21、整いつつあること(その三)

 サエラとの穏やかでちょっと胸がときめく散歩を終えて家に戻ると、シモーナに連れられたアンヌの弟クラウディオが居た。


「お久しぶりです。お元気でしたか?」


 クラウディオは椅子から立ち、俺に近寄ってきて握手する。


「お久しぶりです。ゼギアス様。お元気そうで何よりです」


「こちらには何かご用事で?」


 クラウディオは忙しい身のはず。

 次代の領主として勉強することが山ほどあるはずだから、遊びで来るとは思えなかった。


「ええ、これを食べてみてください」


 そう言って背中に背負うタイプのバッグから小さな赤い野菜を出し、俺に渡した。


「トマトですね」


 俺は一口噛んだ。

 トマトにしてはけっこう甘い。

 うん、フルーツトマト、うまくできたようだ。


「うまく栽培できたじゃないですか。甘くて美味しいですよ」


「ええ、そうなんです。トマトという野菜も知りませんでしたが、ゼギアス様の言う通りに温泉を利用した温室で栽培したところ、こんなに美味しい野菜ができたんです」


 地球から複製して持ち帰った本の中に、野菜の作り方の本があり、ついでに持ち帰ったトマトの苗をフルーツトマトとして栽培できれば良い商品になるのではないかと考えた。調べたところ、フルーツトマトは塩を含んだ荒れた土地のほうが良いとあったので、それじゃあと港町オルダーン北側の温泉が出る場所を選んで、そこに簡易な温室を作り、トマトを栽培してもらったのだ。


 トマトを支える支柱立ては少し面倒だが、水はあまりやらない方が良い野菜なので、比較的楽に作れるのではと思っていたが、なかなか良い結果になったようだ。


「その報告にわざわざ来てくださったんですか?」


「あと、ナマズの養殖も順調で、ゼギアス様が仰っていたように、わが町の特産品にできそうです」


「そうですか、それは良かった。ガンガン作って俺達にも売ってくださいね」


「それはもちろんなのですが、実はご相談があって……」


「何でしょうか? 俺にできることなら協力しますよ?」


「先程のトマトの件なんですが、あれもわが町の特産品として売り出したいのです。それで、あの温室を増やしたいと思うのですが、使われてる物が私達だけでは作れそうもないのでお力を貸していただければとお願いにまいったわけです」


 ああ、判った。あれだな。

 他のものは、俺達が用意したものじゃなくても、この世界の技術で代用できるものばかりだからな。


「ええ、構いませんよ。多分、板ガラスでしょ?」


「ええ、あの透明なガラスを用意していただければ……」


「製法を教えてくれと言われると困りますが、製品を渡すのはまったく問題ありません」


「それで、おいくら位かかるのでしょうか?」


 うん、心配になるよね。

 透明度の高いガラスは俺達しか作っていないし、他では多分作れないからね。

 サバトルゴイでも食器やガラス製品は高級品だったから、見る目があれば高価なものだろうと想像して当然。


「一つ協力していただければ、お代はいりません」


「それはありがたいのですが、私は何をすれば宜しいのでしょう?」


「作った温室の一つを貸していただきたいのです。トマト以外でもいくつか温室で作りたい作物があるのです。そしてその作物の栽培も委託したいのです。いかがですか?」


「ええ、その程度であの板ガラスを譲っていただけるのでしたら喜んで」


 クラウディオの表情が明るくなった。

 今までが今までだったから、まだ経済的にかなり苦しいのだろう。


「あ、養殖も拡大しようと考えてるならやめた方がいいですよ。湖が汚れて、味や収穫量に影響出ると思います」


「ああ、そうなんですか。ご忠告には必ず従います。実は、ここのところ旅行者が増えてきたんですよ。わが町の悪評も静まりつつあるんです」


「ほう、それは良かった」


 うん、朗報だな。

 もう呪いは解呪されたんだし、いろんな人と交流したいだろうしなあ。

 オルダーンも明るい国になりそうだ。


「はい、それで他の国とも交易できそうなので、何とか特産品をと町全体で盛り上がってるのです」


「それでナマズとトマトを……」


「ええ、特にトマトは素晴らしいです。ご存知のように甘い物自体そう多くないですし」


「それなら、オルダーンでやってるトマトの栽培方法は他の国に漏れないよう気をつけたほうがいいですね。あのことを知ってるのは俺達と貴方方だけということになれば、オルダーンと俺達の特産品になります。うちは外には売らないでしょうから、オルダーンに注文が集中すると思います」


