28、エーリカ・アムゼン(その三)
サロモン王国への新たな入国者達とともに、とても広い部屋……ダンスホールのような広い部屋で百名近い亜人や魔族とともに暮らして三日目になる。
「ここで皆と一緒に暮らしてね。貴女だけを特別扱いにはできないのよ」
マリオンから言われて、寝具や着替えなどを受け取り共同生活を送っている。
首都に住居が用意でき次第、そちらに移るらしい。
住居は自分で建てる、そうでなければ空き家を購入するか借りる。
それがエーリカにとっての家であった。
この国では住居を国が用意する。
マリオンによると、最初はそうするしかないだろうとのこと。
いずれ好きな場所に好きな家を誰もが購入できるようにしたいと言っていた。
一つの建物で幾つかの家族がそれぞれ仕切られた部屋に住む集合住宅。
それをいくつも建ててるのだという。まだ見ていないのでエーリカにはよく判らないけれども、既に完成した建物に移った住人からは不満の声はないという。
ここに居る亜人や魔族は、全員が奴隷だったわけではない。
それでも人間から差別され、職業や住居を選ぶことなどできなかっただろうことは想像できる。彼らにとっては選択という権利がなくて当たり前の社会。
誰もに選択できる立場と環境を将来は用意したいと言われ、そして皆がその実現に努力してると知ったなら集合住宅でも不満はないというのも頷ける。エーリカには一つ屋根の下に異なる家庭が住むのは違和感があるが。
共同生活を送っていて、強く感じることがある。
どんな作業をしていても、彼らは明るいのだ。
住人汚れた衣服の洗濯をし、食事の用意をし、首都での建築作業や土木作業や、近隣の農地での作業から帰ってくる彼らの表情はいつも明るい。
奴隷も似たような環境なはずなのに、彼らはいつも辛そうで、何かに怯えていて、主人に媚びへつらう笑いは見たことがあっても、ここで生活してるような表情は見た覚えがない。
そして気づいた。
エーリカと奴隷は違う生き物だから、彼らはそういう生き物だと思い込み、エーリカと同じ感情や感覚を持ってはいないのだと自然とそう思っていたことに。
エーリカと彼らは何も変わらない。
美味しい食事を食べれば喜び、ゆっくり休めれば安堵し、子供の成長を感じれば幸せであり、やり甲斐があれば仕事も楽しむのだ。
今ならば判る。
奴隷を解放するということは、奴隷をその者のあるべき姿に返すことだ。
ゼギアスが奴隷解放を戯言と言われて父に怒った理由も判る。
戯言などではない。
すべきことなのだ。
一旦、奴隷からあるべき姿に戻す。
その先は自分次第。
そして、同じような作業をしていても、奴隷だったころと目の前に居る者達は明らかに違う。
エーリカは奴隷制度に疑問を感じ始めていた。
・・・・・・
・・・
・
ナザレスとの訓練終了後、倒れて体力の回復にゼギアスは努めている。
今日はリエッサが膝枕しながら、ゼギアスの汗を拭き、そして髪を撫でていた。
そこにエーリカがやってきた。
「お疲れのようね。でも奥様に労られて幸せそうね」
エーリカの姿を確認して身体を起こそうとするゼギアスにそのままで居てとエーリカは笑う。夫婦の一時を邪魔をする気はないからと言いながら、リエッサの横に座った。ゼギアスはエーリカの言葉に甘えて、そのままの状態で居る。
エーリカの衣装は、入国者に与えられる簡素で洗濯しやすい薄い茶色のワンピース。ゼギアスの息が整うのを待ってるのか、何も言わずに景色を眺めている。
「ふう、待たせたな。何か用事があるんだろう?ここは人があまり来ないところだ。だから訓練に最適でさ……」
ゼギアスはリエッサの膝枕から動かない。
ゼギアスにするとこの時間は貴重で、妻との静かな時間である。
リエッサもゼギアスを起こすようなことはしない。
ゼギアスが甘えてくれる時間が愛しいのだ。
「そうね。この国は面白いわ。可能性もあると思う」
エーリカは素直な感想を淡々と話してる
「私に、この国のためにできることはあると思う?」
数日この国を見て、ここで暮らすのも悪くないと思ってる。
だが、この国に居る人間は一芸に秀でていて、特に取り柄らしい取り柄のないエーリカにはこの国にいていいのかと不安がある。
「この国のためにだなんて考えること無いさ。あんたがあんたのために生きられる場所かどうかが大事なんじゃないのか?」
「きっとそうね。私は……今考えると、与えられた役割をこなすことだけ考えて生きてきたのよ。役割を誰かに与えられるのが普通で、自分のためにと言われても判らないのよ」
「そんなの誰だってそうなんじゃないのか?俺は妻達との生活をのんびり楽しめればいいと今は思ってるけど、ちょっと前までは、妹が奴隷にされるようなことは嫌だと思って生きていた。今でも思ってはいるけど、新しい目的が加わって、そしてそれは俺のためで……だから今頑張れる。そんな俺に皆も協力してくれる。でも彼らだってこの国ためだなんて考えてないんじゃないかな。好きな相手のため、自分が関心あることのため、生活を豊かにするため、自分のために生きてるんだ。それでいいと思うよ」
「私は私のために生きられると思う?」
「ああ、思うね。あんたも見ただろう?入国してきた皆の姿を。命令されて嫌々やってる奴はほとんど居ない。やりたいからやってるんだ。あいつらだって、自分のために生きるだなんて考えたこともないさ。でも今はできてる。そんなもんだろ」
「そうかもしれないわね。ねえ、私はこの国でまず教師をやってみたいわ。でも、正直なところ、ずっと続けられるのかと考えると判らないの」
「その時はまたやりたいことを探せばいい。それでいいんだ」
ずっと俺の髪を撫でてくれてるリエッサの顔にも微笑みが見えた。
私もあなたと同じ気持ちですよと言ってくれてるようで心強かった。
何が正しいかなんて誰にも判らないだろう。
最低限守るべきルールの中で、やりたいことを見つけて、置かれた環境の中で幸せを見つけるしかないと俺は思ってる。でも皆それぞれに幸せを見つけて貰えるよう手伝いたい。
「本当にそう思う?」
「ああ、本当だ」
「そう、じゃあ、ブリジッタさんと話して学校を手伝ってもいい?」
「そんなことは俺に許可を貰うようなことじゃないだろ? ブリジッタがあんたに手伝って貰いたいというなら、俺は賛成するさ」
エーリカ・アムゼンは今後サロモン王国の教育発展に尽力していくのである。サロモン王国はまた一人人材を手に入れた。
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