(その二)

「……酷い」


 ミズラが口を押さえてつぶやく。


 これは確かに酷い。

 城門の外に倒れてる人の尻を切り取り、それを口に運んで食べてる人の姿が、転移し終わった俺達の目前にあった。既に事切れていた人を切っているのか、それとも殺した相手を切っているのかは判らない。だが俺達には目もくれず、一心不乱に食べる様子はずいぶん食事していなかったとしか思えない。


 ミズラは目を背けている。

 うん、見ないほうが良い。

 極限状態の飢えでは、食人行動も生じる。

 城内はまだ確かめていないが、もっと酷い状態だろう。


 デザートスネークをどうにかする前に食料をなんとかしないと……。


 俺はサロモン王国首都エルに居るはずのヴァイスへ思念伝達で連絡する。


 (ヴァイス。ジラールへ食料……すぐ口にできる食料をとりあえず十名分転送してくれ。俺の所在地をサラに確認させればすぐ届けられるだろう。それと、守備隊レベルの兵を、二百名飛竜に乗せてジラールまで寄越してくれ。大至急だ。事情はあとで説明する)


 ヴァイスから了解の返事を受け取った。


「もうすぐ十名分の食料が届く。緊急時だから、その食料を俺がひたすら複製する。アンヌ、すまないが城内を確認してくれ。俺はしばらくここから動けん。危険だと感じたらすぐ戻れ」


 アンヌは頷いて城門から城内へ入っていった。


 やがて俺の前に薄い光が現れ、消えるとパンが二十斤ほど残された。

 とりあえず俺は、三百斤ほど複製し、そのうちから二斤もって死人を食してる者のところへ持っていく。


 パンの香りに気づいたのだろう。

 俺の方を振り向き、襲うように飛びついてきた。


「落ち着け!!」


 声には反応したが、俺からパンを奪い千切っては口に押し込んでいる。

 だが、飢餓状態時にいっぺんに食べて満腹になると胃痙攣を起こして死に至る者もいる。

 だから途中で彼が手にしてるパンを力づくで取り上げ、


「落ち着け!!死にたいのか!!お腹が落ち着いたら、またゆっくりと食べろ。まだまだたくさんあるから、渡さないなどと言わないから」


 ”死にたいのか”という言葉に反応し、また、”渡さないなどと言わない”と言う俺の顔を見る。その男は手に残るパンを口に入れ、そしてしゃがみ込み泣き出す。


「……た……たすけて……助けてくれ」


「ああ、助ける! 必ず助ける!! だから言うことを聞け。パンならまだまだある。だがな、お前くらい腹が減ってる者が一度に食べると死ぬこともあるんだ。死にたくないだろ? だから落ち着け」


「……ぅあ……うああああ……うわぁぁぁぁぁぁ」


 かける言葉がない。

 叫び泣く理由が彼には幾つもあるはずだから。

 少なくともそのうちの一つには俺は何も言えることはない。


 彼に対して俺はミスった。

 一斤渡しちゃダメだよな。

 俺が悪かった。 


 彼らは今極限状態だ。

 あればあるだけ食べようとするんだ。

 こちらがコントロールしてやらないといけない。


 俺はパンをおよそ十センチ幅に切ることにした。

 その一つずつを渡そう。

 数時間後にまた一つ。

 そうやって彼らの胃を慣らすことから始めなければ。


「……中は地獄です」


 いつの間にか戻ってきたアンヌが苦しそうな口調で報告する。


「……そうか」


 俺は複製したパンをだいたい十センチ幅に千切ってくれとアンヌとミズラに頼む。そしてどんなに可哀想でも一つずつしか渡してはいけない理由を説明する。


 ヴァイスに頼んだ部隊がここに到着するにはあと数時間待たなければならない。

 だが、待ってる余裕はないだろう。

 待ってる間に命を落とすものが増えるに違いない。


「これから、飢えてる者達をここに呼ぶ。彼らが状況を理解し、少し落ち着くまでは結界を張ったままでいる。彼らが多少落ち着き、俺達からパンを受け取れるようになったら、結界をはずしてパンを渡す……いい?」


 アンヌは多少は魔法も使えるし、体術も優れているから問題はない。

 ミズラにはアンヌの後ろでパンを千切って貰おう。

 二人が頷くのを確認して、俺は城内へ入っていく。


 城内に入るとすぐ餓死した者の腐敗した匂いで気持ちが悪くなる。

 こりゃアンヌの言う通り地獄だな。

 とにかく生きている者を一人でも多く助けなければ。


 俺は大声で、


「城外の壁際でパンを配ってる!! 生きてるやつは俺に判るように動いてくれ! 声を出してくれ!」


 叫びながら奥へと歩いて行く。

 建物にも入って中を確認する。

 一人見つけ、二人見つけ……。

 動ける者には自力で行ってもらい、動けないものは俺が転移で運んだ。


 パンを口にして、多少落ち着いた者のうち動く元気がある者には、俺と同様に城内を探してもらうことにした。うちの兵が到着するまでは人手が足りない。


 ミズラから思念伝達ネックレスを使った報告が、俺に来る。


 (あなた、そろそろパンが無くなります。)


 その度に俺は戻ってパンを三百斤ほど複製する。

 そんなことを何度か繰り返しているうちに、うちの兵達が到着した。

 飛竜に乗ってきたものだから、城外でパンを受け取る者の中には怯える者もいた。


「大丈夫です。心配しないでください。私の仲間です。皆さんには危害は加えません。安心して休んでください」


 アンヌとミズラが叫び、皆に落ち着くよう伝えている。

 この辺りでは見慣れない魔族の姿もあるはずだが、アンヌとミズラを手伝ってる様子を見て少しづつ落ち着きを取り戻している。


 飛竜には周囲の警戒を頼み、兵十名にはアンヌとミズラの手伝いを。

 残りは俺と一緒に城内の探索と救助を指示した。城内部隊には、建物を再度調べるよう、見落としのないよう指示した。


 城外にはもう二千人以上が居る。

 その多くはしゃがんでパンを口にしている。

 その多くは体力のある大人で子供は少ない。


 ……痛ましいことだ。


 深く考えると辛くなるので、今は考えないようにしよう。


 パンを渡す時、四時間後に再び受け取るよう伝えさせる。

 必ず何度でも渡すから、まだ空腹でも慌てずに、食べることに身体を慣れさせるようアンヌに伝えさせた。


 一通り探し、約一万人が城外に出た。

 ジラールにはおよそ五万人が生活していたはずだ。

 約一万人生き残ったのは多いのか、少ないのかは判らない。

 生き残って良かったとも口にはできない。


 ジラール領主が生き残っていると判り、俺はこれからのことを話す。

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