「何故ゼギアス様のところでは売らないのですか? 」


 この疑問は当然だよな。

 売れる可能性が高い商品を開発出来る能力があり生産できるのに取引しないというのは利益を捨ててると見えるからなあ。


「俺達は自分達で消費してしまうと思います。こちらもだいぶ人口増えてきたので」


「あれは高く取引されると思うので、勿体無い気もしますが……」


「ハハハハ、まだまだ商品のアイデアはあるので、大丈夫ですよ」


 クラウディオは、姉アンヌが偶然この人と出会って本当に良かったとしみじみ思っていた。自分達の呪いを解き、絶望から救い出してくれただけでなく、復興の手伝いもしてくれる。復興で最も難しいのは、外の世界と密接な経済関係を作ること。


 他の事は何とでもなるが、経済関係を築くには自国の人間だけでなく相手がこちらを認め必要としてくれる事が大事。これが難しい。誰もが欲しがる物を手に入れられたことは本当に大きい。


 オルダーンは必ず復活する。

 今、心から確信した。


 クラウディオは既にゼギアスに恩があり、可能な限りゼギアスに協力すると誓っていたが、更に協力する理由が増え、気持ちを強めた。


「それでシモーナは、クラウディオさんを連れてきて用事は終わったのかい?」


 俺とクラウディオが放している間、ずっと黙っていたシモーナには別の用事があるのではないかとそんな空気を感じていた。


「いえ、もうじきヴァイスハイトさんがいらっしゃいます。私の用事はその時で」


 面倒くさい話の匂いがプンプンする。

 でも逃げられないんだろうな。


「そっか、判った。あ、クラウディオさん、アンヌに会っていったらどうですか? もうじき自宅へ戻ると思いますよ」


 クラウディオは俺に礼をして、板ガラスの件の詳細が決まったらまた来ますと言って、立ち去った。 


・・・・・・

・・・


 クラウディオが去って二十分ほど過ぎ、ヴァイスがやってきた。

 シモーナの隣に腰を下ろすと


「ゼギアス様、ジズー族との争いも落ち着き、我々の配下に入りたいと希望する種族も増えています。そろそろ国家樹立の宣言とゼギアス様の即位をする時期が来たのです。それでまず国の名称も決めねばなりませんし、組織も改めて決めなければなりません。他にも決めるべきことは多いですが、その原案作りに入って宜しいでしょうか?」


 何となくそんな話のような気がしていたよ。

 国作りは俺が決めたことだから今更面倒とは言わない。


 だが、いざとなると、踏み出す最初の一歩が怖い。

 それでもやらなきゃならない。

 俺の夢を信じて、自分の人生を賭けてくれてる者も居るんだ。


「ああ、進めてくれ。俺はヴァイスとシモーナが作る原案を見て、その上で意見を述べるよ」


 ヴァイスとシモーナは、素案は作ってあるから近日中に持ってくると言い、二人は礼をして立ち去る。


「リーチェ、ついに俺も縛られる立場になるようだよ」


 テーブルの上から食器を片付けてるベアトリーチェに溜息混じりでつぶやいた。


「最初は、あなたとサラさん、そして私とマルティナ達の十名にも満たない人数で始めました。奴隷のために捕らえられる亜人や魔族を救いたい。その思いだけで始めたこと。確かに、協力者が増え養い守る人も増え、あなたの背中に重い責任がのしかかっています。でも、私もマリオンさんもサエラさんも必ずあなたを支えますから、最初の思いを現実にしていきましょう」


「皆を巻き込んでしまったんだ、やるしかないのは判ってる。考えてみれば、リーチェやマリオン、そしてサエラがそばで支えてくれる俺は幸せなんだろうな」


「そうですよ? 優しくて美しくその上頼りになる女性が三名あなたのそばにずっと居るんです。幸せになってくれないと困ります」


「リーチェは幸せかい?」


「ええ、もちろんです。とても幸せですわ」


「そうか、それならいい」


 食器をトレーに乗せ、台所へ歩いて行くベアトリーチェの後ろ姿を見ながら、俺はベアトリーチェ達に呆れられないようになる、なってみせると気持ちを新たにした。


 ずっと俺のそばで叱咤激励してくれたサラにも感謝しなきゃな……。

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