29、各国の状況(ニカウア戦直後・その一)

 ジャムヒドゥンの現グラン・ドルダであり、ウルス族のドルダ、ガウェインのもとへリエンム神聖皇国から休戦協定を結びたいと打診があった。そのことについて四士族のドルダ達が呼ばれ、ガウェインの前に揃っている。


 交戦継続を主張するダギ族ドルダ、ホルサとテムル族ドルダ、ヨセフス。

 休戦に好意的なアサン族ドルダ、ルーカン。


 ガウェインは今のところ休戦支持なのだが、リエンム神聖皇国が出してきた条件の一つが気に入らなかった。


 いくつかの領地をジャムヒドゥンに渡すから、サロモン王国を共同で討とうという。


 先日、サロモン王国軍が、リエンム神聖皇国南東部へ攻め入り、中核拠点の一つニカウアで奴隷を全員解放した件は、ジャムヒドゥンの”目”から報告を受けている。神聖皇国側六万の軍勢を、サロモン王国二千ちょっとの軍勢が破ったという報告はガウェインを驚かせた。


 だが、神聖皇国の戦闘神官は一人も参戦していない神聖皇国軍ならば、ジャムヒドゥンも敵より少ない数でたびたび破ったことがある。だから驚いたと言っても、それはサロモン王国の軍勢がジャムヒドゥンと同レベルにあるだろうという見方であった。


 もちろん新興勢力の軍がジャムヒドゥンの軍勢と同じレベルにあるということだけでも十分驚きに値する。だが、ジャムヒドゥンの同数の軍と同じ程度であるならば、術師を投入すればサロモン王国の軍にも勝てるだろうと見ていた。


 ガウェインは、神聖皇国の戦闘神官が煩いのであり脅威なので、サロモン王国へ戦闘神官を向けてくれればジャムヒドゥンとしては助かる。そのためには休戦すべきか、それとも交戦継続すべきかで悩んでいる。


 また、こちらに割譲するという領地。今回サロモン王国が侵攻した地域のいくつかであり、最終的にはサロモン王国も占領せずに撤退している地域。


 単にジャムヒドゥンの領地がサロモン王国と接する危険が増える、つまりサロモン王国と衝突する可能性があがるだけで、貰っても旨味が少なく危険だけが高くなる地域に見える。


「もともと我々はリエンム神聖皇国が攻めてきたから現在の状況になったのであり、領土的野心があるわけでなし、交戦継続するメリットなどないではないですか」


 アサン族ドルダ、ルーカンが主張する。


 そうなのだ。ジャムヒドゥンはリエンム神聖皇国と逆側にまだジャムヒドゥンとの関係を明らかにしていない幾つかの小国があり、本来はそれらとの関係を明確にする方が優先度が高かった。しかし、隣接地域にケレブレア教以外の信仰地域があることを嫌った神聖皇国が侵攻してきた。


 その上、ジャムヒドゥンの領土はその人口に比べて広く、奴隷を奴隷のままで使うより、奴隷にも一定の農地を与えて働かせたほうが収穫量もあがるという報告もあり、ジャムヒドゥンとしては将来奴隷は必要なくなる可能性がここに来て出てきた。


 つまりサロモン王国と正面から戦う理由が当面少なくなってる、いや今だジャムヒドゥンに対し敵対行動を起こしていないサロモン王国と争う理由がない。


「うむ、私としては休戦し、さらにサロモン王国とも争わない方針で行きたい」


 ガウェインは希望を述べる。


 しかし交戦継続を主張する二士族の気持ちも判る。

 これまでの戦いでもっとも被害を被ったのがその二士族だからだ。

 要は、気が済まないのである。

 族内から出る”報復すべし”という声を抑えきれないのだ。


 騎馬民族は気が荒い。

 身内には寛容でも敵には容赦しない。


 だが、リエンム神聖皇国との戦争継続は今までより危険を伴ってきた。

 ここのところ戦闘神官が前線に出てくる機会が増え、こちらの被害もバカにならない。困ったことにこれが戦争継続を望む二士族を後押ししている。


 休戦を口に出せば、二士族のドルダは身内の暴動と向き合うことになるかもしれない。それは最悪の事態だ、避けねばならない。今は休戦は無理か……。


 ガウェインは方針を変更する。


「やはり戦争は継続する。但しだ、規模は縮小しよう。そうすれば戦闘神官もこちらへ出てくる機会は減るのではないか。もしそうならないときは休戦も再び考えよう」


 リエンム神聖皇国は、こちらとの戦争よりもサロモン王国との戦争に集中したいはず。こちらが戦力投入規模を抑えれば、こちらへ戦闘神官を向ける理由は減る。もちろん、こちらの思惑通りに動かない場合もある。その時は休戦協定をこちらから持ち出してもいい。ただし、サロモン王国への共同戦線はなしで。


 ジャムヒドゥンはリエンム神聖皇国からの休戦の打診を無視することとした。


◇◇◇◇◇◇


 サロモン王国によるニカウアからの奴隷解放は、リエンム神聖皇国を慌てさせた。


 サロモン王国などと言っても所詮は蛮族の国、たいしたことはできないだろう。

 ただ、サロモン王国の出現で奴隷を確保しにくくなった。

 機会があれば潰してやろう。


 その程度の認識だったのだが、どうやらそうではないらしい。


 ニカウア軍六万を二千とも三千とも言われる軍勢で破ったという情報もどこまで事実かは判らないが、それでも無視できない情報だ。ジャムヒドゥンが術師を出してきた場合の被害とそう大きくは違わない。


 サロモン王国はジャムヒドゥン並の敵と認識を改めなければならない。


 サロモン王国の目的が奴隷解放だというのなら、次に狙うのは、ニカウアの西部の中核都市コムネスか、ニカウア北方面の中核都市スタフェッテだろう。


 どちらもニカウアよりも大きな都市で、駐留している軍の規模も大きい。


 だが、ジャムヒドゥン並の敵であるなら、魔法師も神官も更には戦闘神官の投入も考えなければならない。これまでは皇都ハリエンスに近い戦場へ戦闘神官を投入してきたが、万が一サロモン王国がスタフェッテを落とすようなことがあれば、皇都侵攻に近いのはサロモン王国になるから、早めにスタフェッテにテコ入れすべきだろう。


 ニカウアの体制も早急に再度構築し直さねばならない。

 これからはサロモン王国への最前線都市としての役割を担える都市にせねばならない。


 スタフェッテとニカウア双方へ戦闘神官を配置しなければ……しかし、ジャムヒドゥンはこちらからの休戦協定には乗ってこなかった。近い将来の危機であるサロモン王国と今現在の危機ジャムヒドゥンではどうしてもジャムヒドゥンへの対応を優先しなければならない。


 ここで戦闘神官カリウスをどちらかの戦場へ投入できれば一方は任せられるのだが、神ケレブレアはカリウスの投入だけはお許しにならない。


 性格に難があるので単独では出したくないが、確かにその力は戦闘神官第五位に相応しい。あの轟音のトリスタンをニカウアへ配置するしかないな。


 トリスタンのニカウア投入で、近い将来、サロモン王国は初めて苦戦を経験することになる。


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